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第1話 性転換魔法

 勇者は魔王の胸に剣を突き立てた。


「終わった」


 勇者はそう小さく呟いた。


 132代目の勇者である少年は、心の中で安堵した。




 今まで132回繰り広げられていた魔王と勇者の戦争。


 毎回勇者が圧倒的な力を見せ、勝利を続け、人類は当たり前のように存続していた。


 しかし、今回は違った。



 132代目の勇者は歴代の中でも、圧倒的に弱かった。


 彼は【勇者】という能力以外の、何の能力も持たなかった。


 魔王が現れてから、三年以内で決着が着いていた先代の勇者達とは違った。


 彼の代では、魔王が討伐されるまで10年の時を要した。


 その原因は言うまでもなく、彼の歴代稀に見る弱さによる物だった。



 そして、その10年間で、魔王が世界に甚大なダメージを与えるには十分だった。


 歴代でも類を見ない被害と死者。


 幾つもの地域が滅び、幾つもの場所が踏み荒らされた。



 その度に、勇者は何をしているんだという不満が人々の頭に浮かんだ。


 勇者が自動的に魔王を倒してくれるという、盲信にも近しい絶対的な信頼は、時が経つにつれ怒りと嫌悪に変わった。



 いつの日か、彼は【歴代最悪の勇者】と呼ばれるようになった。


 そんな彼は、やっと10年の月日を費やして魔王を討伐した。


 歴代でも類を見ない最長の記録だった。




「………っ!?」


 勇者は唐突に悪寒がして、魔王に視線を移す。


 勇者は魔王の心臓を確かに貫いた。


 しかし、魔王はまだ微かに命を取り留めており、その微かな生命力で指を動かしていた。


 その指に見えるのは、マジックアイテムの指輪だった。


 その指輪の色は赤色。


 つまり、勇者自身が1番警戒していた『即死魔法』。



 そのマジックアイテムを使う隙さえ命取りとなった戦いで、それは最後まで効果を発揮することは無かった。


 しかし、今は違った。


 勇者は長い戦いが終わった安堵で、隙だらけになっていた。


「避け……」


 魔王の即死魔法を避けようと、勇者は体を動かす。


 その瞬間、頭の中に過ぎったのは走馬灯でも仲間の顔でも無かった。


 勇者が何度も言われ続けた言葉だった。


『───お前が勇者じゃなければ』



 その言葉が頭を反芻する。


 俺は勇者に選ばれない方が良かった。


 俺は生きてるだけで、勇者というたった1つしかない枠を奪ってしまう。


 それならば、と勇者は思ってしまった。


「……もう、いいか」


 勇者は動くのを止め、ただその場で立ち尽くした。



 どうせ、魔王も長くは持たない。


 ここで死ねば、また新しい勇者が誕生する。


 魔王を倒したという最低限の義務感が無くなった今、勇者の生きる意味は無くなっていた。


 それどころか、死ぬ理由が増えていった。


 だから、勇者は魔王の攻撃を避けなかった。



 真っ赤な閃光が目の前に迫り、次第に視界が薄れていく。


 死ぬ時は痛くも苦しくもない方が良いと思ってたけど、あまりに何も感じなさすぎて困惑する。


 まぁ、もう死ぬんだから何を考えても無駄だ。


 そう思うと、何故か勇者はとても楽になった。



 勇者は重くのしかかっていた肩の荷を降ろし、ゆっくりと瞼を閉じた。  



 ****



「え? あ、あれ……?」


 勇者は目が覚めるという違和感に困惑する。


 俺は死んだはずじゃ……? と勇者は不思議に思う。


 とりあえず勇者が瞼を開くと、そこには見た事のある光景が広がっていた。


「魔王……」


 目の前では魔王が倒れていて、その魔王は既に息絶えていた。


「え? じ、じゃあ……俺は……?」


 そう言って、勇者は自身の体を触る。


 うん、幽霊ではないようだ。


 しっかり、触れるし…………あれ?


 勇者はとてつもない違和感に気づく。


「あ、あれ……? 俺ってこんなに背が低かったっけ? それに体も細いような……って、えっ!?」


 勇者が自身の体を注視しようとすると、そこに飛び込んできたのは雪のように白い肌色だった。


「え!? な、な、なにこれ!?」


 勇者が自身の体に視線を向けると、そこにはあまりに華奢な腰と、10歳にもなっていないほど細い足があった。


 そして、男としてあるべきものが無かった。


「…………ど、どういうことだ?」


 勇者は冷静になり、状況を分析しようとする。


 あの時、魔王から即死魔法を打たれてしまった。


 しかし、死ぬことはなく、10歳くらいの女の子の体になってしまっている。



 これを、勇者は知っている。


 性転換魔法だ。


 数千年前に封じられた禁術と、なにかの本で読んだことがあった。


 それが、魔王の死に際、勇者に向かって放たれたのだ。


「どうして……魔王は性転換魔法を……?」


 勇者はそんな疑問を持った。


 しかし、そんなことを考える暇もなく、バタバタと甲冑を揺らす足音が聞こえてきた。


「や、やばい」


 この音は……王国軍の足音だ。


 魔王が死んだことを察知したのか、彼らは勢いよく魔王城に乗り込んできたようだ。


 少女の姿になってしまった勇者は焦る。


 性転換魔法を受けて、こんな姿になったと知られれば、もう俺は死ぬよりも苦しい思いをする。


 かと言って、死ぬ機会はさっき逃してしまった。


 勇者は迷う。


「……いや、待てよ」


 勇者は思考を一新する。


 もしかしたら、と勇者は自身の手の甲を見る。


 そこには【勇者の証】無くなっていた。


 つまり、性転換魔法をかけられ、勇者は死んだ判定になったのだ。


 つまり、……勇者は1度死んだ。


 そして、勇者は次代に引き継がれ、俺は勇者では無くなった。


「っ!!! 合法的……脱勇者!?」


 勇者……改め少女は興奮気味に呟いた。


 少女にのしかかっていた勇者という重責。


 それは死ぬまで取れないと思っていた。


 しかし、思いもよらぬ方法で、その重責から逃れることができた。



 これからは、俺は勇者じゃなくて、ただの一般人だ。



「き、きたああああああああああっっっ!!」


 少女は大声で、天に大きなガッツポーズをした。

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