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ミクロサイキック 弾丸編  作者: 髙橋三乃瑠
7/10

Act.7 ドリームチョンボ3億円

○先輩の見聞 十三


「主人公はもと鹿で、山神様に人間に変えてもらったんだ。一目見た人間の女の子に惚れてしまって、どうしても会いたくなったのだな」赤出ミーコ先輩が、意気揚々に新作映画の設定を述べている。

「何だか人魚姫の山バージョンみたいですね」と俺は適当に言葉を返した。この人の書く話は変わった。今回の文化祭で披露する予定の映画も、華やかなキャスティングのもと、若者に受けそうな物語を用意している。前はもっと素朴な雰囲気で、それでいてラストで散らばっていた全ての因子を繋げ、見る人の盲点から脳の真髄を貫くような、そんな話を書いていた。普段から映画や小説を嗜む人にしか伝わらないが、胸に響くものもまた大きかった。

 まあ、最近の流行りは海外でも日本でも、ダイナミックな設定と派手でカッコイイ役者の横行だからな、自分でも売れるような作品を作りたくなるよな、と思う帰り道の道中である。

 俺たちは新幹線に乗り込み、地元への帰路に着いたところだ。一日中動き回って、俺の身体はもう鍋底に放置された白菜のようにくたくただった。だが金のない俺たちに新幹線の優先席など取れるはずも無く、自由席にも座れず、列車と列車の連絡路のところで立っている。もう足が棒のようなのだが、しかし、赤出ミーコ先輩は朝よりもハツラツとしている。

「人魚姫……、姫か。そういう設定もありだな。となると、あの子は王子役か。うん、はまっているな」

 そう言って自前のノートをペラペラとめくった。

 以降、我々はろくにしゃべらず、到着までうとうとしながら過ごした。


 駅を降りた帰り際、赤出ミーコ先輩は三黒さんに聞いた。

「B級映画ヒロイン三黒紗伊子よ、有意義な旅になったかい?」

「有意義でしたが、無意味でした」

「旅なんて、そんなもんさ!」

 まるでいつも放浪しているかのような口調である。

「ええ」と、小さく笑った三黒さんの顔に陰はない。

「では、また今度な。後輩君は、ちゃんと部室に来いよ。仲睦の馬鹿とつるむのもほどほどにな。エロが移るぞ」

 赤出ミーコ先輩がレッドカーペットを歩くようなしなやかで上品な足取りで別の路線に向かって帰って行った。

「言葉遣いと 立ち振る舞いが真逆なんだよな、あの人」

 でも、そこが魅力的。と、脇屋空太郎が思う。


 私と三黒さんは、途中まで帰り道が同じなので、共に帰ることにした。出身中学校はどうやら隣の学区の学校だったらしい。俺は自分土産に買っていたレモン牛乳をちるちるとすすりながら歩く。右側はもと畑で現在は空き地、左側は小さな竹林という、つまるところ電灯の明かり以外は何もない道である。

「うーん、うーん」と隣から声がした。

「三黒さん?」

「はい?」

「何か悩み?」

 そう問うたが、三黒さんは「いきなり何だろうこの人は、モシカシテ口説カレテイルノカシラ!?」とでも言いそうな、不思議そうな顔をする。

「うーん、うーん」

 再びそう聴こえた時、彼女の口元は動いておらず、俺の口元も、もちろん動いたわけではない。

「うーん、うーん」

それは竹林の方から聞こえてきていた。

「うーん、うーん」

「ウーン、ウーン」

それは、

「ヴーン、ヴーン」

何かを悩む声というよりかは、

「ヴゥーンン、ヴゥヴゥ―ンン」

何かを欲して、のどを鳴らすような音だった。

竹と竹の隙間で、何かが動いたように見え、私は目を凝らした。三黒さんもつられて竹林を見た。その直後である。

「ヴゥーウ、ヴァアッ」

 カバのように大きな口のようなものが竹林の暗闇に浮かび上がると、ずんずんずんずんと歩み寄って来る。茂みをかき分ける足音が近づくと同時に、ぬめりと湿ったような空気が我々を捉えた。

それは俺が夢で見た怪物だった。黄色がなくなった世界で地を這っていたあの怪物は、俺の想像の贋物ではなかったか。ちがう、これは夢の続きなのか。俺は新幹線で眠って、ずっと夢の中を現実と認識していたのだろうか。それなら合点だ。合点である。合点であってくれ。

「先輩、ぼーっとしてる場合ですか!」

 珍しく荒々しい三黒さんの声と、私の手を引くやけ冷たい彼女の手に、意識を目の前の情景に戻される。

 まさか、ここで三黒さんを救い、ヒーローとなれという神の御達しか。ただ、それはいささか実力に反している。ほんともう迷惑なこっちゃ!!

 あれこれ考えている内に、私の背後に怪物の口があった。

 万事休す。

 私の顔が怪物の喉元に差し掛かった時だ。金色に輝く荒野が一面に広がった。ああ。これはきっと、三途の川へとつながる川原なのだろう。遠くに小さく動く子供のような姿があった。あれは世に聞く三途の川の鬼だろうか。



○三黒紗伊子の見聞 十


 先輩が飲み込まれそうになった時、私は無我夢中で銀の弾丸を撃ち放っていました。先輩の手を掴んだまま、これでもかと撃ったのです。しかし、何も起こりはしませんでした。先輩が手に持っていたレモン牛乳が、ぼしゃんと地面に落ちました。

 その時です。鋭く唸るような風音がしたかと思いますと、黒いジャガーのような恰好をした人が目にも止まらない速さで目の前に飛び込みました。そして両足で跳び蹴りを繰り出し、怪物の横腹へ思いっ切り踵をねじ込むのです。怪物のずう体は横へ吹き飛び、どしゃんと音を立てて倒れます。そこへすかさず、黒いジャガーみたいな人が、飛びかかって、パンチやキックの連続技をかまします。先輩はというと、怪物の口からスポッと頭が抜けると、そのままゆらりと私の方へ倒れ込んできて、その唾液でぬめぬめな顔を私のお腹にジャストミートさせました。一瞬、ウゲッと思ってしまったことを心の内で詫びさせてください。

 幸いなことに、唾液がついている以外に先輩に異常は見られませんでした。

「早く逃げろ。」

 黒いジャガーみたいな人がそう言います。怪物は、先ほどまで透明だった身体が白くなっており、黒いジャガーみたいな人と一定の距離を取っています。そして威嚇するように姿勢を低くし、尾を振り上げているのでした。

「早くしろ!」

 もう一度、今度は脅すように真に迫る物言いで言われると、私は呆然とする先輩を引き連れてその場から逃げました。

 散々走って近所の街中に辿り着いた時、一軒の家の暖簾にぶら下がっているテルテル坊主が、不安そうな表情で虚空の彼方を見つめているのを見付けました。私はそこでようやく後ろを振り返り、今来た道の方を見返したのでした。



○先輩の見聞 十四


 目覚めると、全身の水が全て噴き出したのではないかと思うほど、大量の汗をかいていた。しかし、目覚めた時も、ぼおっと天井を眺める今も、恐ろしさはなかった。昨夜、家に着いた途端、布団の上に突っ伏して寝たことが思い出され、次いで、夢の中で見た情景、昨晩の帰り道に似て非なる情景が想い浮かんだのだった。

 夢に出て来た黒いジャガーの男は、もう一人の俺だった。三黒さんを陰で救うヒーローになりたいと願った、哀れな俺の寸劇さ。笑えない、くだらない、妄想を絵にしたような、『黄色い春』の夢の続き話だった。

 今わかった、『黄色い春』の全貌。それはダサいダサい失恋を、勝手に美化した俺の過去から成っている。中学校卒業と同時に、俺は思いを寄せていた女生徒と離ればなれになった。進んだ高校が違っただけの話だ。彼女はアスファルトニガム高校を受験すると言っていた。また、同じ高校に通える。あともう三年間もあり、しかも同じ中学校出身という肩書も得られれば、交際に発展するのも時間の問題だとふんぞり返っていた。その矢先、彼女はもっと偏差値の高い高校へ進学した。滑稽なことだ、俺の第一志望であるアスファルトニガム高校は、彼女にとってはただの滑り止めだった。それを知った時、確かに色を失ったような心地になったものだ。明るい色ほど、くすんで見えた。

 そして今朝、夢の続きだ。情けない思いはもう嫌だと、ダサい黒い姿で奮い立つ俺。現実問題、もし本当にこうなったら、人間誰しもこの窮地を脱することは出来ないと諦め半分で化け物に呑まれる俺。その二人の俺が同時に三黒さんの前に出現した。

「見て、見捨てないでほしかったんだな。どっちの俺であっても。」そしてどちらも、恥ずかしくて決して見せられない姿だ。

 こんなもん、映画になんかできようものか。駄作に決まっている。

「ですが、今さらまともな人間になるなんて、あなたには無理ですけど?」くひひ、という仲睦の悪魔のような笑みが浮かんだ。


 何にせよ、人の努力と妄想は、のぞかない方が良いってことさ。



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