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第6章 希望 ③

クワトロは何事もなかったかのように夢の剣を抜き、切っ先を地面に向けて叫んだ。



「出でよ!大地の精霊テルトレーモ!」



その途端…足元の地面が膨れ上がり、そこから逞しい大男が現れた。


あのとき、ノウェムを海に投げ飛ばした男である。


大男は、クワトロの前で跪いた。



「若、なんなりとご命令を」


「えへへ、ごめんね…実は、君のことをみんなに紹介しようと思って呼んだだけなんだ」


「承知いたした。では、気の済むように紹介してくだされ」


「うん、ありがとう…皆さん、この真面目なムキムキが大地の精霊テルトレーモです。基本ボクの言うことしか聞いてくれないけど、とても優しい精霊なんですよ」


「へぇ…優しい精霊ねぇ…」



ノウェムが疑わしげな目を向けると、テルトレーモは射抜くような鋭い視線を向けた。


…気になる。



「あの~…メールさんとテルトレーモさんは、どうしてノウェム君に冷たく当たっていらっしゃるんですか?」



ターメリックの質問に、2体の精霊は顔を見合わせた。


そして、クワトロの言うことしか聞かないというテルトレーモが黙り込んでしまったので、メールがノウェムを指差して話し始めた。



「そのノウェム・アゴスティーノという小僧め、若と一緒に旅に出ようと約束したというのに、いつの間にやら家から姿を消しておったのじゃ。まったく、薄情な奴よ」



メールは額にちっ、としわを寄せた。


テルトレーモも、飛び掛らん勢いでノウェムを睨みつけている。



「吾輩は、若の涙を忘れた日はない…忌々しい奴だ」


「ノウェム、嫌われすぎじゃない」



背後からの声に振り返ると、夕食の支度を終えたらしいクランが立っていた。


ノウェムは、ばつが悪そうに目を逸らした。



「あー…確かに、家出同然に荷台引いて旅に出たからなぁ…クワトロ、お前との約束、忘れててごめんな」


「もっとちゃんと謝ったほうがいいと思うけど」


「なんでお前に言われなきゃいけねぇんだよ」


「あはは、気にしないでいいよ、ノウェム。約束したことを覚えていてくれただけで、ボクは満足だよ…それにしても、ふたりとも仲良しだなぁ」



クワトロは、くすくすと笑っている。


クランが一同に半眼を向けて、



「早く夕食にしよう。僕ひとりだけ働いたから、お腹がすいているんだよ」


「あの…ちょっと待ってもらえますか?」



クワトロが申し訳なさそうに「もう少しだと思うんだけど」と空を仰いだ。


ターメリックたちも、つられて上を向いた。


…青空に浮かぶ黒い点を見て、レードルが「あら」と声を上げた。



「小さな鳥…鳩かしら。こちらに向かって飛んでくるわ」


「本当ですか!よかったぁ、迷わなかったんだ」



クワトロは、黒い点から目を離さず歓声を上げた。


黒い点は徐々に鳥の形になり…やがて白い鳩になった。


鳩は、クワトロの肩にとまって小首を傾げた。



「えへへ、この子はボクの伝書鳩で、名前はビブリアっていいます。女の子なので、卵も産みますよ…信じられないかもしれないですけど、この子の産んだ卵から夢の剣の使い方が書かれた紙が出てきたんです」



まぁ、それは今はいいんですけどね…クワトロは喋りながら、ビブリアの足に結んであった手紙を解いた。



「……」



手紙を読むクワトロの顔が次第に曇っていく…


メールとテルトレーモが心配そうに騒ぐのを手で制して、



「やっぱり、交渉は失敗か。これからのこと、旦那様と相談しなくちゃ…テルトレーモ。この手紙を急いで旦那様にお届けして」


「承知いたした」



手紙を預かったテルトレーモが、小さな地響きとともに姿を消した。



「何か、深刻な問題が発生したようだね」



クィントゥムが尋ねると、クワトロは深刻な顔で頷いた。



「スパイス帝国との交渉が決裂してしまいました…この国が征服されるのも、時間の問題かもしれません」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



それは…ターメリックがクリスタニアへ飛ばされた日から続く、静かな戦争だった。



マスカーチ公国は、正確にいうとヌフ=ブラゾン王国内の自由都市であり、正式な国ではない。


そのため、政治的な問題はヌフ=ブラゾン王国に一任されている。


スパイス帝国のカイエンがクレソンを宰相として送り込んだのは、マスカーチ公国の武器商人たちをヌフ=ブラゾン王国の命令で動かすためであった。



「一時はどうなることかと思ったよ…あの国王陛下が親友の治めるパン王国へ宣戦布告なさろうとするなんてなぁ」


「兄ちゃん、それはスパイス帝国の差し金だったんだってば」



夕食の席で、ノウェムの兄である第18代当主ベント・ピケノ=オエスシィは、先ほどの手紙に目を通していた。


茶色のクセっ毛は、ノウェムとまったく似ていない…しかし、真剣な表情は見間違えるほど似ている。


ベントは手紙を置くと、眉間を指で揉んだ。



「せっかく、こちらがヌフ=ブラゾン王国に従うと申し出たというのに…宰相が亡くなった途端、作戦を変更してきたらしい」


「まぁ、武器商人を味方にするためなら、なんだってやりそうな連中だもんな。世界征服も楽にできるだろうし」


「お、ノウェムが政治について口を挟むとは。旅に出て成長した証だな」


「そんなこと今はいいんだよ!暢気に晩ご飯なんか食べてる場合じゃ…」



そのとき…


食卓の上座で、白髪の男性がしわがれ声を発した。



「やめないか、ふたりとも…食事中だぞ」



先代当主ジョアキム・ピケノ=オエスシィが片眉を上げてノウェムを睨んでいた。



「アゴスティーノよ。家に帰ってくるのだったら、もう少し母国の現状を理解してからにしろ。無知な人間に施しは与えられんからな」


「それは言いすぎだよ、父さん。だいたい、話を振ったのは」


「いいよ、兄ちゃん…オレ、もう喋んないから」



ノウェムは父親を無視して魚介のスープをすすった…ベントも目を伏せてしまっている。


父と次男の不仲は、今に始まったことではないらしい…鈍いターメリックにも、それはわかった。


広い食堂が静寂に包まれ、この場に11人もいるとは到底思えない。



ノウェムの家は大家族であった。


父ジョアキムと母マグダレナ、兄ベントと義姉アガタ…そして、当主補佐のクワトロ…


この環境がノウェムの明るく自立した性格を作り上げたのだろう…


父とふたりきりの生活をしていたターメリックにとっては、羨ましい限りである。


しかし…ノウェムにとってそれは当たり前のことであり、家族の大切さにはまだ気づいていないようだった。



「そういえば」



珍しく、クランが口を開いた。



「希望の剣って、どこに置いてあるんですか」


「あら、すっかり忘れていたよ。今、持ってきてあげるね」



ノウェムの母マグダレナが重い空気を払うように店の表へと駆けていった。


クランが挙げかけた右手は、申し訳なさそうに引っ込められた。



「今じゃなくても、よかったんだけど…」


「いやいや、言い出してくれてよかったよ。やっぱり、食事中は明るい話題がいいからね」



ベントが嬉しそうに笑った…その隣で、アガタも微笑んで頷いている。


クランは安心したらしく、照れくさそうにはにかんでいた。



しばらくして、マグダレナが食堂へと戻ってきた。


そして、腕に抱えていた一振りの剣を息子に差し出した。



「ほら、ノウェム。あんたが欲しかったのは、これだろう。持ってお行き」


「ありがとう、母ちゃん。抜いてみても、いいかな」


「あぁ、もちろんだとも」



ノウェムは母に促され、剣を手に取った。


茨と王冠の銀細工、柄には美しいエメラルド…


まぎれもなく、希望の剣である。


ノウェムの向かいに座るターメリックでさえ、胸が高鳴っていた。


そのとき…ジョアキムが聞こえよがしに溜息をついた。



「まったく…どうしてお前なんだ。せっかく剣に選ばれし者が現れたら高値で売ろうと思っていたのに。お前からでは、大して儲けられんじゃないか」


「何言ってんだよ、父さん…わかったよ。世界が平和になったら、この店で働くからさ。その給料で剣を買うよ」


「よし、長期労働決定だな。うんと働いてもらうとしよう」


「はは…この戦いが終わったら、オレはタダ働き生活か」



寂しげな笑みを浮かべ、ノウェムは希望の剣に手をかけた。


そのまま抜こうとしたが、



「…あれ?」



どれだけ引っ張っても、剣は抜けない。


最初は「だいぶ錆びついてんなぁ」と笑っていたノウェムも、次第に動揺を隠せなくなっていった。



「ど、どうしてだよ。オレの剣…なんだよな…?」


「本当は違うんじゃないのか?何かの間違いだった、とかな」



嘲笑を浮かべるジョアキムを、ノウェムが怒りにまかせて睨みつけた。



「そんなわけねえだろ!ターメリック、羅針盤だ!この失礼な親父に、オレが剣の持ち主だって証明してやる!」



成り行きを見守っていたターメリックは、突然名前を呼ばれて飛び上がった。


慌てて羅針盤を取り出し、手をかざす…


7色の光が放たれ、赤・黄・水・紫・橙の光がそれぞれ剣の持ち主を指した。


しかし…


緑色の光だけは、かろうじて見えるほどの弱々しい明るさでノウェムを指していた。



「なんだ、これ…どうなってんだ…?」



呆然とする一同の中で、クィントゥムが腕組みをして、



「剣が迷っている…としか言えないな」



と呟いた。


緑色の光は薄くもやっている…


『アゴスティーノ』の文字も消えかけていた…



「それは何よりだな」



ジョアキムが放心状態のノウェムから剣をもぎ取った。



「いっそのこと、このまま持ち主を変えてくれればいいんだ。そうすりゃあ、わしにもまだ稼ぐ機会がある」


「……」



先ほどまで威勢のよかったノウェムは、どこかへ行ってしまったようだった。



つづく

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