1.婚約破棄
そう、この婚約破棄は必然。
この国の貴族が通うことを義務付けられている王立学園の卒業パーティーの最中に、婚約破棄を叫ぶ第二王子リチャードと傍らにいる赤いドレス姿の太陽の神の女神官エレノアたちをぼんやりと眺める。
「聞いているのか?!レイラ!」
聞こえているので大きな声を出さないで欲しいと、うんざりした気持ちになった。リチャードは私以外にはよく気の付く優しい正義感の強い王子様。何故こうなったのだろうと小さく溜め息を吐きながら私は口を開いた。
「聞いておりますよ、殿下。婚約を破棄されたいのですよね」
「そうだ。エレノアを……太陽の神を貶めた罪は重い」
貶めているのはお前たちだと、喉から声が出るのを我慢する。
先ほど、リチャードたちが私を断罪するために用意した証拠は全て捏造されたものだ。まるで真実のように上手く作られているので、逆に感心してしまうが所々に綻びがある。特に大きな綻びは、私がリチャードを愛するが故に嫉妬でエレノアを影でいじめていたことだ。全く興味がない男の為にそんなことをする人がいるのだろうか。褒賞でも出されるのなら居るかもしれない。
冤罪。
それが夜の神の女神官である私を、ひいては夜の神を貶める行為になると少し考えれば分かりそうなものだ。
しかも恋に溺れて視野の狭くなったリチャードは、二人の仲を応援する側近たちとその婚約者たちにそそのかさられたのか、衆前で婚約破棄を宣言した。王家と我が家で婚約解消へ向けて穏便に協議をすればいいものを。会場内にいる貴族や王城から派遣された使用人たちを盗み見たが、彼らはリチャードたちを止める様子も無いので、王家公認の婚約破棄かと私は納得する。こちらが悪いとなれば、私の名誉を保つために奔走したり、慰謝料を払わなくても済むものね。
「私は太陽の神を貶めたりしません」
お前たちと違ってと心の中で呟く。しんとした会場内で、リチャードは小さく舌打ちをしながら話し始める。
「ふ……罪を認めないとは。悪女らしいな、レイラ。お前は今後50年、王都への入都を禁止する」
ざわと会場内が騒がしくなり始めたが、リチャードは気にせず私に話し続けた。
「そして、北の夜の神殿へ追放する」
更にざわめきが大きくなった。北の地にある夜の神殿は夜の神の聖地だ。しかし、そこは作物もあまり育たない寂れた場所。更に50年の入都の制限は貴族令嬢には耐えられない所であるかもしれないが、私は気にしない。
「殿下。受け入れるに当たり、一つだけよろしいですか?」
「何だ?」
「私の家には何の責もございませんので、罪を問うようなことはなさらないでください」
「お前の独断の暴走だからな。当然だ。お前の家に責は問わない」
「ありがとうございます」
リチャードの返答にホッと胸を撫で下ろす。彼らを巻き込みたくは無い。優しい彼らは悲しむだろうが、王家に睨まれればこの貴族社会では生きづらいだろう。憂いは無いと、私は真正面からリチャードを見た。
「殿下、王族の発言は撤回できませんよ?」
私の真っ直ぐな視線に少し怖気づいていたリチャードは、小さく咳払いすると勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「当たり前だ」
「承りました。私は今後50年、入都をせず北の神殿で祈りの日々を送ります」
しおらしい態度で一礼すると、漆黒のベール状の頭巾が顔を隠す。殿下たちの顔を見なくて済む嬉しさの余り、思わず笑ってしまったので、神官服でパーティーに出席して良かったと私は美しい敷物を見つめながら思った。
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