第4話 贖罪
魔王の消滅魔法で、勇者は死んでしまった。
きっと、彼がたったの2ヶ月で魔王を討伐してしまったのも、私たちという足枷がいなかった結果なのだろう。
私はとうとう最後まで、彼に償いをすることは出来なかった。
「私は……」
子供の頃から、才能があった。
大人相手ですら敵無しで、自分が強いことを疑わなかった。
己には揺るぎない自信があった。
しかし、その自信は崩れつつあった。
私は前線基地の一室で、呆然と宙を眺めていた。
「──フェリシア様。いいですか?」
すると、部屋の外から声が聞こえてくる。
無視してしまいたい気持ちを抑え、私は扉を開ける。
「何かありましたか?」
「魔王城で保護した少女の件なのですが……身に付けていた黒い羽織が勇者の所持品だったようで……。まぁ、だからどういう訳でもないですが、報告はしておくべきだと思いまして」
王国兵は取るに足らないことを報告してきた。
確かに、取るに足らないことだった。
勇者の装備を、あの少女が持っていた。
ただの偶然だろう。
今まであれば、何かの偶然と片付けてしまっていた。
「……そう」
私は顎に手を当てて考える。
もう見落としたらダメだ。
取るに足らないと記憶から消すのはダメだ。
何か……何かあるかもしれない。
「あの子を……助けた?」
私は不意にそう呟いてしまう。
確か……あの子は魔族に攫われたと言っていた。
ならば、なぜ生きているのか?
それは勇者があの子を助けたからではないか?
裸だったあの子に自身の装備を与えた。
そう考えると、辻褄が合う。
「ど、どうなさいましたか……?」
王国兵が怪訝そうな顔で私の表情を伺う。
「その少女の元に案内しなさい」
私は王国兵にそう命令した。
王国兵は明らかな困惑を見せたものの、指示に従った。
あの子は勇者が最後に会った人間かもしれない。
あの人が最後に遺したものだ。
それを見逃すことはできない。
私が最後まで、それを守ること。
それが贖罪になるのかもしれない。
それで赦されるかは……火を見るより明らかだが。
****
「──あ」
目が覚めると、視界の先には予想通りの天井があった。
ここは魔王領と接する最前線の街。
魔王領での負傷者は大方ここに運ばれてくる。
少女は目を覚ましてすぐに、体を起こす。
反射的に寝てしまったことに危機感を覚える。
しかし、今となってはそんな危機感を持つことも必要が無いことに遅れて気づいた。
そうだ。俺は勇者じゃなくなったんだ。
少女は未だに実感が湧かなかった。
「ここは……え”っ!?」
辺りを見渡し、最初に少女の目に飛び込んできたのは、フェリシアの顔だった。
心なしか、フェリシアは疲れているような顔をしていた。
しかし、そんなことより、フェリシアが目の前にいることに少女は驚愕した。
まさか、俺が勇者だと気づかれた?
まさか……いや、フェリシアなら有り得る。
少女はフェリシアに身構えた。
「よく眠ってたね」
フェリシアは柔らかな笑みを浮かべた。
えっ?
だ、誰……?
少女が知っているフェリシアはそこにはいなかった。
「そ、そうですね。よく眠れました……はは」
少女はそう言って、わざとらしく頭を搔く。
「キミはなんて言う名前なんだ?」
フェリシアがそう尋ねると、少女の心臓が飛び跳ねる。
な、名前……?
名前ってなんだ? いや知ってるけど……。
やばいな。
『勇者』か『クソ野郎』の二択でしか呼ばれたこと無かったから、なんと答えればいいんだ?
て、適当に言うか?
ち、ちょっと待て……これから一生背負っていくことになる名前だ。
そんな適当に言っていいのか?
少女は唐突な質問に頭を悩ませる。
「そうか。ショックで記憶が……」
少女が悩んでいると、フェリシアは悲しげな目でそう言った。
「えっ? あ、ああ! そ、そうなんです……」
少女は逆に助かったと、それに便乗することにした。
「もう大丈夫だからね。もう不幸にはさせないから」
フェリシアはそう言って、少女を抱擁する。
フェリシアは少女は救済することが、唯一自分ができることだと思った。
勇者に対して何も出来なかった罪悪感を、依存のような形で少女に転嫁していた。
「え、あ、は、はい……」
しかし、少女は訳も分からず、それを受け入れることしか出来なかった。
「キミの名前は後々決めるとして、少し聞きたいことがあるの」
「な、なんですか……?」
フェリシアは少女の目を見つめてそう言った。
「最後に勇者を見た時、彼はどんな顔をしてた?」
「えっ……?」
フェリシアの問いに、少女は思わず声を出してしまう。
最後に見た時……?
勇者は自分なのだから、何とも言えない……。
しかし、何かしらの推理がされて、俺が勇者に会ったことにされているのだろう。
少女はそう考察し、なんとか冷静さを取り戻す。
「あ、ああ! そうですね。なんかシケた面をしてましたよ。助けに来るのが遅いんですよね。アイツ」
少女は笑いながらそう言って、適当に誤魔化した。
すると、フェリシアの表情は一気に曇り、泣き出しそうな顔になってしまう。
フェリシアは浮かない表情をしていたという勇者に対する罪悪感と、記憶を失った少女にすら彼が非難されてしまう状況に押し潰されそうになった。
「え? ど、どうしました?」
少女は心配になり、フェリシアの様子を伺う。
「彼は……君を助けてくれたんだ。悪く言ったらダメよ……」
フェリシアは少女の頬を優しく触りながら、そう言った。
少女は心の中で、フェリシアが勇者のことを擁護するという異常な状況に困惑する。
そして、フェリシアは少女の頬を触ったまま、少女は呆然と困惑したまま、沈黙の時間が二人の間を流れた。




