第1章 真実 ⑧
宝石から発している光は、赤・橙・黄・黄緑・緑・水・紫の7色…すべて北から東にかけてを指している。
当然のことだが、クリスタニアの西から南は海原なので、ターメリックを含む7人全員がモンド大陸にいるという意味である。
ターメリックが7色の光に見惚れていた、そのとき。
…突然、黄色の光が動き出した。
「えっ…?」
黄色い光は、他の光をまたぐように北から東へ行ったり来たりを繰り返し、また同じ位置を指し始めた。
…いったい、何が起こったのだろう。
顔を上げてみると、クランが自分の紅茶を注いでいるところだった。
「ふたりが飲んでいるの見ていたら、僕も飲みたくなったんだ。だから、ちょっと台所に行ってきた。クッキーも焼けていたから持ってきたんだけど、よかったら食べて」
クッキーを無造作に押しやるクランを、羅針盤から伸びた黄色い光が一直線に指していた。
光の中に浮かび上がった文字はまぎれもなく、
『光 レオ』
である。
「おぉ!やはり、そうだったか!」
興奮したカメリアが絶叫とともに部屋から出て行ってしまった。
…まさか。
ターメリックは、まじまじと羅針盤を見つめた。
…黄色い光は、ぶれることなく正面に座る童顔の少年を指している。
こんなに近くに、仲間がいたとは…!
「クラン君が、光の剣に選ばれし者だったんだね…!」
「……」
ターメリックの胸は高鳴っていたが、クランは冷静に紅茶を飲んでいた。
すべてを見下したような、それでいて不満げな表情…
しかし…
そこには一抹の寂しさがあった。
クラン君…君はいったい何を考えているんだい…?
そう尋ねようとしたとき…
地下のほうから何かがひっくり返る凄まじい音と、盛大に咳き込む声が聞こえてきた。
…今度は、カメリアが探し物をしているらしい。
「て、手伝ってこようかな…」
「やめたほうがいいよ。素人が入ると死ぬから」
「……」
立ち上がりかけたターメリックだったが、クランの淡々とした物言いに渋々座りなおした。
入ったら死ぬって…どれだけ汚い部屋なんだ!
「おぉーい、ふたりとも!」
そのとき、ほこりまみれのカメリアが意気揚々と戻ってきた。
腕に、一振りの剣を抱えている。
「見つけたぞ!まさか扉の下に転がっていたとはなぁ。思いっきり蹴飛ばして、古い寝台に挟まってしまったよ。やっとのことで引き抜いてきたが…神殿に行ったらクリスタン神様に謝らなければなぁ」
テーブルの上に置かれた小振りな剣…
鞘には、茨と王冠の銀細工…
柄には、輝く黄色の宝石…
何も知らなかったターメリックが見ても、すぐにわかる。
それは…まぎれもなく光の剣であった。
「こ、こんな大切なものが扉の下に転がっていたなんて、本当ですか!?」
しかも、それを思いっきり蹴飛ばすなんて!
羅針盤がフィリア辞典の中に挟まっていたことといい…ターメリックは地下倉庫が乱雑であることに気がついて慌てた。
しかし…カメリアは少し笑って、
「それほど気にすることでもないよ。君の持つ真実の剣だって、砂浜に埋もれていたくらいだからね。…まぁ、光の剣を蹴飛ばしてしまったのは、私だけれども」
幸い傷はなさそうだと、カメリアは安堵の溜息をついた。
剣に選ばれたクランはというと、我関せずの顔で紅茶をおかわりしている。
「…私は、神の使いとしてクリスタン教信者のフィリアは大体把握しているんだ。レオというフィリアは珍しくてね…実は、フィリアはクリスタン神様のおっしゃるとおりに私が代わりに授けているだけのもので、多い種類もあれば少ない種類もある。私のジョアンなんか、かなりの人数がいるわけだが…いや、そんなことよりクランだ。まさかとは思っていたが、そのまさかとは」
「クリスタニアに住んでいるクラン君が仲間なんて、とても心強いですよ!」
「意外と身近に仲間がいたね。これからふたりで仲間探しというのも、楽しそうでなによりだ。さて、そうと決まれば…」
「僕は協力なんてしないよ」
楽しく語らうカメリアとターメリックを前に、クランは鋭く吐き捨てた。
ターメリックは、驚いてクランを見つめた。
カメリアはというと、苦い顔で目を伏せている。
…まるで、こうなることを知っていたような表情だ。
クランは饒舌に話し始めた。
「僕の意見も聞かないで勝手に話を進めるなんて、どうかしているんじゃないの。僕は、この世界が大嫌いなんだ。竜の王イゾリータが復活して、災厄をもたらしてくれるというのなら、僕は迷うことなく光の剣を捨てるね…友情とか仲間とか、そんなもの僕は信じない」
「……」
ターメリックが戸惑っている間に、クランは部屋を出て行ってしまった。
カメリアには心当たりがあるようだが、ターメリックには何もわからない。
…複雑な空気が部屋に充満していた。
その日…
クランは2階の自室に閉じこもったまま、一度も下へは降りてこなかった。
第2章へつづく