表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/11

第6話 久しぶり

「そ、そのっ、あ、あれは違くて……」


 少女はノアのセリフに激しく動揺する。


 フェリシアに何とか弁解しようと言葉を紡いでも、頭が追いつかず支離滅裂な発言になってしまう。


「どうしたの? 別にキミは勇者じゃないのよね?」


 フェリシアは優しげな口調でそう尋ねた。


「う、うん。そ、そうだよ……」


 少女は少し罪悪感を覚えながらもそう答えた。


「ふふっ、キミのことを勇者様って……ノアにはキミがどんな風に見えてたんでしょうね」


 フェリシアは微笑みながら少女の頬を触る。


「……でも、キミが本当に彼なら」 


 フェリシアはそう言って、少女の顔を虚ろな瞳で見つめる。


 少女は言葉の意味が理解出来ず、ただフェリシアの顔を眺めることしか出来なかった。



 ****


 1日後。


 少女は一晩を前線基地の医療室で過ごし、その後、フェリシアが少女を迎えに来てくれた。


 フェリシアは少女を自宅に案内しようと、背に少女を抱えた。


 少女は元パーティーメンバーにおんぶされるという特異な状況に、少し罪悪感を覚えていた。


「もうすぐ着くからね」


 フェリシアは背に乗っている少女にそう告げた。


 少女は嬉しくもあるが、複雑そうな顔でコクリと頷いた。


「そ、その、フェリシアさんの家って……他の誰か住んでたり……」


 少女は不安そうにフェリシアに尋ねる。


「私以外はいないわね。キミが2人目の住人よ」


 フェリシアは少女の心配を払拭してくれた。


 よ、良かった。


 フェリシア以外、人は住んでないらしい。


 ん?


 それは良いことなのか?


 少女は疑問を覚えた。


「着いたわよ。ここが私の家」


 フェリシアはそう言って、少女を家の玄関まで運んだ。


 少女はフェリシアの自宅を見ると、少し違和感を覚えた。


 フェリシアは世界最高の剣士であり、王国軍の中の地位もほぼ最上級に近い。


 そのはずなのに、家はそこら辺の家と変わらなかった。


 てっきり、少女は豪邸が目の前に現れると思っていた。


 少女は普通の家が現れたことに、安堵する。



 フェリシアはそんな少女を尻目に、玄関の扉を流れるような手つきで開ける。


 そして、少女を家の中に連れ込んだ。


「ふふっ、風呂に暫く入ってないでしょ?」


 フェリシアは少女のことを背から降ろし、玄関の段差に座らせると、そう尋ねた。


「え、あ、まぁ……入ってないです……」


 少女はそう答えた。


 少女自身は2日間ほど風呂に入っていない。


 そして、勇者であった期間を含めると、もう5年くらいは風呂に入っていない。


 ほとんどは水を浴びる程度か、布で汚れを拭き取る程度だった。


 風呂に入れる。


 それは少女にとって、当たり前のことではなかった。


「じゃあ、まず風呂に入りましょうか。着いてきて」 


 フェリシアは優しくそう告げると、少女の手を掴み、家の奥へ入って行った。



 ****



 立ち込める湯気と鼻腔をくすぐる石鹸のいい匂い。


 周りの温度は暖かく、久しぶりに感じる雰囲気に、少女は少し興奮していた。


 浴槽に貯められたお湯。


 体を洗って、少女は勢いよく飛び込んだ。


「ああ、ぎもぢいい……」


 少女は湯船の中で、そう声を漏らした。


 小さくなってしまった体のおかげで、浴槽にすっぽり埋まることが出来た。


「温度はどう?」


 すると、浴室の扉がガラガラっと音を立てて開き、外からフェリシアが入ってきた。


「えっ!? な、な、なんで……入ってきて……」


 少女は急なフェリシアの乱入に混乱する。


 大きなバスタオルを巻いてはいるものの、フェリシアの姿は到底直視できるものではなかった。


 少女はフェリシアの方を見ないように、両手で目を覆った。


「……? どうして? 女同士じゃない。気にすることないわよ」


 フェリシアはいつもの笑みで、そう少女に言った。


 しかし、少女は複雑な経緯があるんだよと心の中で訴えた。


 フェリシアはそんな少女を気にも留めず、体を洗い始める。


 フェリシアのふんふんと無意識に口から出る鼻歌が聞こえてくる。


 それに風呂の温度が適度で、どんどん気持ち良くなる。


 それも相まって、徐々に少女の意識が朧気になった。



 ****



 フェリシアは体を洗い終わり、少女の浸かっている浴槽にゆっくりと入る。


 少女は眠そうな表情で、水面にその可愛らしい顔を浮かべていた。


 少女の顔はとても整っており、肌も陶磁器のように白くきめ細かかった。


 どこかの貴族の娘なのかと疑ってしまうほどに、少女は美しかった。


 この美しさであれば、魔族が1ヶ月もの間命を奪わなかったのも理解ができた。



「それにしても──」


 フェリシアは少女に『綺麗な肌をしてるわね』と言いかけた。


 しかし、フェリシアは言葉を喉に押し込めた。


 ふとフェリシアの目に映ったのは、少女の傷だらけの体だった。


 衛兵兵は健康に問題は無いと言っていたが、それが信じられないほど少女の体には痛ましい痕跡があった。


 どうして……こんな少女に、こんなにも痛ましい傷が?


 疑問がフェリシアの頭を埋める。


「ねぇ、魔族に攫われたってのは……どれくらい前なの?」


 フェリシアは少女にそう尋ねる。


「え? そ、そうですね……。い、1か月前とかですかね」


 少女はあははと笑いながら適当に返答にした。


 魔族に攫われて1ヶ月……?


 普通はもう10回は殺されてもおかしくない期間だ。


 きっと、この少女は魔族のお気に入りだったのだろうか?


 長く生かし、できるだけ楽しめるように……。


 それも1ヶ月という考えるだけでも恐ろしい期間を。



 その適当な返答は、フェリシアの胃をキリキリと痛めた。


 それと同時に、この子の精神の強さに驚いた。


「ごめんなさい。私達が……不甲斐ないばかりに」


 フェリシアは大人として、少女に対して大きな負い目を感じた。


 あれだけ辛い目に遭いながら、これだけ逞しく生きている少女に、より一層その気持ちは強くなった。


 フェリシアは無意識に少女の背を抱き締めた。


「えっ、あっ……そ、そのっ……」


 少女は何やら激しく焦り始める。


 きっと、人に抱き締められるのが久しぶりで、胸が苦しいのだろう。


 フェリシアは少女の心情を読み取り、更に抱擁に力を入れた。


「もう誰にも傷つけさせないからね」


 フェリシアは覚悟を己に刻みつけるかのように、少女にそう約束した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ