第11話 罪悪感
「あーーー」
少女は空をぼーっと眺めていた。
暇すぎて、謎の奇声を意味もなく口に出していた。
どうしてだろう?
戦いに行かずに、戦いを遠くから見守る。
そんな経験があまりにも無かったものだから、複雑な気持ちになる。
例えるなら、学校を初めてサボった昼みたいな気持ちになる。
「あ」
すると、視界の隅から高速で移動している聖剣を発見する。
もう帰ってきたのか……。
少女は罪悪感を覚えながらも、聖剣を目で追う。
「お、おかえり……それで、どうだった?」
少女は、空から高速で地面に突き刺さった聖剣にそう尋ねた。
【雑魚だった】
聖剣は乱雑な文字で、地面にそう記した。
その様子を見て、少し機嫌が悪そうだなと少女は聖剣に対して思った。
今回は何とか、聖剣と前線基地の兵士だけで何とかなったのか。
良かった。
少女はひとまず安堵する。
「あ! と、というか、そんなことより......どうするの? 次の勇者の元に行かないと駄目なんじゃ……」
すると、少女はハッと重要なことに気づく。
次の勇者は聖剣を欲しているはずだ。
俺が死んでから、結構な時間が経っている。
新勇者は、既に王宮に招集されているに違いない。
しかし、肝心な聖剣が不在となると、混乱を招くことは明らかだ。
聖剣さん......王城に戻った方がいいんじゃないのか?
【だまれ】
すると、さっきより一層乱雑な文字で、聖剣はそう意思表示をした。
「え、ええ……? 黙れって......じゃあ、どうするの?」
少女がそう聞くと、聖剣はピタっと動きをとめた。
そして、聖剣は昔のように意識を持たないかのように、カタンと地面に落ちた。
「…………逃げたな」
少女は聖剣の唐突なスリープに、ムッと眉を顰める。
......とはいえ、ここに置いていく訳にはいかないよな。
いや、フェリシアの家に持っていく訳にもいかない。
どうしよう……。
少女は顎に手を当てて考える。
「やっぱ、返しとくか」
少女は結局何も思いつかず、聖剣を王城にでも返しに行くことにした。
****
少女はその後、王城の入口に聖剣を放棄した。
聖剣を握る手から、何故か怒気を感じたが、きっと気の所為だろう。
あの聖剣は次代の勇者の大切な武器になる。
そのためなら、あの聖剣だって了承しているはずだ。
それにしても、前線基地から王城に辿り着くまでに時間がかかり過ぎてしまった。
乗り物があれば往復3時間程度で到着するのだが、歩きならば余裕で1日くらいはかかってしまう。
まぁ、俺の場合は魔法で脚を強化して、12時間くらいで抑えたのだが。
それでも、前線基地を出たのが昼くらいで、今はとっくに日が落ちて夜になってしまった。
フェリシアの家に辿り着くと、こっそり抜け出した窓の方に視線をやる。
「あ……閉まってる」
抜け出すために開けておいた窓は閉じていた。
それはつまり、フェリシアの帰宅を意味していた。
あ......。
多分、抜け出したのバレちゃったな。
少女はバレてしまったことに罪悪感を覚える。
「い、いや……待て。俺はここに帰ってきていいのか?」
フェリシアの家の目の前で、扉のノブに手をかけたまま少女は立ち止まる。
フェリシアに何時までも迷惑をかけたらダメだ。
今、やっとフェリシアから少し離れる事ができた。
久しぶりの風呂も睡眠もできた。
それに、苦手だったフェリシアのことを好きになれた。
それだけで、俺はもう何もかもいい気がした。
元はと言えば、嘘をついて騙して、そんな過程で手に入れた環境なのだから。
もう、これ以上はフェリシアを騙す訳には行かない。
少女は手をかけた扉から手を離す。
「……最後に会えたのがフェリシアで良かったな」
少女はそう呟いて、フェリシアの家を後にしようとした。
これからは世界中を歩き回ってみようかな。
ちょっとだけ楽しそうだ。
そんなことを考えていると、少女の目の前に、聖剣がカランと音を立てて落ちてきた。
「え? さっき王城に置いてきたのに……」
少女は目の前の聖剣を見て困惑する。
きっと、また空を飛んで戻ってきたのだろう。
こいつはずっと着いてくるつもりなんだろうか?
まぁ、俺は困らないけど……。
世界が困っちゃうんだよなぁ。
少女は小さく溜息を吐いた。
「……まぁ、ここに置いとく訳にもいかないし」
少女が地面に落ちた聖剣を拾い上げる。
すると、その瞬間だった。
ガチャと背後の扉が開く音が聞こえてくる。
後ろの扉は、フェリシアの家の扉だ。
つまり、出てくるのはフェリシアだ。
「───っっっ!!」
まずい!!
そう少女の頭が信号を鳴らす。
今の俺は聖剣を持っている。
この姿がフェリシアに見られたら、俺が勇者だとバレてしまうかもしれない。
い、言い訳を考える……?
いや、ここは逃げた方がいい。
どうせ、もうフェリシアと会うこともない。
少女は一瞬で決断し、聖剣を持ったまま走り出した。
1歩、2歩、3歩、必死に駆け出した。
4歩目で少女の目の前は真っ黒になった。
「何処に……行くの?」
目の前には、黒く濁ったフェリシアの瞳があった。