表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/57

第7章 平和 ③

地下牢までは、長く険しい道が続いていた。


…無数の黒い影が侵入を阻んでいたのだ。



「ラファール・トルネード!」



レードルが杖を手に呪文を唱えた。


黒い影は突風に舞い上げられ、霧となって消えた。



「やっと出番が来たわ!このまま腕が鈍ってしまうかと思っていたけれど、そんな心配はいらなかったわね」



生き生きと杖を振るうレードルに負けじと、仲間たちも剣や槍で敵を薙ぎ払っていく。


しかし…黒い影は無数に現れるため、次第に前へ進めなくなってしまった。



「ど、どうするんですか!?いくら倒しても、きりがありませんよ!」


「しかし、このまま逃げ続けても目的地には辿り着けないだろう…クワトロ!背後に気をつけるんだ!」



クィントゥムが指示を飛ばすものの、黒い影は絶え間なく襲い掛かってくる。


そのとき…



「みんな!聞いてくれ!」



槍を振るっていたノウェムが声を張り上げた。


近くにいたクランと目配せをして、



「ここは、オレとクランが引き受ける。みんなは先に進んでくれ!」



その決意に、クィントゥムが声を荒げた。



「何を言っているんだ!それは」


「大丈夫だって、クィン兄さん。ひとりで残るわけじゃないんだからさ」



ノウェムの笑顔に、クィントゥムは納得のいかない顔をしている。


しかし…だれかが食い止めなければ、だれも先に進めない。


ターメリックは「わかった」と頷き…ノウェムのポケットに羅針盤を滑り込ませた。


案の定、ノウェムは慌てふためいた。



「お、おい!これがないと、ターメリックたちが地下牢に行けないじゃないかよ!オレたちのことはいいから…」


「命懸けの仲間を、置いて行けるわけないだろう!」



思ったよりも大きな声が出た。


呆然とするノウェムに、更に畳み掛ける。



「これが大事な物だって思うなら、必ずぼくたちに返しに来てくれればいい…ふたりのこと、信じているからね」


「……」



最初は固まっていたノウェムも、ターメリックの言葉が効いたらしく活気を取り戻した。



「…おぅ。とっとと片付けて、すぐ追いついてやるよ!」



黒い影に立ち向かっていったノウェムとクランを残し、ターメリックたち4人は廊下を駆け出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…心配ですね。姫様とフィオさんならともかく、あのふたりですからね」



しばらく走り続けて、ふいにクワトロが後ろを振り向いた。


クランとノウェムの姿は、まだ見えない。


そばに仕える大地の精霊テルトレーモが、主人に「よそ見をするな」と注意している。


羅針盤が手元になくなったので、宮殿内の案内はテルトレーモが担当してくれていた。


地下から観察して、正しい道へと導いてくれているようだ。



黒い影の勢いは収まってきたものの、今度は地面の揺れが激しくなってきた。


年季の入った建物であるスパイス帝国の宮殿は、この揺れに耐え切れず崩れかけていた。



「カイエンは、あたしたちを宮殿の下敷きにするつもりなんでしょうか」


「そうね、きっと生き埋めにするつもりよ…自分の世界征服が完了するまで」


「おや、姫様。よくわかっているようだな」


「あら失礼ね。馬鹿にしないでちょうだい」


「おっと、これは申し訳ない」



仲間たちの話に耳を傾けつつ、ターメリックは地下にいるはずの父のことを考えていた。


この地響きで、宮殿が崩れでもしたら…



「ターメリックさん!前っ!」



クワトロの声に顔を上げると、そこには無数の黒い影がうごめいていた。



「なかなか進めないな…」



クィントゥムが難しい顔をしている。


その隣で、テルトレーモがクワトロに何やら耳打ちをしていた。


しばらくして、クワトロの声が「そうなの?」と裏返った。


クワトロは少しの間思案していたが…やがてリーダーに真剣な表情を向けた。



「ターメリックさん。この先を抜ければ、すぐに地下牢へ行けるそうです」


「…!」



鼓動が早くなる…


クワトロはターメリックの様子を窺い、テルトレーモに命令した。



「この先にある地下牢まで、ターメリックさんについていってあげて。瓦礫から守ってあげてね」


「承知いたした…行くぞ、ターメリック殿」



主の命令に従い、テルトレーモは振り返らずに進んでいった。



「ターメリックさん。テルトレーモはボクがいないと頑固者ですけど、ボクの命令は絶対に守ってくれます。さぁ、急いでください!」



クワトロの言葉に、ほかの3人も揃って頷いた。


先ほどの2人のように、この場で黒い影の足止めをしてくれるようだ。



「私たちは、ここが片付いたら謁見の間へ向かう。だから、そこで落ち合おう…サフラン殿とアクア殿を連れてきてくれよ」


「うん…任せて!」



クィントゥムの声を背に、ターメリックはテルトレーモを追って駆け出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



先ほどから地上が騒がしいのだが、地下にいる2人には状況がつかめない。



「最近よく地震が起こるが、これも竜の王イゾリータのせいなのか?…あぁ、勉強不足だな」



もっと神話を読んでおくべきだった…そう言って、サフランは溜息をついた。


アクアは膝を抱き、天井に目を向けていた。


…これからの自分に、生きていく価値があるのかどうか知りたかった。



「…ん?アクア殿、外から足音が聞こえないか」



アクアは耳を澄ませたが、聞こえてくるのは地響きだけである…これが足音なのだろうか。


サフランは顔をしかめていた。



「騒々しいな。まるで私の息子の」



最後まで喋り切らないうちに、地下牢の扉が勢いよく開かれた。


そして、何かが地面を転がってきた…どうやら人間のようである。



「いてて…テルトレーモさん、扉が開くなら教えてくださいよぉ」


「吾輩は急いでいる。若の元へ戻ってもよいか」


「は、はい。ありがとうござ」



扉の影に控えていた大男が地面の隆起となって消え去った。


転がってきた黄色い髪の少年は、その様子に呆然としている。


どちらの声も聞いたことがあった…まさか、こんなところでまた会おうとは。



「ターメリックじゃないか!」



名前を呼ばれた少年は、最奥の地下牢へと駆け寄ってきた。



「父さん!よかった、無事だったんだね!」


「お前はまだスパイス帝国にいたのか!いったい今まで何を…」



怒る父を遮るように、ターメリックは鉄格子を揺さぶった。



「違うんだ!クリスタニアには、もう行ってきたんだよ!それで、いろいろあったんだけど…とりあえず、これを見てほしいんだ」



息子の差し出した剣に、サフランは目を見張った。



「こ、これは、真実の剣…!まさかとは思うが、お前が…」


「そうだよ、父さん。この剣は、ぼくにしか使えない…ぼくが、伝説の剣を持つ仲間たちのリーダーなんだよ!」



自信に満ち溢れた息子を前に、サフランは後ろを振り向いた。


もったいぶるんじゃなかった…サフランの嬉しそうな様子に、アクアは顔をしかめた。


父と同じ顔をしている息子と目が合った。



「アクアさん…やっぱりここにいたんですね」



何やら訳知り顔である…マスカーチ公国に、事情を知る者でもいたのだろうか。



「彼もまた、被害者だったのだ。カイエンに襲われて記憶を失い、今まで敵国に尽してきたのだからな」



サフランは、だれも頼んでもいないのにペラペラとよく喋った。



「ターメリック。この人のことを信じてほしい。すべての元凶はカイエン、そして竜の王イゾリータだ。早く仲間たちと合流して、カイエンを倒しに行くんだ」


「はい…でも、よかった。アクアさんが敬虔なクリスタン教信者のままで。みんなにも早く教えてあげなくちゃ」



ターメリックが真実の剣で鉄格子を斬った。


すると…鉄格子が音もなく消え去ってしまった。


サフランが驚いてあたりを見回している。



もちろんアクアは、この地下牢が魔法でできていることを知っていた。


確か、クレソンが気に入ってヌフ=ブラゾン王国の地下に同じものを作らせていたはずだ。


ターメリックは監禁されたときに気がついたのだろう。



「一緒に行きましょう!アクアさん!」



ターメリックはサフランを外に連れ出し、アクアに手を差し伸べた。


その表情は、もちろん自信に満ちていた。


だが、アクアは動かなかった。


いや…


動けなかったのだ。



「俺は、ここで死ぬ」



地面に叩きつけた言葉が地下牢に反響した。


…差し出された手が虚しく宙に残っていた。



つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ