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3.父と母

 泣き疲れて眠ってしまったようで、目覚めると自室のベッドの上だった。ぼんやりと辺りを見渡すと、椅子に座っていた母がこちらに近寄り、ホッとした顔で私を覗き込む。


「お母様……」


「レイラ、大丈夫?」


「うん」


 心配そうに微笑む母の手を借りて起き上がり、窓の外を眺めると夕日が沈んでいた。綺麗。ディアン様の時間が始まると、考えていると、母が水の入ったコップを差し出してくれた。


「ありがとう、お母様」


「ゆっくり飲みなさいね」


 優しい声にじんわりと涙が浮かぶ。私は、正しかったのだろうか。多くの民を救うために殿下たちを差し出した。本当に、良かったのだろうか。


「お母様に話せる?」


「え?」


「とても顔色が悪いわ」


 母は私の手からするりと飲み終えたカップを抜き取ると、月の光のような柔らかな笑みを浮かべた。酷い子だと思われないだろうか。恐る恐る、母にディアン様とのやり取りを話し始める。


「今、王都には夜が訪れていないの」


「まぁ、オブシディアン様はお冠なのね」


 意外にもあっさりとした声に、私は肩透かしを食らう。母は苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「オブシディアン様が本気で怒っているなら、この世界の半分は滅ぼせるんじゃないかしら?」


 その言葉に私は目をぱちくりとさせる。確かにディアン様が本気で怒ればこの国どころか、世界の半分を滅ぼすことは造作もない。ディアン様は、怒ってはいるが本気ではないのかもしれない。


「あら、三柱神だから滅ぼせるのは1/3かしら?」


「海の神は海を統べているから、大地は太陽神と半分ずつだそうよ、お母様」


「そうなの?やっぱり半分は滅ぼせるのね」


 ふむふむと頷く母に思わず吹き出した。物騒な話しをしているのに、全く緊張感がない。母のこの明るさに私は何度救われただろう。そんなことを考えていると、コンコンとドアをノックする音が室内に響いた。


「はい」


「レイラ、私だよ。入っていいかな」


 父の声に私は微笑む。何て優しい両親なんだろう。入室を許可すると、母が扉を開き、料理の乗った盆を持った父が入ってきた。美味しそうな玉ねぎスープの香りにぐうとお腹が鳴って私は顔を赤くする。


「あぁ、良かった。やっぱりお腹が空いていたんだね」


 父がベッドサイドのチェストに盆を置いて笑うと、母が椅子から立ち上がり私の隣に腰掛けた。父は母に礼を言うと、椅子に腰掛けて微笑んだ。


「レイラ、冷めないうちに食べなさい」


「ありがとう、お父様。夜の神よ、この食事を感謝します」


 簡単に祈りを捧げての、私はスープを口に運ぶ。美味しい。部屋の中は三人だけなので、食事をしながら家族で王都に夜が訪れていない話しをした。


「あぁ、光を遮断するカーテンがよく売れていたのはその為か」


 ここの領主は元貴族の父を頼りにしているので、カーテンの売り方の相談を受けていたようだ。私はディアン様だけでなく、太陽の神も怒っていることを告げる。二人は難しい顔つきになった。


「成る程。雨もほとんど降っていないと聞いたから、弟神である海の神もどう対処するか悩まれているんだな」


 海の神は三柱の中で一番若い。姉神や兄神とは違い、同じ神を伴侶としている。

 太陽の神と夜の神が同じ神を伴侶にしなかったのは、権利争いを避ける為だ。しかし海の神はそれもよく分からないと言った自由人が故に同じ神との婚姻を許されたのだが、今回は二人の怒りが収まるまで静観する姿勢を見せた。

 流石に世界を破滅させない理性は残っているようだが、二神は天界で怒り狂っているに違いないと思うと申し訳なさで頭が痛くなってきた。


「ディアン様の怒りを収めるために、殿下たちを……」


 私が言葉を詰まらせると、ポンポンと父は頭を撫でてくれる。


「そうか。優しいレイラには辛い選択だったね」


 こくりと頷くと、父はうーんと唸ってから話し始めた。


「私は殿下の自業自得だと思うよ」


「え?」


「レイラはいつも殿下には誠実だったし、穏便に婚約を解消しようとしていたしね」


 うんうんと隣に座る母も頷く。私の行動は間違っていなかったのだろうか。薄く笑った父は貴族時代に戻ったような雰囲気を纏っていた。


「殿下は夜の神の愛し仔であるレイラを王都から追い出した。まぁ、レイラじゃなくて夜の神官を追い出したとしても、オブシディアン様はそこに夜が不要と捉えたかもしれないね」 


 流石に普通の神官ではそこまでしないと私は思うが、両親は物腰の柔らかいディアン様しか知らないのでそんな風に考えたようだ。


「殿下の発言で民を苦しめているなら、その責任は殿下にある。レイラが背負わなくていいんだよ」


 父の言葉にぽろぽろと涙が溢れる。


「わ、私……王都を、追放……されるって……きき、聞いて……殿下、たちの……顔を、見ずに……済むって……」


 ぐずぐずと泣く私の背を、隣に座る母が優しく撫でてくれた。目元を擦り、しゃくりあげながら気持ちを吐き出す。


「嬉し、かったの」


 彼らのことなんて忘れて、ディアン様と過ごせると思うと嬉しかった。何て利己的なんだろう。結果、関係のない人々が苦しんでいる。罪悪感で胸が痛かった。涙が止まらない。


「レイラ、それは普通のことだよ。私だって嫌な相手とは顔を合わせたくないし、関わり合いたくもないよ」


 苦笑いを浮かべる父は、父の顔に戻っていた。隣の母は私の肩を抱き寄せて頭を寄せる。


「私も同じよ、レイラ。あの放漫な王や王子たちに会わず、愛しい夫と娘とここで過ごせて嬉しいわ」


 私の幸せが、両親の幸せと同じことに涙が溢れる。私は悪くないのだろうか。許されるのだろうか。ぐるぐると考えていると、父の手が頬に触れた。


「大丈夫、レイラは悪くない。だから苦しまなくていいんだよ」


 父の言葉に心が軽くなる。母の温かさに、苦しみが癒やされる。


「ありがとう。お父様、お母様」


 目元を擦って笑顔を作ると、二人は笑ってくれた。


「やっぱりレイラは笑顔のほうが可愛いな」


「えぇ。笑顔のレイラはとっても可愛いわ」


 二人が手放しに褒めてくれるので、照れ臭さを隠すために食事に手を付けた。うん、やっぱり玉ねぎのスープはとっても美味しい。心も身体も満たされながら、私は食事を終えた。

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