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第1章 真実 ⑥

ターメリックは、今朝の出来事をかいつまんで説明した。


カメリアは深刻な顔で聞いていたが、話が終わると深い溜息をついた。



「神であるスパイス帝国皇帝の殺害と、世界征服…竜の王イゾリータの復活が近いのも頷けるな」


「もしもイゾリータが復活してしまったら、この世界はどうなってしまうんですか?」


「それは、クリスタン神話最大の謎といわれていてね。私にも詳しいことはわからないのだよ…しかし、恐ろしいことが起こるのは間違いない。そうならないために、伝説の剣は持ち主を選んだんだ」



カメリアは机の上に置かれた真実の剣を手に取り、鞘から抜こうとした。


しかし…


どれだけ引っ張っても、剣は出てこない。


ターメリックは予想外の事態に慌てた。



「さ、さっきまでは簡単に抜けたんですよ!ぼくが触って壊してしまっ」


「ははは、大丈夫だよ、安心しなさい…伝説の剣は、持ち主にしか心を開かないといわれている。つまり、選ばれた者にしか抜けないようになっているそうだ…ほら、抜いてごらん」



カメリアが笑顔で差し出した剣を受け取り、ターメリックは剣を抜いてみた。


鏡のような刀身が姿を現し、その美しさにカメリアは息を呑んだ。



「これは7つある伝説の剣の中でも、いちばん特殊な〈真実の剣〉だ。偽りだけを確実に斬る…神話の中では、役に立たないとして酷評されたこともあった剣だよ」


「…偽り…?」


「当時の偽りといえば、魔法の力だ。ようするに、魔法を一切受けつけない剣、といったところだな…信じられないのなら、その机を斬ってごらん」



言われるがままに、ターメリックは剣を構えてみた。


剣を持ったこともないのに、手にしただけで使い方がわかった。


…伝説の剣だから、かもしれない。



「…てーい」



弱々しい掛け声とともに、ターメリックは小さな机を薙ぎ払った。


…しかし。



「…あ、れ…?」



確かに斬ったはずなのに…何の感触もない。


それどころか…机には、傷ひとつなかった。



「一見、何の役にも立たないような剣だが、イゾリータの繰り出す強力な魔法を無効にした、と神話には書かれている…真実の剣は、唯一魔法を防御する剣なのだよ」


「なるほど…!」



カメリアの説明に、ターメリックはひとりで納得していた。


朝日の浜辺でペパーと向き合ったとき、



『抜いてはならぬ!』



という声が聞こえた。


あのとき、持っていたのが真実の剣と知らずに抜いていたら、間違いなく砂浜に散っていただろう。


きっと、クリスタン神様が救ってくださったに違いない。


…信仰心なんて、欠片もないというのに。



「…どうして、ぼくが選ばれたんでしょうか…」



剣の宝石を見つめて、ターメリックは呟いた。


カメリアが沈黙で続きを促したので、途切れがちに言葉を続けた。



「ぼくは、父がクリスタン教信者だからという理由で、フィリアを授かった名前だけの信者です。クリスタン神話だって、詳しく読んでいないどころか、史実であることも知らなかった…こんな奴、伝説の剣に選ばれる資格なんてないです」


「……」



カメリアが息を呑む気配がした。


顔を上げると、瞬きも忘れてターメリックの顔を見つめていた。



「カメリアさん…?」



名前を呼ぶと、神の使いは我に返った。



「あぁ、すまない…あまりに似ていたもので…」


「似ていた…?」


「クリスタン神話の内容にね」



カメリアは口の端で小さく笑った。



「…その昔、真実の剣に選ばれたのは、オリエント・マンティーオという青年だった。しかし、オリエントは剣に選ばれたというのに、いつも困った顔をしていた」


「…?」


「彼には、同い年で文武両道・容姿端麗の従兄弟がいたからだ。なぜ剣は、何でもできて人気者の従兄弟ではなく、遠く及ばない自分を選んだのだろう…ただでさえ、真実の剣は仲間たちを率いる者の剣だというのに…と、そんなことばかり考えていたそうだ」


「……」


「残念ながら、伝説の剣の意志は神の使いである私にもよくわからない。だが、オリエントは6人の仲間に支えられ、リーダーとして大活躍した…と神話には書いてあるよ」


「ということは…ぼくが仲間たちのリーダー…ですか」


「そのとおりだ。もちろん、剣に選ばれし者は君ひとりではない…この世界のどこかに、あと6人…伝説の剣を持つ仲間が存在する」


「……」


「君は、真実の剣を持つ者として6人の仲間を集め、彼らとともに竜の王イゾリータを封印しなければならない…その覚悟は、できているかね」



穏やかだが、有無を言わせぬ口調…。


カメリアの表情からは、いつの間にか笑顔が消えていた。



「…少し、ひとりにしていただけますか」



悩んだ末に頼んでみると、カメリアは小さく頷いて部屋を出ていった。



ターメリックがどんな返事をしようとも、事実は変わらない。


ただ、身の回りに起こったことを自分なりに整理したかったのだ。



クリスタン教信者に伝わるクリスタン神話は史実であり、この世界の歴史そのもの…


母国スパイス帝国で起こった皇帝の殺害と世界征服宣言により、竜の王イゾリータの復活が間近となった…


そこで各地に眠っていた伝説の剣は、イゾリータに立ち向かうべき持ち主を探し始めた…


…そのうちの1振りである真実の剣に選ばれたのが、ターメリック・ジュスト。


夕日の浜辺では危機一髪のところをクリスタン神に助けられ、モンド大陸の東端にあるクリスタン信者の聖地クリスタニアまで飛ばされた。


そして神の使いカメリア・ジョアンから、剣に選ばれし者の使命を果たす覚悟はあるか…と問われている。



「……」



ターメリックは目を閉じ、大きく深呼吸をした。


…まぶたの裏に、心の残像が映し出される。


物知りな信者の友人、処刑されたノワール先生…


そして…囚われの身の父。


クリスタン教には縁がないと思っていた自分の周りには、こんなにもクリスタン神を崇拝している人たちがいた。


…ノワールの言葉を思い出す。



ないのなら、探しに行けばいい。



自分にないもの、それは…



「…仲間…」



今まで、ずっとひとりだった。


…仲間を探しに行くなら、今しかない。



「よし!」



ターメリックは、両手で自分の頬を打った。


ぴしゃっ、といういい音がする。


決意はできた…やる気も十分だ。



…ふと、視線を感じた。


部屋の扉に腕組みをした少年が寄りかかって、こちらを見ていた。


先ほど、絶叫を残して駆け出した少年である。



そういえば、この小屋からは人の気配が感じられない。


住んでいるのはふたりだけなのだろう。


…だとすると、この少年が先ほど話に出てきたカメリアの甥っ子に違いない。



「…叔父さん、呼んでこようか」



少年は、不機嫌そうな顔つきでぶっきらぼうに言い放った。


なぜか、言葉の端々に棘がついているような言い方である。


ターメリックが小さくなって「お願いします」と言うと、少年は何も言わずに扉の向こうへ消えてしまった。



…しばらくして、カメリアが少年とともに部屋へと戻ってきた。


ターメリックは真剣な表情で、



「覚悟はできました。仲間を集めて、使命を果たします」



と、告げた。


すると、カメリアは嬉しそうに万歳をした。



「よく言った!それでこそ、剣に選ばれし者だ!」


「別に、この人が何を言おうと事実は変わらないよね。そんなに喜ぶ必要ってあるの」



少年は、相変わらず不機嫌そうである。


…何がそんなに気に食わないのだろうか。



「そう言われてもなぁ。やはり、こういうのは本人のやる気が大切だと思うのだよ。それで、覚悟はあるかと聞いたのだ」



その説明に、少年は「ふうん」と鼻息を漏らしただけであった。


カメリアは、ターメリックにすまなそうな顔を向けた。



「この仏頂面が、私の甥のクラン・レオだ。礼儀知らずなところもあるが、大目に見てやってくれ」



カメリアが紹介している間、クラン・レオという名の少年は一度もこちらを見ようとしなかった…



つづく

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