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第5章 勇気 ⑦

廊下から見える街の様子は、明らかに異常だった。


城下町の南東スパイス帝国の方角から、腰に大剣を差した男たちが列を成して、リーヴル城へ向かって歩いてくる。



「ヌフ=ブラゾン王国がパン王国へ宣戦布告をするのと同時に、攻め込むつもりね…どうやらクレソンは、シノワ姫様の誘拐がうまくいかなかったから焦っているんだわ」



コーヒーミルは整列を始めたスパイス帝国の剣士たちを眺めて眉を寄せた。


事態は思っていたよりも深刻だ…フィオは、ごくりと唾を呑んだ。



「早く国王陛下になんとかしていただかなくては、ですね…コーヒーミルさん、行きましょう!」



フィオはコーヒーミルを連れて迷路のように入り組んだ廊下を駆け抜け、謁見の間へ辿り着いた。


…ノックなんて、している暇はない。



「グリシーヌ陛下!お話がございます!」



扉を押し開けた先には…玉座で頭を抱えるグリシーヌと、クレソンの後姿があった。


フィオが勢いよく飛び込むと、



「グリシーヌ陛下は、私と話をしておられます。お呼びでないお客人と使用人は、速やかに立ち去っていただきたい」



クレソンが振り向くことなく告げた。


まるで…最初から2人が来ることを知っていたかのようである。



このままでは、国王陛下と何も話せないままヌフ=ブラゾン王国は戦火に巻き込まれてしまう…


今までパン王国と築き上げてきた友情と信頼が、一瞬にして崩れ去ってしまう…


それを避けるために、自分できることは…ある。


自分には…大きな賭けに出る勇気がある。



フィオは大きく深呼吸してから、口を開いた。



「クレソン宰相に、お頼みしたいことがございます」


「…?」



クレソンは振り向いたが…その顔には感情がなかった。


フィオはクレソンを見据えて言い切った。



「あたしと、剣の勝負をしていただけませんか…あたしが勝ったら、この国からスパイス帝国の軍勢を追い出してください」



クレソンは、フィオの真剣な眼差しに「面白い」と口角を上げた。


そして、腰から剣を抜いた。



「この私に挑むとは、かなりの自信がおありのようですね…見たところ、何の実戦経験もなさそうですが」


「こんな平和な世界で、実践なんてできませんから…でも、あなたには負ける気がしません」



フィオは髪飾りを手に取った。


手の中で輝く髪飾りは…やがて一振りの剣に変化した。


鞘は茨と王冠の銀細工、柄の宝石は…橙色のカーネリアン。


フィオは鞘をコーヒーミルに預けると、剣の切先をクレソンに向けてにやりと笑った。



「だって、あたし…勇気の剣に選ばれし者、ですから」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あれ…?橙色の光、なんだか揺れてない?」



羅針盤から伸びる橙色の光を辿って、ターメリックたちは地上を目指していた。


フィオを指す光は、先ほどから落ち着きがない。



「確かに…左右にぶれているね」


「それって、ノウェムが走っているからだよね」


「違うわ。これは剣士の動きよ。キィオークの人たちの練習に似ているもの」


「なるほど。ということは…」


「フィオさんが勇気の剣で戦っているんだよ!」



物置部屋から城内に潜入し、一気に廊下を駆け抜ける。


最後尾のクランが疲れて弱音を吐いたとき…4人は謁見の間へ辿り着いた。


中からは剣のぶつかり合う音が聞こえる…ターメリックは勢いよく扉を押し開けた。



玉座の前で、2人の剣士が激闘を繰り広げていた。


しなやかに動き回るフィオが、まるで踊りを踊っているかのようにクレソンを攻めている。


しかし、クレソンも負けてはいない…防御の体勢から、突然鋭い突きを繰り出している。


…強さは互角である。



「姫様!みんな!」



壁際にいたコーヒーミルがターメリックたちに駆け寄ってきた。


そして、レードルの前に跪いた。



「ご無事で何よりです、姫様…あのときは、咄嗟にお守りできず…」


「謝らないで、コーヒーミル。それより、早くフィオを助けなくちゃ!」



レードルが自分の杖を手に前へ出ようとした。



「いけません」



コーヒーミルがやんわりと制した。



「あれは、誇り高き剣士の戦いです。手助けなどという、野暮なことはなさいませんよう」


「でも…」



レードルが抗議の声を上げようとした、そのとき…



「なんでだよ!なんでふたりが戦わないといけねぇんだよ!」



突然、ノウェムが叫んだ。


クランが動揺しているノウェムに怪訝な顔を向けた。



「何言ってるの。クレソンは、僕たちの敵でしょう。そして、フィオさんは母国を守るために戦っているんだよ」



咄嗟にレードルも賛同した。



「そうよ、ノウェム。あいつはシノワ姉さまを誘拐して、パン王国を征服しようとしていたのよ。わたしたちがいずれ戦うことになる相手だって、ターメリックも言っていたでしょう?」


「違うんだ、あいつは…クレソンは、そんなに悪い奴じゃないんだよ」


「はぁ?」



訝しむ仲間たちに、ノウェムは話し始めた。



「確かに、今までいろいろなことがあった。でも…それはクレソンの意志じゃないんだ。本当は、こんなことしたいなんて思ってないはずなんだ」


「しかし、あいつが結果的に成そうとしていることは、竜の王イゾリータを復活させるという最悪なことじゃないか。ノウェム、なぜあいつを庇うんだ」


「別に庇っているわけじゃないけどさ…クレソンには、自分なりの正義があるんだよ。だから、オレたちを逃がそうとしてくれたんだ」


「えっ、それじゃあノウェム君に鍵を渡してくれたのは…」


「そうだよ。クレソンは自分の使命を果たそうとしているんだ。つまり…伝説の剣に選ばれたフィオ姉さんを倒すことは、自分の使命に背くことになる。それなのに…何やってんだよ、クレソン!」



ノウェムの絶叫は部屋中に響き渡った。


動揺したクレソンの隙をついて、フィオが素早く剣を薙ぎ払った。



キンッ!



という甲高い音ともに、剣は空を舞った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…勝負あり!」



コーヒーミルが宣告した。


フィオは息も乱さず鞘を受け取り、剣を収めた。


そして、グリシーヌの前で跪いた。



「陛下、これでわが国が戦争に巻き込まれることはございません。お早く、スパイス帝国とは手をお切りなされたほうがよろしいかと」


「そうだな…」



グリシーヌは苦い顔をしている。


クレソンはというと…飛ばされた剣を拾い上げて、腰に戻していた。


フィオと同じように息は乱れていない。


しかし…いつもの無表情ではなく、呆然と空を仰いでいるようだ。


グリシーヌは、そんなクレソンの様子を横目で窺っていた。


まだ、スパイス帝国を敵に回すことに抵抗があるらしい。


だれもが手を尽しきった、そのときだった。



「俺からも頼む!グリシーヌ!」



謁見の間に飛び込んできたのは…宿屋ノヴァンヴルの主人ラモーであった。



「お、お父さん!?」



ラモーは驚くフィオたちを気にもせず、グリシーヌの前に立ちはだかった。



「お前は、いったい何を恐れているんだ。あのとき、戦争のない平和な国にしたいと息巻いていたお前が、なぜ中立の立場を貫かずにいる。そもそも、スパイス帝国の人間を宰相にしたことが間違いだろう!」



ラモーの熱弁に、グリシーヌは返す言葉もなく俯いていた。


下町の宿屋主人が一国の統治者に説教をするという異様な光景を前に、フィオは慌てて自分の父を止めに入った。



「ちょっ、ちょっとお父さん!なんてこと言ってるの?!国王陛下に向かってお名前を呼び捨てにするどころか、国政にまで口出しするなんて!国王陛下にお会いできること自体が奇跡だっていうのに」


「よいのだ、フィオ…ラモーの言うとおりだ」



グリシーヌは、早口でまくし立てるフィオを制して立ち上がった。


ラモーが眉を八の字にして口を開いた。



「フィオ、今まで黙っていて悪かったな…実は、父さんとグリシーヌは従兄弟なんだ」


「い…いとこ…??」



つづく

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