第5章 勇気 ⑥
ノウェムが案内されたのは、城内にある小さな休憩所のテーブル席だった。
差し出された紅茶に自分の顔が映っている…そこには「わけがわからん」と書いてあった。
向かいの席では、クレソンが機械的に紅茶を口に運んでいた。
そしてカップを置くと、ノウェムを見つめた。
「あなたはマスカーチ公国の豪商ピケノ=オエスシィ家の次男だそうですが、なぜこんなところにいらっしゃるのですか?」
そりゃあ、あんたに連れてこられたからだよ!
…と言いたくなるのをぐっと堪えて、ノウェムは渋々と理由を口にした。
「オレも、一応あいつらの仲間だからな…助けに、いや一緒にいてやろうと」
「仲間?伝説の剣をお持ちでないあなたが仲間、ですか…こんなに笑えない冗談は初めてです」
冗談じゃねぇよ!
…と言いたくなるのを、ぐっと堪えた。
こいつは、剣に選ばれた者は必ず伝説の剣を持っているものだと思っている…
世の中、そんなに都合よくいくわけがないってのに。
それにしても…なんだかイライラする。
気がつくと、口を開いていた。
「伝説の剣を持っていない奴は、持っている奴の仲間にもなれねぇのかよ…それなら、オレは仲間なんかいらねぇ。喜んで、ひとりで生きていくね」
勢いで紅茶を一気に飲み干した。
クランの淹れたほうが断然美味しい…そう思いつつ、ノウェムはクレソンを見据えた。
「だれが仲間か決めるのは、剣なんかじゃねぇ。今までずっと一緒に旅をしてきた、オレ自身だ」
その言葉に、一瞬クレソンがたじろいだように見えた。
あぁ、この人も人間なんだ…そんな、当たり前のことを思わせる動作だった。
「……」
沈黙が続く…
クレソンが元の無表情に戻って視線を向けてくるので、ノウェムは気まずくなって、ひたすら紅茶のカップを見つめていた。
そういえば、何も警戒しないで飲み干してしまった…毒が入っていたら、死んでいたかもしれない。
…まぁ、この人は卑怯なことはしないだろうけど。
そのうち、あたりが騒がしくなってきた。
廊下のほうで切羽詰った話し声が聞こえる…何か大変なことが起こっているらしい。
「やれやれ…忙しくなりそうですね」
クレソンは億劫そうに立ち上がった。
そして、ノウェムに右手を差し出した。
そこに…1本の鍵が煌いていた。
「あなたに差し上げます。どうぞ使ってください…あなたの仲間がいる、地下牢の鍵です」
「えっ」
なぜ、と思う間もなくノウェムは鍵を握らされていた。
…クレソンの表情は読めない。
「これからこの国は戦場と化し、あなた方も巻き込まれることでしょう…伝説の剣が選んだ方々に死なれては、いろいろと厄介ですので。早く逃げてください」
「あんた…オレたちのことを助けてくれるのか」
「助ける?何を馬鹿なことを…私は、あなた方を逃がすだけです。あなた方を捕らえるのは、この私ですから…くれぐれも死なないよう、頑張ってください」
クレソンは、そう言い残して去っていった。
ノウェムは牢屋の鍵を手に、その寂しげな背中を見送った。
『あなたの仲間がいる、地下牢の鍵です』
仲間の数に入れてくれたクレソンは、あのとき一瞬でも「いい人」になってくれたのだろう。
「悪い奴じゃ…なさそうなのに、な」
ぽつりと呟いて、隠していた羅針盤を取り出す。
光の指す方向へ向かえば、地下牢の場所に辿り着けるはずだ。
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「…ターメリックは、知っていたの」
寝台に沈み込むクランの言葉に、隣にいたターメリックは小さく頷いた。
ノワールを処刑するよう仕向けたのはクレソン…
そこからカイエン、ガラムマサラと情報が流れ…ノワールは帰らぬ人となった。
「どうして、教えてくれなかったの」
「クラン君は…だれにも相談もしないで、ひとりでなんとかしようとするからね」
もちろん…クレソンはひとりでなんとかできる相手ではない。
「クラン君がクレソンに倒されるところなんて見たくないよ」
「何、その決めつけ。ひどいなぁ。僕は、ひとりでなんて立ち向かわないよ。戦うときは、仲間と一緒だろう」
クランは、とろんとした目でターメリックを見据えていた。
あの頃…クリスタニアで未来に絶望していたクランとは別人だった。
…ターメリックは仲間を信じていなかった自分を恥じた。
「…ごめん」
頭を下げると、クランは「いいよ」と、珍しく笑った。
そのとき…
ー。
鈴の音が響いた。
しかし…鉄格子に変化はない。
「クィントゥム君の便利な魔法でもダメかぁ」
「そもそも、鍵開けといった犯罪につながる魔法は使えないようになっているからね。扉を爆破しようと念じてみたが、これも駄目らしい」
「…そっちのほうが物騒だと思うけど」
地下牢での格闘は続いていた。
クィントゥムは鉄格子の前で腕を組み、レードルは椅子に腰掛けて休憩している。
ターメリックは、指で鉄格子をつついてみた。
ひんやりとした冷たい感触…
『ここは、普通の鍵じゃ開けられないみたいだ』
スパイス帝国の地下牢で、師匠であるノワールが苦笑いで残した言葉だ。
もしかすると…2つの牢屋は同じものかもしれない。
「魔法が効かないなんて、まるでターメリックの持っている真実の剣みたいだよね」
クランが鉄格子を見つめている。
その隣では、クィントゥムが呪文のように「魔法が効かない…」と何度も呟いていた。
そして突然、
「ぬおー!そういうことか!くっそう、どうして今まで気がつかなかったんだぁ!」
冷静なクィントゥムが絶叫した。
驚いて何事かと尋ねると、
「ターメリック…真実の剣で鉄格子を斬ってくれないか」
その顔は「わかっているだろう」と言っていた。
やっぱり…そういうことだったんだ。
ターメリックは大きく頷いて見せた。
「わかった。やってみるよ」
薙ぎ払った真実の剣から、確かな手ごたえがした。
その刹那…鉄格子は見事に消え去った。
「やった…!」
地下牢は歓声に包まれた。
「魔法が効かないということは、魔法でできているということだったんだな…ちっ」
悔しそうなクィントゥムを連れて、ターメリックたちは牢屋の外へ出た。
地下の空気は冷え切っていたが、頭上はなんだか騒がしかった。
「何だろう。やけに足音が多いけど…」
「まぁ、いいんじゃない。僕たちに気づいたわけでもなさそうだし」
「それはそうだが…」
「あら、ノウェムだわ!」
突然、レードルが通路の向こうに手を振り始めた。
目を凝らしてみると…呆然と立ち尽くすノウェムの姿があった。
4人が駆け寄ると、ノウェムは手にした鍵を弄びながら、
「オレ、来た意味ないじゃん」
と、肩を落とした。
クィントゥムがその顔を覗き込んだ。
「申し訳ない…けれど、君が来てくれてよかった。きっと助けに来てくれると信じていたからね」
「クィン兄さん…当たり前だろう!オレたち、仲間なんだから!」
ノウェムは、すっかり立ち直ったようだ。
「仲間」という言葉に力を込めて、いつもの人懐っこい笑みを浮かべている。
そして、ポケットから羅針盤を取り出すと手をかざした。
「今、コーヒーミルさんとフィオ姉さんが謁見の間に向かっているんだ。だから、この橙色の光を追えば上に出られるぜ!」
「やったね。さすがは羅針盤。ありがとう」
「いや、お礼ならオレに言ってくれよ」
「えー」
クランは呆れるノウェムに半眼を向けた…なんだか、とても嬉しそうに見える。
よかった…やっと、みんなと一緒になれた。
「それじゃあ、行こう!」
リーダーらしい言葉に、仲間たちは「おー!」と声を揃えてくれた。
つづく




