第10話 生存
「み、見るだけでも......しなくちゃな」
少女はとりあえずそう心に決め、場所を移動した。
さっきの場所とは正反対の場所。
最前線の中の最前線へ向かうと、そこには魔物の群れが見えた。
数は1000くらいで、距離は相当遠くだ。
あと1時間くらいは城壁に到達することは無いだろう。
「魔族は……?」
少女は魔族のいる方を探す。
魔物の群れの中にはいないようだ。
であるのなら、城壁の中にもう侵入しているのか?
少女は城壁の上を見上げる。
すると、少女の視界の隅に、魔族の姿が写った。
「……高級魔族」
城壁の上には高級魔族が立っていて、片手で誰かの腕を掴み拘束していた。
人質のような形で、その人は城壁の上から吊り下げられていた。
周りの王国兵たちは手も足も出せず、ただ無為に時間が流れていた。
「この街にはノアもフェリシアもいるはずだ……」
きっと、どちらかが、あの高級魔族を倒してくれるはずだ。
少女はそう思い、普通にフェリシアの家に戻ろうとする。
「オイコラァ!! 勇者アアア!! 出てこないとコイツを潰すぞ!!」
口の悪い高級魔族は苛立ったような口調で、そう叫んだ。
少女は反射的に聖剣に手を伸ばす。
「もう戻りたくない」
少女は聖剣に手をかけると、急に脳内が真っ白になる。
戻りたくなかった。あの地獄のような日々に。
もう戦いたくなかった。きっと、ここで戦えば、また戻ってしまう。
でも、戦わなければ、誰かの命が消えてしまう。
少女の脳裏に、あの時の記憶がフラッシュバックされる。
何度も殺して、何度も殺されかけて、何時までも戦い続けた。
もう遠い昔のようにも感じる記憶。
「何を考えてるんだ……」
少女は自身の頬をペチっと叩く。
救えるはずの命が自分の甘えで失われる。
そんなこと……あってはならない。
少女は聖剣に手をかけようとする。
しかし、聖剣は少女の意思に反して、すっぽり手から抜けてしまう。
「え……? な、なに?」
少女は聖剣の唐突な行動に困惑する。
【待ってて】
すると、聖剣はすっかり慣れた感じで、地面にそう文字を書いた。
「ま、待っ──」
少女がそう言い終わる間もなく、聖剣は高級魔族目がけて飛んで行ってしまった。
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「はな……せっ! 離しなさい!!」
フェリシアは魔族にそう吠える。
フェリシアは高級魔族に、その長い銀髪の毛を捕まれて城壁に吊り下げられていた。
状況を脱しようと、フェリシアは必死にもがいて抵抗するも、それはフェリシアの体力だけが削れていくだけだった。
「じゃあ、本当のことを言うんだな! 勇者は生きているのか……それとも、もう死んでいるのか!!」
高級魔族はフェリシアに顔を近づけて、そう叫び散らかした。
「い、生きてる……。今は……まだ……」
フェリシアはその魔族の問いに目を逸らすことしか出来なかった。
「なら、あと3秒だ。3秒以内で来なかったら、お前を殺す」
高級魔族はつまらなさそうな顔で、そう言った、
「さ、3秒!?」
フェリシアはあと3秒で殺されるという事実を認識する。
死ぬ覚悟はできている。
でも、あの子が。
ここで負けたら、勇者にも、あの子にも、私は顔向けできない。
フェリシアにとって、あまりに大きすぎる心残りだった。
「さん──」
高級魔族が、そう言いかけた瞬間だった。
フェリシアの髪を掴んでいる魔族の腕が消し飛んだ。
「え──?」
敵である魔族以上に、フェリシアは動揺する。
魔族に掴まれていた手が消え、空中に投げ出されたフェリシア。
フェリシアは空中に投げ出されながら、超高速で移動している『何か』を見た。
あの形状、あの色、あの長さ。
その『何か』は明らかに聖剣だった。
「そんな……馬鹿な……」
勇者は死んだ。
そう、結論は出ていたはずだ。
しかし、今、他でもない自身を救ったのは、勇者の聖剣だった。
「生き……てた……?」
フェリシアは自然落下しながらそう呟いた。
嬉しいとも、驚きとも、形容できない感情が溢れ出す。
勇者が生きている。
それだけで、心がすっと軽くなった。
私は、生きた彼に伝えなければならないことがあった。
そして、私が彼の為にやるべきことがある。
「……絶対に……死ねない」
フェリシアはそう呟くと、また落下のダメージを相殺するための剣戟を地面に当てる。
土煙が立ち上がり、フェリシアの視界が失われる。
「クソッ! クソ!! 生きてやがったのかッッ!!」
高級魔族のさっきまでの余裕は微塵も消え去っていた。
「残念だったわね! クソ野郎!!」
フェリシアは中指を立てて、魔族を挑発する。
「クソが!! まずはお前からだ! クソ雑魚!!」
高級魔族はフェリシアの方を睨むと、また尋常でないスピードで移動する。
フェリシアは高級魔族の動きを視認できない。
それくらい、高級魔族のスピードは異次元だった。
でも、予測はできる。
コイツは毎回毎回、私の後ろに回り込む癖がある。
私みたいな雑魚相手に、自分の癖を変えようとは思わないはずだ。
「死んどけ!!!」
高級魔族はフェリシアの後ろに現れ、その爪を大きく振りかぶる。
フェリシアはやはりと、少し口角を上げる。
「ワンパターンなのよ!!」
フェリシアはそう叫ぶ。
次の瞬間、フェリシアは背後に回れることを完全に読みきり、魔族の爪が届く前に剣を突き刺した。
「……クソ……が……」
フェリシアの剣は魔族の心臓を貫いていた。
魔族の目から光が失われていった。
勝った。
また彼に助けられて勝った。
私は未だに、1人では高級魔族一体にすら勝っていない。
その事実に、少し落ち込んでしまう。
「そ、それより! せ、聖剣は……っ!?」
フェリシアは気を取り戻し、すぐに上空を見渡す。
そこに聖剣の姿は無く、ただ青空が広がっていた。
「ど、どこに……」
フェリシアは消えた聖剣の行方の手がかりすら掴めず、その場で呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。