第3話 フェリシアの後悔
いつから、私は間違ったんだろう。
間違っていたのなら、今からでも。
過去に戻って、自分を殴り飛ばしてやりたい。
フェリシア・ゲネットは、一ヶ月前からずっとそう思っていた。
そして、今日、その気持ちは最大に膨れ上がった。
「───勇者の死亡が確認されました」
王国兵の1人がそうフェリシアに報告した。
フェリシアは頭が真っ白になった。
「し、死体は……?」
フェリシアは徐々に大きくなる鼓動を感じながら、王国兵に尋ねる。
「その……魔王の指輪の【消滅魔法】が発動された痕跡がありました。恐らく、死体すら残らなかったのかと」
王国兵は無情にもフェリシアにそう告げた。
フェリシアは朦朧とする意識の中で、最後に見た彼の顔を思い出す。
私のせい……?
私があんなこと言い続けたから……?
フェリシアは自身が彼の死因になっているのでは無いかと思ってしまった。
「それにしても、やっとこれで王国の未来は安泰ですね。あの勇者が死んだら、新しい勇者が生まれますからね。助かりますよ」
フェリシアに報告した王国兵は、嘲ながらそう言った。
その目には以前の自分のような感情が宿っていた。
無能の勇者は早く死んで、次の勇者を誕生させて欲しかった。
そう、フェリシアも考えていた。
「やめ──」
フェリシアは王国兵の言葉を叱責しようとする。
しかし、自分の過去を思い出し、それは出来なかった。
きっと、以前の私は、今の彼のように映っていたのか。
そう考えると、フェリシアの胸はえぐれるように痛んだ。
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『──あなたが勇者じゃなければ』
そう言ったのは、勇者とパーティーを組んで一日目のことだった。
その時は高級魔族と戦った。
しかし、彼は攻撃を避けることに専念するだけで、全く自分から攻撃をしなかった。
最終的に、高級魔族1人に数時間をかけて、何とか打ち破った。
いかに高級魔族と言えど、せめて1時間以内で討伐すべきだ。
私はそう考えていた。
勇者に理由を問い詰めても、攻撃がもしも当たったら死ぬかもしれないという当たり前の答えが返ってきた。
勇者は、勇ましい者のはずだ。
彼の精神性は、その定義から大きく外れていた。
『あなたが勇者じゃなければ』
不意に出た言葉は、勇者が恐らく何人からも言われたであろうセリフだった。
その時の私は、この発言に何も気にしていなかった。
なぜなら、その時には既に、今代の勇者は臆病者という認識であったからだ。
それから、1ヶ月後、私達は勇者パーティーとして魔王討伐に出発した。
不安しか無かった。
こんな勇者と一緒に魔王を討伐なんて、本当にできるのだろうか?
その予想はある意味当たって、私達の旅は初っ端から難航した。
魔族に占領された最初の街を解放するのに、1年がかかった。
2つ目は2年。
3つ目は1年。
そして、魔王領の前線である街は5年がかかった。
おかしかった。異常だった。
英雄譚や伝記にあるような勇者は、とてつもないパワーで街を一日や二日でどんどんと解放した。
それなのに、彼は違った。
何度も撤退を続け、何度も攻撃の計画を頓挫させ、何度も引き返し続けた。
そのせいで、約1年と言われた戦いは10年になった。
被害は拡大し、国民の殆どは勇者に対し怒りを覚えた。
それは私も同じだった。
彼の異常なほど慎重な行動の真意に気づいたのは、彼がいなくなってからだった。
魔王領に入り、魔王城を目指そうという時。
彼は唐突に姿を消した。
置き手紙では『魔王城に行く』とそう書かれていた。
あの慎重すぎる性格と、10年も魔王を討伐できない実力で、1人で魔王を倒す気か?
私は勇者の正気を疑った。
まぁ、パーティーの足でまといが居なくなっただけだ。
そう考えることにして、勇者パーティーの面々はむしろ重荷が取れたような気分だった。
私たち、取り残された勇者パーティーは、勇者がいない状態で進撃することにした。
もしかしたら、勇者以外で魔王を討伐した最初の人間になれるかも。
そんなことを考えていた。
勇者がいない勇者パーティーは、進撃して数時間後に壊滅した。
30名残っていたメンバーは、主力の5人を除いて全員死亡した。
主力の5人も、3人が戦闘不能、1人が戦意喪失、1人だけが無傷だった。
あの時、私たち勇者パーティーが対峙したのは高級魔族1人のみだった。
あんなのは1時間も足らずに殺せる。
あの勇者のように、何時間もかけることは無い。
ほぼ全員がそう思っていた。
しかし、結果は高級魔族を1人倒すために、勇者パーティーは壊滅させられた。
この魔族が特別では無かった。
ただ、今まで誰も欠けることなく討伐してきた無数の高級魔族のうちの一人だった。
ただ、違いがあるとすれば……勇者の不在だった。
その時、私は悟った。
勇者が何度も撤退を指示したのも。
野営の時は周辺の至る所まで、全員で固まって安全を確保したのも。
何度も何度も執拗に攻撃を避け続けたのも。
街中なのに、ずっと警戒しながら歩いてたのも。
いつも、どんな夜中に目が覚めても、彼だけは起きていたのも。
足でまといは、私達だったんだ。
私達は勇者の弱腰と思っていた指示によって、生かされていた。
その事に、やっと気づいた。
「馬鹿だね。キミたちは」
同じ勇者パーティーのノアが、冷酷な表情でそう言った。
彼はただ1人、高級魔族との戦いで無傷だった主力メンバーだった。
そして、唯一、高級魔族と渡り合えていた1人だった。
「君は1人で戻れるよね」
ノアは戦意を喪失した私にそう言った。
「じゃあ、ボクは勇者様を追いかけるから」
ノアは私を一瞥するだけで、助けてくれさえせずに、どこかへ消えてしまった。




