第8話 高級魔族
『──四天王はまだ生きている』
急いで前線に走っている最中、ノアの言葉が頭を過ぎった。
世界最高のメンバーを集めた勇者パーティー。
世界最高の剣士、世界最高の魔術師、世界最高の戦士、世界最高の呪術師、そして、異質な存在であるノア。
その5人が、高級魔族一体にすら勝てなかった。
対策をして、油断しなければ被害を出さずに勝てたかもしれない。
でも、その高級魔族が2体なら?
確実にその勝算はゼロに近いだろう。
まぁノアの実力が未知数である以上は分からないのだが……。
以前、高級魔族数十体相手と戦ったことがある。
あの時は今考えると、不思議なほど攻撃が通り、不思議なほど敵の攻撃が自分に当たらなかった。
負傷者も数える程で、死者はゼロだった。
あの時は、それか当たり前だと思っていた。
しかし、それは当たり前ではなかった。
ただ、1人がとてつもない働きをしていたから、そういう結果になったのだ。
それに私達は気づかなかった。
戦闘終了後、不思議なほどに増えていた勇者の傷跡。
あんな相手に? と私は彼を侮蔑した。
しかし、その傷跡は私達に付けられるはずの致命傷だった。
今まで感覚が麻痺していたが、高級魔族は強い。
高級魔族数体で、この前線の街など簡単に陥落してしまう。
そして、高級魔族どころか四天王がまだ生きているとの情報があった。
もし、四天王が攻めてきたのなら、それは確実な王国滅亡を意味していた。
「……あの人が生きていれば」
私は走りながら、そう呟いた。
彼が生きていたのなら、この状況も難なく打破していたことだろう。
魔王を倒した彼ならば、四天王や高級魔族など取るに足らない存在なのだろう。
とことん慎重に戦って、確実に勝つのだろう。
****
「──状況を報告しなさい」
私は前線に到着すると、すぐさま王国兵の1人に命令する。
「魔物が1000ほど。そして、魔族が複数体……低級魔族3体と高級魔族1体です」
王国兵はそう言って、状況を報告した。
魔物が1000。それは大した問題では無い。
魔族がいる。
それも高級魔族だ。
高級魔族を、私が迎え撃たなければならない。
ここで私が負けたのなら、この街は陥落してしまう。
そして、あの子はまた辛い思いを繰り返してしまう。
「あの子の平穏を……何があっても壊させない」
私は剣を持つ拳にグッと力を入れた。
不可能だと分かっていても。
せめて、相打ちには持っていくことを決意した。
****
数時間後、魔物の群れが現れた。
その数は1000にも満たない。
こんな数は、幾らでも相手にしてきた。
私は城壁の上で、眼前に迫る敵を見下ろす。
どこだ?
高級魔族はどこだ……?
私は視界の隅々まで、1番警戒すべき対象を探す。
見つからない。
どこだ?
隠れているのか?
「──お前、勇者パーティーにいたな」
その瞬間、背後から不愉快な声が聞こえてくる。
その独特なイントネーション。
全身から感じる悪寒。
間違いない。
私の背後に、高級魔族がいる。
なぜ、城壁の上にいる?
いつから、そこにいた?
疑問が頭を過ぎるも、それを考えることは無駄だ。
私はすぐさま剣を後ろに振り払う。
「アア? こんなに弱かったか? お前」
何故か、私の剣先はピタッと止まってしまった。
剣先に視線をやると、そこには剣先を意図も簡単に止める高級魔族の手があった。
世界最高と自負している剣技は、魔族の三本の指で受け止められていた。
「……分かってる」
そうだ。私は知っている。
これだけの差が、人と魔族にはあることを。
だからこそ、驚かなかった。
だから、次の行動に移れた。
「はぁッ!!」
私は剣を受け止めた魔族に、蹴りを入れる。
しかし、その蹴りも片腕で止められる。
こんなにも、差があるのか。
そう私は絶望しかけてしまう。
「……ああ、もういいから勇者出せ。勇者はどこに行った? 魔王様を殺しやがったクソ野郎を」
高級魔族はつまらなさそうに、耳を指でほじる。
「勇者は……あんたみたいな雑魚の為に出てこないわ」
私はふっと目の前の魔族を嘲笑う。
その瞬間、魔族の気配が揺れ、全身でその激しい怒気を感じた。
「じゃあ、お前を殺せば出てくるんだな」
高級魔族はそう言うと、掴んでいた私の足を乱暴に振り払う。
それだけで城壁から叩き落とされる。
「っ!!」
落下のダメージだけで死んでしまう。
そう悟り、私は剣で地面を斬る。
落下のダメージを何とか剣戟で相殺させ、体勢を整える。
土煙が辺りを舞う。
私の視界の中に、魔族はいない。
どこだ? どこに行った?
「こっちじゃボケ!!」
口の悪い魔族は、また私の背後にいた。
そのまま、その強靭な爪で薙ぎ払う。
「う”っ!!」
私は城壁に叩きつけられ、その衝撃で剣を落としてしまう。
「何故、勇者は来ない? これだけの騒ぎを起こして、アイツが駆けつけなかったことは一度もなかったはずだ」
高級魔族は私の前で立ち止まり、そう尋ねた。
「かひゅ……ごほっ……げほっ……」
私は肺が圧迫された衝撃で、息をするだけで精一杯だった。
反撃なんて、考えることすらできない状況だった。
何とか魔族の問いに言い返そうと、必死に口を開ける。
何とかして言い訳を考えろ。
勇者が死んだことが知られれば、魔族は一転攻勢を仕掛けてくるはずだ。
そうなれば、この国は終わりだ。
今まで勇者という存在のせいで慎重に立ち回っていた魔族。
できるだけその勘違いを長引かせるための、嘘をつかなければ。
「あの人は───」
私は何とか口を開く。
「──もしかして、勇者は死んだのか?」
次の瞬間、高級魔族はおぞましい笑みを浮かべ、そう言った。