第9話 聖剣
「ち、違うッ!! 勇者は生きている。ただ、魔王との戦いで……」
私は必死に魔族にそう訴える。
まずい。
あまりに事態が切迫している。
勇者は消滅魔法によって死んだ。
それを、まだ知られる訳にはいかない。
あと1ヶ月……いや、あと2ヶ月は知られてはいけない。
そうでないと、王国は勇者不在のまま、魔族の残党の攻勢を受けることとなってしまう。
勇者不在の状態で、魔族を迎撃できる準備を整えるまで、最低でも2ヶ月はかかってしまう。
「じゃあ、お前を全員に分かるように殺せば、流石に出てくるよなァ? あの仲間思いの勇者ことだからなァ!」
高級魔族はそう叫ぶと、私の腕を強引に掴んだ。
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「ああ……暇だ」
少女は一人、取り残された家でボーっと外の様子を眺める。
フェリシアが外に出てしまい、少女は経験したことない暇という感覚を味わった。
その時間がとてつもなく無駄に感じてしまう。
「ち、ちょっとくらい……」
少女はそう言って、座っていた窓の縁から降りる。
そして、窓を小さな手で開ける。
「お、重い!」
やばい、窓を開けるだけでも筋力足りねぇ。
「よ”いしょ!!」
少女は何とか窓を開き、そこから外に出る。
「よし、行くか」
そして、少女はとある場所を目指した。
誰も人がいない場所。
誰にも見つからない場所。
前線基地の城壁の外へ、少女は駆け出した。
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「懐かしいな」
少女は城壁の下の方を見て、そう呟いた。
ここは誰も通ることはなく、誰も降りることはない。
それでいて、魔族や魔物の侵入にはいち早く気づける。
そんな、俺にとって唯一とも言える安息の地だった。
少女はそこに掛けられているハシゴを使い、城壁の外に降りた。
「とりあえず……」
まだこの体になって3日くらいだ。
この体について、何も分かっていない。
勇者の力は失われた。
身体的な強さも明らかに失われていた。
しかし、魔力は? スキルは?
もしかしたら、残っているかもしれない。
「えーっと、ファイヤーボール!」
少女は初級の中の初級の、ファイヤーボールを撃ってみる。
すると、少女の手に轟々と燃え盛る炎が現れる。
「おお……! 魔力の量は変わってないのか!」
少女は簡単の息を漏らす。
この体になっても、魔力の量は変わっていない。
つまり、勇者だった頃と遜色ない魔法を使うことができるようだ。
まぁ、俺が勇者だった頃は、魔法よりフィジカルが重要な剣を使ってたんだけど……。
「ん? そういえば……」
聖剣って、まだ使えるのかな? と少女が疑問に思った瞬間だった。
「────ッ!?!?」
少女の顔スレスレを、謎の物体が高速で通り過ぎた。
「…………へ?」
少女は謎の物体の向かった方を振り返る。
すると、そこには真っ白な剣が城壁に突き刺さっていた。
それは見間違うことはない。
紛うことなき、【聖剣】だった。
「え……?」
確か、魔王城で魔王の心臓に突き刺したまま、放置していたはずなのに……。
勝手に動いて、ここまで飛んできたのか?
少女は推測を巡らせる。
「いや、待て!!」
少女ははっと気づき、大声を出す。
「コイツ……俺のことを殺そうとしたよな……?」
さっきの顔面スレスレの高速飛行。
明らかに少女に殺意が向けられていた。
聖剣には精神が宿るという話もある。
それは初代勇者がそう言い残したことによる伝説の話である。
まぁ、それは伝説上の話のはずだった。
しかし、その伝説が本当だとしたら。
今の聖剣に宿っている精神は、俺に殺意を持っていることになる。
だって、そうでも無いと、あんな顔面スレスレで高速移動するわけないし……。
「ど、どうして、怒ってるんだろう?」
そう呟きながら、少女は城壁に突き刺さっている聖剣の方へ向かった。
少女が聖剣を掴もうとすると、その瞬間聖剣は急に動き始めた。
「えっ、あっ、な、なにっ!?」
少女はそのことに驚き、地面に尻餅を着く。
聖剣は高速で動き、地面の土に何かを描いた。
「え……? な、なんだ……?」
少女は聖剣の描いた何かを凝視する。
【放置しないで】
聖剣は綺麗な文字で、そう地面に書いていた。
「あっ」
少女は全てを察した。
聖剣はどうやら、聖剣を心臓に差したまま放置したことについて激怒しているようだった。
「ご、ごめん。忘れてた……」
少女は申し訳なさそうな顔で謝る。
すると、聖剣はぴゅーっと飛んできて、少女の手に収まった。
「……え? い、いや、待ってよ。聖剣って次の勇者の元へ行かなきゃダメじゃないの?」
少女は手に握られた聖剣に尋ねる。
聖剣は代々の勇者に受け継がれ、数千年も同じものを使い回す。
そのため、この聖剣は初代勇者も触って握っている。もちろん先代も。
そして、今の俺は勇者ではない。
ならば、この聖剣はどうして俺の元へ来たのか?
少女はそう疑問に思った。
すると、聖剣がまたすっぽりと手から抜けて、また地面に文字を書き始めた。
【うるさい】
「う、うるさいって……そんな……」
少女はあまりに簡潔な罵倒に困惑する。
気づくと、聖剣は少女の手元にすっぽり戻っていた。
10年前からずっと一緒に戦った聖剣。
その聖剣が急に動き出して、意思疎通をする。
そんな考えもしなかった状況に、少女は頬を緩める。
一緒に戦った聖剣に精神が宿っていることが、少女は何故か嬉しかった。
それと反対に、たまにとんでもない聖剣の使い方もしていたので、根に持ってないか心配になってもいた。
「──オオオイゴラァァァ!! 見てるかァ!! 勇者ァァ!!!」
すると、遠くの方からとんでもない声量した誰かの声が聞こえてきた。
「魔族……か」
無意識に少女の目が一気に開く。
昔の癖で、聖剣を握る力が強くなる。
魔族の声は、勇者を呼んでいた。
それに、見てるかァ! とか言ってたな……。
少女は遠くから聞こえる魔族の声について悩む。
「行くか? い、いや、もう俺は勇者じゃないし…………い、いや、見に行くだけでもするか……?」
少女はそう自問自答を繰り返す。
行きたくないという汚い利己的な欲望と、行かなければならないという押し付けられるかのような義務感。
その間に挟まれて、少女はあたふたとそこら辺を歩き回った。