第2話 再会
「脱勇者……したのはいいんだけど」
少女はそう呟いて、自身の体を見下ろす。
そこには死ぬまで見ることは無いと思っていた光景があった。
雪のような真っ白な肌と、まだ成熟していない体の部位。
自身の体ではあるが、言い知れぬ罪悪感を覚え、注視するのを止めた。
問題は、魔王城の最奥に、裸の10歳くらいの少女がいるという不自然すぎる状況だった。
あと数分で辿り着いてしまうであろう王国兵に、どう説明すれば良いのだろう?
少女は頭を悩ます。
「……そ、そうだ」
少女はあることを思い出し、辺りを見渡す。
俺が勇者だった頃の服が残っているはずだ。
あった。
少女の視線の先には、この体で着るにはあまりに大きすぎる服。
しかし、無いよりマシだという結論に至り、少女は服を手に取り着替えた。
言うまでもなく、まともに着れたと言い切れるのは羽織るマントだけだった。
他の衣服は、身に付けたそばから地面にずり落ちてしまった。
「く、来る……」
少女は仕方なしに他の衣服を放置して物陰に隠れる。
来る王国兵に対応するための、説明や言い訳は考えてある。
Q.どうしてここにいるのか?
A.魔族に攫われました!
この言い訳で貫き通そうと、少女は心に決めた。
「──突入するぞ!」
誰かの声がする。
王国兵の誰かだろうと、少女は思って隠れていた物陰から出ようとする。
物陰から出て、真っ先に視線が合った。
見知った顔だった。
もう見たくもない顔が、そこにはあった。
フェリシア・ゲネット。
彼女は【勇者パーティー】の一員であり、世界で最も優秀な剣士だった。
しかし、少女にとっては勇者だった頃の悩みの種でもあった。
フェリシアは誇り高く、プライドも高かった。
そのため、長引く魔王討伐に腹を立て、何度も勇者に対して悪態を放っていた。
勇者が即死魔法を避けなかった一因でもあった。
勇者は最終的に1人で魔王討伐に向かったため、最後までフェリシアと会うことは無かった。
しかし、勇者の心には確かに染み付いたトラウマがあった。
「うっ……」
胃がキリキリと痛み、進んでいた足が止まる。
しかし、そんなことも言ってられないと、少女はまた足を進める。
なんせ、俺はもう勇者じゃないんだ。
少女はそう意気込んで、王国兵たちの前に姿を現す。
「た、助けてください……」
少女はか弱そうな声を意識して出した。
すると、王国兵の中で真っ先にフェリシアが気づいた。
少しだけ少女は狼狽えてしまう。
「どうしたの? どうしてここにいるの?」
フェリシアは膝を曲げ、視線を少女に合わせながらそう尋ねた。
フェリシアの丁寧な対応に、少女は少したじろぐ。
「そ、その、魔族に攫われて……」
「……分かったわ。衛生兵! この子を保護しなさい」
フェリシアはよく通る声で、そう力強く命令した。
すると、慌てて衛生兵らしき兵士がすっ飛んできて、少女とフェリシアの両方を見た。
「はっ! すぐ保護します!」
衛生兵は少女をフェリシアから受け取り、そのまま背に抱えた。
少女は何とか誤魔化せたことに安堵の溜息を吐く。
これで、俺は【勇者】ではなく、魔族に攫われた可哀想な少女だ。
これで、俺は……2度目の人生……いや、これが最初の人生だ。
やっと、俺は人として人生を歩める。
少女はその未来が近くまで来ている実感を得ていた。
「……そういえば、あなたは勇者を見ていないかしら?」
離れていく少女を尻目に、フェリシアはそう尋ねる。
ドクッと少女の心臓が跳ねる。
「は、はひっ! み、見ていません……」
「……そうですか。分かりました」
少女が必死そうにそう答えると、フェリシアは顔を伏せた。
すると、まさにその瞬間だった。
「──ま、魔王が討伐されています!!」
王国兵の1人がそう叫んだ。
少し時間が経って、やっと魔王が絶命していることに気づかれたようだった。
すると、その声を聞いた衛生兵が、深く溜息を吐いた。
「全く……10年間も何やってたんだろうな。勇者様って奴は……」
少女を運ぶ衛生兵がそう呟いた。
その声は侮蔑とも怒りとも取れた。
少女は自分が勇者であるがため、複雑な表情になる。
「まぁ、最低限魔王だけは倒してくれたみたいで良かったよ。これで、君も安心だろ?」
衛生兵はそう少女に問いかけた。
「え? そ、そうですね。あはは……」
少女は乾いた笑みで笑った。
複雑な思いと、いや、俺はもう勇者じゃないんだという救いに、更に複雑な思いになる少女。
俺は勇者として失格だった。
その上、俺は勇者から逃げた。
子供の頃の夢だった勇者。
それは今となっては、呪いになっていた。
「考えたらダメだ……」
少女はそう思い、目を閉じた。
視界が暗転して、すぐに意識を手放した。
あれだけ眠れなかったのに、勇者という責任から開放されたせいか何故かすっと眠れた。
何の雑音も聞こえなかった。