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2.北の地の神殿にて

 卒業パーティーでの出来事を両親に話すと彼らは憤慨し、こんな王家に仕えてられるかと爵位を返上して北の夜の神殿に神官としてついてきてくれた。


「ごめんなさい。お父様、お母様」


 祈りの間へ向かうために前を歩く二人に私は謝罪する。貴族令嬢として上手く立ち回れなくてごめんなさい。両親から貴族としての特権を取り上げてしまってごめんなさい。


「何を謝っているんだい?レイラ」


「私が上手く殿下と付き合えなかったから、お父様とお母様から豊かな暮らしを奪ってしまって……」


 漆黒の神官服を身に着けた父は、朗らかに笑うと私の頭を撫でてくれる。同じく漆黒の女神官服を身に着けた母は優しく抱きしめてくれた。


「私の可愛いレイラ。私たちこそ、あなたを守ってあげられなくてごめんなさいね。私たちはあなたが側にいればそれでいいの」


「そうだよ、レイラ。私たちに責が及ばないように、殿下に進言してくださったのだろう?」


 じわりと涙で視界が歪む。私の家族はなんて優しいのだろう。ありがとうと心の中で感謝の言葉を繰り返す。


「それに、聞いていた以上に北の地は酷いところじゃなかったな」


 ふと頭を撫でていた父が不思議そうに話したので答えようと口を開くと、別の声が遮った。


「私の力だよ」


「ディアン様!」


「オブシディアン様」


 私は声の主、夜の神のディアン様に微笑んだ。両親は私から身体を離すと頭を下げる。私の倍くらい長身のディアン様に駆け寄ると、小さく笑いながら抱きとめてくれた。


「すまない。レイラが祈りの間へ来るのを待ちきれなかった」


 ディアン様の言葉に後ろから両親の小さな笑い声が聞こえてきたので、恥ずかしさから身体を離した。


「おや、どうしたレイラ?」


 からかうようなディアン様の声にプイと後ろを向くと、両親がニコニコと笑いながらこちらを見ていた。そちらにもむうと顔をしかめると、あらあらと母が苦笑いを浮かべる。


「そうむくれるな、我が愛しのレイラ」


 私は夜の神の愛し仔とこの神殿では呼ばれているが実際は伴侶だ。再び振り向くと、ディアン様が手を伸ばしてこちらに笑いかけていた。その妖艶な笑みは何度生まれ変わっても見惚れてしまう。


「さぁ、祈りの間へ行こう」


 こくりと頷いて彼の大きな手にそっと自分の手を乗せる。私の手は小さいなと考えながら彼を見上げると、さらさらと長い黒髪を揺らして身を屈めてくれた。自分と同じ黒髪に金の目に安心する。フフッと私が笑うと、ディアン様は不思議そうに首を傾げた。


「エスコート、ありがとうございます」


 その言葉に満足そうにディアン様は目を細める。私は両親に挨拶をし、ディアン様と祈りの間へ向かった。

 そこは私専用の祈りの間で、黒塗りの扉は他の人間は開けることができない。今日はディアン様が扉を開いてくれたので、お礼を言って中に入った。暗い部屋の中には蜜蝋燭がふんだんに並べられ、夜明けのような明るさになっている。質の良いソファが二つ、その間にはローテーブルが一つ置かれ、片方のソファ側には湯気を立てるハーブティーの入ったカップと、焼き菓子の乗った皿が置かれていた。


「まぁ、お菓子までご用意してくださったのですか?ありがとうございます」


 ソファに腰掛けながらお礼を言うと、向かい側に腰を下ろしたディアン様はにんまりと笑う。


「いや、喜んで貰えたなら本望だ。冷める前にいただきなさい」


「はい」


 ディアン様がいつもより機嫌のいい事を少し不思議に思いながら、ハーブティーに口をつけた。何故、機嫌が良いのか訊ねるべきよねと、私はカップをソーサーに戻して咳払いをする。


「あの、ディアン様。何かいいことがありましたか?」


「ん?あぁ、まあな」


 見慣れた顔ではあるが、美形がにまにまと笑う顔はなかなかに迫力があるわと思わずキュッと顔が固まった。ディアン様はソファの肘掛けに肘を置いて頬杖を付くと、話し始める。


「レイラが王都を離れてから、あそこには夜が訪れていない」


「はい?」


 ディアン様の言葉が脳内で処理出来ず、私は固まった。王都に夜が訪れていない。自分が首都を発ったのは一ヶ月ほど前だ。一月もの間、王都に夜が訪れていないことは大事件だと私は立ち上がって叫んだ。


「え!よ、夜が訪れてない?!な、何故……?」


 貴族令嬢にあるまじき取り乱し様に、ディアン様はくすくすと笑っていたが、笑い事ではないと私は詰め寄る。


「た、民は?!王都の民は無事なのですか?!」


「優しいなぁ、レイラは」


 呑気にそう返事をするディアン様に、ちゃんと答えてくださいと私は声を張り上げる。この北の地も夏の間は太陽が沈まない日が続くが、ここで暮らしている民はそれに順応している。しかし、王都ではずっと昼が続くなんて日はなかった。絶対に体調が悪くなるに違いない。


「この北の地で、夏の間に使われている光を遮断するカーテンが王都でよく売れているそうだよ。あと、民の一部は王都を少し出た場所に居を移している」


「カーテンに安眠の加護を付けましょう」


 静かにそう言うと、ディアン様は片眉を上げた。


「レイラは何故自分を無下にした奴らに優しくするんだい?」


 少し意地悪な笑顔を浮かべて問われたので、私は真っ直ぐに彼を見つめてそれに答える。


「私を無下にしたのは殿下とその側近とエレノア様だけです」


「まぁ、そうだな。うん」


 ディアン様は頬杖を止めると、立ち上がって私の隣りに座った。唇を噛み、膝の上できつく拳を握る私の肩に優しく触れる。


「レイラ」


「……」


「きみは私以外とは結ばれない。人間との婚姻は出来ない。認めない」


 この婚約が不履行になることは分かっていた。

 昔、人間が魂のみの存在で、神と同じ天界に在った時に私達は惹かれ合い、愛し合った。それから私はディアン様以外に伴侶としての愛は抱けない。

 段々と天界が人間が住むのに適さない環境となっていき、地上へと肉体を得て降りた。私の魂は他の魂と違い、ディアン様の寵愛を受けているので、何度も記憶をもったまま転生している。

 だからこそ、殿下との婚約を穏便に無効にしなければいけなかった。彼が、ディアン様が人間に怒りの矛先を向けないように。後悔が胸に押し寄せてくる。


「しかし、あの人間たちはレイラが穏便に婚約を解消しようとしたその優しさを反故にした」


 ディアン様にとって、人間は私か私以外の認識しかない。彼は私しか見ていない。愛していない。そういう神様だ。しかし、最近は慈悲深い両親に対しても情を持ったようで安心し始めた矢先のこの出来事に頭を抱えた。私の慢心が、王都の民を苦しめている。


「更に姉上を貶めたと嘘をついた。許す理由は?」


「人は、過ちを犯します」


「エレノアだったか?あの女、自分は姉上の愛し仔と吹聴していたぞ?」


 ゾワリと肌が粟立った。ディアン様だけなら、何とか怒りの矛を収めることができたかもしれないが、彼の姉である太陽の神をも怒らせていたとなると自分にはもうどうしようもない。愛し仔を騙るなど大罪だ。カラカラに乾いた喉をなんとか震わせて言葉を発する。


「……太陽の神はお怒りなのですね」


 私の声が震えていることに気付き、そっとディアン様は私の手を握った。


「ベネットで合っているかな?姉上の愛し仔が何とか機嫌を取っているよ」


 ベネット様は美しいプラチナブロンドに橄欖色の目を持つ二つ上の男性で太陽の神の愛し仔。長身で筋骨隆々としているが、春の日差しのように温かな方だ。今生は庶民に産まれ、早くから太陽の神の神殿で仕えている。ベネット様が居るから、王都は焼かれずに済んでいるかと肌の粟立ちが収まらない。いや、王都だけでなくこの国はダメかもしれないと思うと涙が溢れてくる。


「た、民をお許し下さい」


 身体を震わせながら涙声でディアン様に縋りついた。

 王都の人々は何も悪くない。

 私たちに仕えてくれた使用人たちも。夜の神殿に参拝に来てくれた信者たちも。ただそこで暮らしている者たちも。卒業パーティーでは誰も助けてはくれなかったが、王族に睨まれれば貴族社会で生きていくのは厳しいのだ。それを分かっているから、彼らを恨んではいない。

 ディアン様は優しく私の背を擦った。


「あぁ。愛しいレイラ、泣かないで」


 泣き落としは卑怯だと思うが、王都の人々の命がかかっている。何としても罪のない彼らを救いたい。だから、私は選んだ。


「殿下たちはどうなっても構いませんから。王都の民をお許しください」


 彼らを生贄として差し出すことを。


 ディアン様の満足気な暗い笑顔を見上げながら、私は涙を溢して懇願した。

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