Act.2 煩を究めて煩うまぬけ
○先輩の見聞 四
まず、世のレディ諸君に一言詫びておきたいと思う。
男とはド阿呆な生き物なのだ、申し訳ない。
どんな男でもそうだ。野を駆け、山を越え、時に川をさかのぼるような筋肉馬鹿は言わずもがな、いかにスマシタ顔をして頭脳明晰・冷酷無慈悲を演じているような男でも、その脳内は単純明快、ハレンチでヨコシマな桃色一色なのだ。しかし、心が海のように広い世のレディ諸君には多少の桃色思考くらい、許して欲しいと俺は願う。マンションに干してある洗濯物に目が止まったり、電車で向かいに座った女性のミニスカートに目が行ったり、海辺でぽわんぽわん膨らむ小麦色のチチの谷間に目が釘付けになったりと、それくらいの行為には目を瞑っていただきたいものだ。せめてパンチ一発で許して欲しい。警察には言わないでくれ。
「我々男たちはね、日々の生活に疲れてしまっているんだよ。ちょっとくらいさ、癒してもらっても良いだろう?だって僕たちは、おっぱいが好きなんだもん。」
かの有名な英国の弁護士マーケナイ・サイバン氏の言葉である。この言葉が裁判長及び裁判に参加した全ての者の胸をうち、痴漢で捕まった男が無罪放免となる珍裁判が起きたことがある。その捕まっていた男は普通のサラリーマンであり、毎日のように残業に追われ、休みの日でも嫁には相手にされず、全ての家事を押し付けられる。当然、趣味の釣りに勤しむ暇もなかったという。
「つまり我々男子はね、みんな頑張っているわけですよ。だからこそ、女性は男のロマンや阿呆な思考に、少しは付き合ってやらなくちゃいけないんです。例えばね、空を飛び窮地に駆けつけ、ばったばったと敵を倒して世界を救うスーパーヒーローがいたとしましてね、そんな頑張っているヒーローが空を飛んでいる時に、ふと上空から露天風呂を覗いて若いレディのすっぽんぽんを見るくらい、許してやっても良いじゃないですか」校舎西棟の三階、写真部の部室にて仲睦はこう豪語した。
「賛成」「賛成」「ド賛成」「ビバです」「ビバです」「ビバらしいです!」「この世に二度とない大演説」「おっぱい万歳!」
部室に集められた幾人かの男たちが手を叩いて仲睦の言葉に歓声をあげた。ここに集められた男は皆、仲睦という悪魔人間の知り合いであり、仲睦主宰の『煩究煩コンテスト』、その実行委員会に選出されたエロエロカッパどもである。何故、真っ当な紳士である俺までこの場に呼ばれたのか、解せない。
『煩究煩コンテスト』とは、学園一のナイスバディ・ガールを決めるコンテストのことである。アスガム高校文化祭の裏で行われ、教師と女生徒に隠された教室で阿呆な男どもが己の目に映る最良のボン・キュッ・ボンへ一票を投じていく。見事上位にランクインした女生徒は学園内での地位が秘密裏に上昇し、不可解な権力の向上、はた迷惑な応援部隊設立などといった校内オプションを得られる。多くの大学で行われるミスコンとは違う。求めるのは顔ではない。
「私の企画するこの煩究煩コンテストには、集まってもらった皆さんの協力が不可欠なのです。」仲睦が力の入った声で言う。「皆さんには文化祭が行われるまでの一カ月半の間に、本校が誇るナイスバディな女生徒の、そのボン・キュッ・ボンを写真に収めてもらわなくちゃなりません。明日から期末テストで、それが終わったら夏休みだからって、そんなの関係なく写真を撮って撮りまくるのです。そうでもしなければ煩究煩コンテストは開くことができなくなってしまう。女生徒の中には大胆にナイスバディを見せつける子もいれば、隠れナイスバディを持つ子だっています。全ては皆さんの千里眼にかかっている!そのどこまでも欲深い桃色眼で、世にある全てのエロスをこの場に晒すのです!」
わあああ!と部室内が男どもの卑猥な歓声で沸いた。
「と、いうわけで、これが企画の詳細です。」そう言って仲睦が配った書類には、写真部のパソコンのパスワードや、写真を保存するファイル名などが書かれていた。さらに重要なことがもう一つ書かれており、それはSUKEBE写真の売買に関する事柄だった。SUKEBE写真の売買。これは、煩究煩コンテストの裏の顔である。自分の撮ったSUKEBE写真を客に売ることができ、その売り上げは一〇〇%撮影者の手元に入って来るという。
「これ、価格はいくらでもいいの?」と誰かが仲睦に聞いた。
「ええ。価格は各々が自由に設定してください。でもクオリティに則した値段にしないと売れませんのでご注意を。」
他に何もなければ本日は解散という事で、と仲睦は言い残して写真部の部室を出た。俺も席を立つと仲睦の後を追った。
「なあ」と俺が声をかけると「ああ、あなたですか」と仲睦が振り向いた。
「どうして俺が呼ばれたんだ?」俺は率直な疑問を仲睦にぶつけた。
「だってあなた、エロくて阿呆じゃないですか。」
桃色で頭が汚染されている且つ阿呆な思考の持ち主が集まらなければこの企画は破滅しますよ、と仲睦は言った。
「いや、そういう事じゃなくてだな、俺は映画部だぞ?」バレー部や陸上部のように揺れる乳を見る機会も無ければ、水泳部のようにセクシーな姿を見ることもないのだ。それでいて皆の納得するボン・キュッ・ボンを撮れようものか。
「他部活の大会へ応援に行けばよいのです。」
「それは面倒だな。」
「では、あなたが映画を作ればいいじゃないですか。衣装はとびきりセクシー、演技は妖艶でいて大胆、そんな映画を撮れば完璧ですよ」
「俺はそんなハレンチ監督ではない」
「では三黒さんに被写体をお願いしたらどうですか?彼女、あなたと仲が良いじゃないですか。」仲睦がニヤニヤと笑みをこぼし、尖った八重歯を光らした。
「阿呆、こんなフシダラな企画に三黒さんを巻き込めるか!」
「とか言って、本当は見たいのではないですか?彼女のあられもないハレンチな姿を。」ずむむむ、と凄みのある表情で仲睦が俺の目を覗き込む。やはりこいつは人間界に潜みこんだ悪魔なのだと改めて思った。
「ま、彼女の胸は関東平野よりも起伏が乏しいので、あまり期待はしませんが」
仲睦はそう言って窓の外を見た。
「阿呆。」
だから何だっていうのだ。俺は呆れはて、この場を去ろうとした。しかし、仲睦が後ろから声を投げかける。
「映画部の部室に顔を出すんですか。あなた、僕には冷たいくせに部長さんには良い顔しますねえ。」
「部活の部長に呼ばれたんだ、暇なら行って当然だろう。」
「妬けちゃますね。僕の呼びかけには気が向いた時だけのくせに、部長から声かかれば授業中でさえ行くらしいじゃないですか。」
そう言えば、あの人に授業中のシーンを撮ってくれと頼まれたこともあったな、と思い返す。
「あなた、人に付き従うようなタマでしたっけ?
まるで忠犬じゃないですか。いや、タマなら猫ですか。何にせよ、まことに妬ましい。」
ふははは、と俺は軽く笑った。
「噛みつく手はずは整えているさ。」