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第6章 希望 ⑤

「そうかい…それは困ったねぇ」



だれもいなくなった食卓で、ノウェムの母マグダレナが編み物をしていた。


かぎ針編みのコースターがどんどん大きくなっていく…


クランはそれを眺めながら、今朝の出来事を話していた。


マグダレナとは、昨日の厨房で仲良くなっていたのである。



マグダレナの茶色い髪は、跳ね方まで息子のベントによく似ている…


どうやらノウェムの黒い髪は、今は白髪になってしまった父譲りらしい。


クランが話し終えると、マグダレナは手を止めてクランを見据えた。



「それで、レオ…あんたは、どうしたいんだい」


「僕…ですか」


「自分の剣を使えないノウェムを連れて行くかどうか、決めたのかい?」


「どうして、僕が」


「あんたが決めないでどうするんだい。ノウェムといちばん仲がいいのは、あんたなんだろう?」


「……」



クランは、マグダレナに何もかも話したわけではない。


ただ、ノウェムとの珍道中をぽつぽつと語っただけである。


しかし…ノウェムの母には、何もかもお見通しのようだった。


クランは観念して自分の気持ちを話し始めた。


…恥ずかしいけど、喋るしかなさそうだ。



「…僕は、ノウェムを必要ないなんて思ったことはないです。だって、ノウェムがいないと面白いこと言っても面白くないから…」


「ははっ。いじり甲斐があるってことだね…あの子は妙に真面目なところがあるから、あんたの冗談にもいちいち突っ込まないと気がすまないんだろうね」


「僕も、ノウェムがいてくれると安心して冗談が言えるんです…変な話ですけど」


「それじゃ、引っ張ってでも連れて行くといいよ…いつでも一緒がいいんだろう?」


「でも…ノウェムは剣が使えない。一緒に行っても、危険な目に遭うだけかも…」


「だったら…あんたもここに残るかい?」



マグダレナはクランにしたり顔を向けて、



「うちの子になりな。ノウェムの2人目の兄ちゃんになって、ピケノ=オエスシィ家を支えておくれ…なんてね。ははっ、冗談だよ」



面白いなと思ってから、ふと「兄ちゃん」という言葉に耳を疑った。


クランは、それほど背が高くない…むしろ小さいほうだ。


しかも顔立ちが幼いので、旅先ではノウェムより年下に見られることも多い。


しかし…マグダレナは確かに「兄ちゃん」と言ったのである。


ノウェムは母親似だ…そう思うと、知らないうちに口を開いていた。



「兄ちゃんもいいけど…ノウェムは格好いいから、僕はノウェムの弟になりたいかな」


「まったく、冗談だって言っただろう…そうだ。今のセリフは、ノウェムにも教えてやらないとね」


「えっ…えー」



こちらも冗談のつもりだったのに。


照れくさくなって慌てるクランを、マグダレナは楽しそうに眺めていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ジョアキム・ピケノ=オエスシィは、クィントゥムに亡き伯父をほうふつとさせた。


特に、売り上げを帳簿に記載しているところが政務を執り行うオレガノ皇帝にそっくりだった。


クィントゥムは朝食後のひとときを先代当主の書斎で過ごすことにし、今朝あったことを一通り話した。


…なんとなく、自分の選択が間違っているように思えたからだ。



「ジョアンよ。お前さんは何も間違っちゃおらん…もっと自信を持たんか」



ジョアキムは老眼鏡を置いた。


ノウェムと同じ色の瞳がクィントゥムの顔を見据えている。



「せっかく心を鬼にして、あいつを置いていくと決めたんだ。こんなところで油を売っていていいわけがないだろう…急いでおるのなら、早く旅立てばよいではないか」


「ええ、そのとおりなのですが…まだ、希望を捨ててはいけないような気がして…」


「いやいや、きっと、あいつ以外のだれかが新しい剣の持ち主として現れることだろう。わしはそいつに、剣を高値で売りつけるぞ…心配せんでも、新しい剣の持ち主は、わしが責任を持ってお前たちのところに送り届けてやろう」


「…ジョアキム殿は、ノウェムがお嫌いですか」



その質問に、ジョアキムは腕を組んで答えた。



「あぁ、そうだな…自分の息子だから嫌いだな…若い頃の自分に、あまりにもよく似ている…見ていて息苦しくなるほどにな」


「親子…ですからね」


「ううむ。似ているというよりも、まったく同じといっても過言ではないな。わしも昔、あの剣を抜こうとしたことがあるのだ。剣を抜けなかったときの表情は、昨日のあいつと瓜二つだった…さすがに、タダ働き生活とまでは言わなかったがな」



『この戦いが終わったら、オレはタダ働き生活か』


「……」



そうか…


そうだったのか…!



クィントゥムの中で何かが弾けた。


思わず勢いよく立ち上がってしまい、ジョアキムのひんしゅくを買ってしまった。


しかし…気にしている場合ではない。


クィントゥムは、顔をしかめるジョアキムに生き生きと語った。



「希望の剣は…いや、伝説の剣というものは、持ち主の精神状態から大きく影響を受けるものなんです。私も昔、魔法が使えなくなって困ったことがあります…きっと、ノウェムも同じなんですよ。剣が抜けないのは、一時的なものに違いありません!」


「い、一時的なもの!?」


「はい。私はターメリックのおかげで、また魔法が使えるようになりました…ノウェムは、剣の前で夢も希望もないことを口にしたのが原因で、剣に迷いを与えてしまったんです!」



早くノウェムに教えてあげよう。


そうだ…


フィオにも謝らなければ。



「ジョアキム殿…ノウェムがどこにいるか、ご存知ですか?」


「あ、あいつなら港の堤防が気に入りのようだが…やはり、あいつが選ばれし者なのか」


「申し訳ございません、ジョアキム殿」



溜息をつくジョアキムに、クィントゥムは小さく頭を下げた。


そして杖を手にとると、



「ノウェムにはもう…希望しか言わせませんよ」



そのまま書斎を後にした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『ノウェム君が言ったんじゃないか。だれが仲間か決めるのは、剣なんかじゃないって』



クレソンの奴…みんなの前で余計なこと言いやがって。


ま、命の恩人に文句は言えないけど…



『ノウェム君は、ぼくたちの仲間なんだよ。剣が抜けなくたっていいじゃないか。今までどおり、一緒に旅をしようよ!』



…どうして、あのとき何も言えなかったんだろう。


せっかく、ターメリックが必死に説得してくれたのに…


他人の言うことが素直に聞けるほど、自分は大人じゃないということだろうか。



いつもの堤防に腰掛け、ノウェムは空を仰いだ。


潮騒と海風と、空を舞う鴎…


心の故郷は、いつもと変わらず自分を迎えてくれる。


一生ここで暮らしてもいいと思っているのに、溜息が止まらない。


自分を嫌いになりそうだ。



そのとき…


背後で足音が響いた。



「ターメリック…!」



謝りたくて振り向いた先に…よく知る幼い顔があった。


今朝、まったく喋らなかった仲間だ。



「なんだ、お前かよ…」


「悪かったね、ターメリックじゃなくて」



クランは堤防によじ登り、ノウェムの隣に腰掛けた。


大きな波が飛沫を上げる…ひんやりとした風がふたりの髪を揺らしていった。



「……」



やはり、クランは何も喋らない。


痺れを切らしたノウェムが「何でここにいるんだよ」と尋ねると、



「僕は、ここにいたいからいるだけだよ」



水平線の彼方から目を離さず、クランは静かに告げた。



「特に何かを考えているわけじゃない。ただ、ここにいたいからいるだけ…ノウェムを心配して来たわけでもないし、もちろん引っ張ってでも連れて行こうなんて、これっぽっちも思っていないよ」


「それ…何が言いたいのか、わかんないんだけど」


「ここにいたいけれど、理由なんてない。だから、ノウェムも遠慮はいらないよ…一緒に行きたい理由は、何もいらないんだから」


「……」



どうやら、クランは自分なりに心配してくれているようだ。


まったく…なんてわかりにくい慰め方だろう。


ノウェムは、じっとクランの横顔を見つめた。


そこには、いつもと同じように何を考えているのかわからない表情と…



「クラン、お前……ほっぺに生クリームついてっぞ」


「あぁ、よかった…いつ気がついてもらえるか、心配してたんだよ」



クランは指で生クリームを擦り取ると、指ごとぱくりと口に入れた。



…呆れた。



「は?…それ、わざと…か?」


「いつもどおりのノウェムかどうか、確かめたかったから」


「……」



感動して損した…


ノウェムはクランの無表情を前に頭を抱えた。


そのとき…



「ノウェムー!」



かすれた声に振り向くと、クィントゥムが一直線に駆けてくるところだった。



「クィン兄さん!どうしたんだよ、そんなに慌てて」



ノウェムとクランが堤防から飛び降りると、クィントゥムは咳き込みながらもノウェムの肩を掴んだ。



「今なら、まだ間に合う!希望の剣は、まだ君を見捨ててはいない。だから、君も希望を捨てるな!」


「え…?」



クィントゥムが説明しようとすると、



「クィントゥムー!」



屋敷の裏口から、フィオが全速力で駆けてきた。


その後ろには、のんびりと歩いてくるレードルの姿も見える。



「ジョアキムさんに、ここにいるって聞いて…あたし、クィントゥムに謝らないといけないんです」



フィオは、息も切らさずにクィントゥムを見つめた。


ようやく息の整ったクィントゥムも、フィオに向き直った。



「謝るのは私のほうだ…自分の意見を押し付けてしまって、反省している」


「そんな!あたしだってワガママばかり言ってしまって、自分のことばかり…」



そして…ふたりの声が揃った。



「ごめんなさい」



頭を下げるふたりを前に、クランとレードルが頷きあっていた。


ここに、ターメリックもいればなぁ…


ノウェムは、残念なリーダーに思いを馳せていた。


そして、クィントゥムに視線を戻した。



「クィン兄さん、さっきの続きだけど…」



そう切り出すと、クィントゥムは再び慌て始めた。



「そうだった!ノウェム…君が未来に少しでも希望を持ってくれたら、道は開ける!そのためには、望みを口に出して言えばいいんだ。そうすれば、希望の剣は君を選ぶ!」


「もしかして…クィントゥムさんのときと同じ現象が起きているってこと」



クランの質問に、クィントゥムは神妙な面持ちで頷いた。



「そのとおりだ…つまり希望の剣というのは名前のとおり、希な望みを持つ者にしか抜けないんだと思うんだ。ノウェム…君には何か、希な望みがあるかい?」


「…希な、望み、ねぇ…」



思わず考えるフリをした。


自分探しの旅に出た商人見習いの自分に、そんなものあるわけがない。


さて、困った…



つづく

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