第5章 勇気 ④
そこは意外にも広く、手入れの行き届いた部屋であった。
窓がないことを除けば、居心地の良さは文句なしである。
「頭上で足音がする…やはり、ここは地下なのか」
クィントゥムが杖の先に魔法で光を灯している。
部屋全体の雰囲気は城内にある部屋そのものだ。
しかし…扉には格子がはまっていて、南京錠までかけられている。
ターメリックは3人の仲間に頭を下げた。
「ごめん!ぼくがもっと気をつけていたら…」
「ターメリックのせいではないわ。それに…こうなるなんて、だれにも予測できなかったでしょう?」
「姫様のおっしゃる通りだ。落ち込んでいないで、これからどうするかを考えよう」
「…ノウェムがいないと、だれも僕につっこんでくれないんだよなぁ」
部屋の片隅にあった寝台に腰かけ、クランが足をプラプラとさせている。
そこで、思案顔のクィントゥムが「そうか!」と手を打った。
「ノウェムに助けに来てもらえばいいんだ」
「え?どうやって…?」
「まず、私たちのところにある羅針盤を魔法でノウェムに届ける。そうすれば、ノウェムは羅針盤が指し示す私たちのところへ辿り着けるはずだ」
「なるほど!ノウェム君の頭の良さがクレソンに注意されてなくてよかった!」
「あれ…クィントゥムさんの魔法でここから羅針盤を飛ばせるなら、僕たちを外に飛ばしたほうがいいと思うんだけど」
そして外から鍵を開けて、クィントゥムを救出する…クランのもっともな作戦に、クィントゥムは「残念ながら」と首を振った。
「私の魔力では、クレソンのように生きた人間を移動させることはできないんだ…この羅針盤だって、狙って移動はさせられないから、ちょっとした賭けになるかもしれない」
だから、とクィントゥムはレードルを見据えた。
「姫様の魔法で、この扉が開けられるかどうか試してくれないだろうか」
「ええ!任せて!」
レードルは大きく頷き、鍵のついた鉄格子へと駆けていった。
ターメリックとクランが見守る中、クィントゥムは羅針盤に向かって杖を振った。
ー。
鈴の音とともに、羅針盤が目の前から消えた。
「…うまくいったぞ。あとは…ノウェムが気づいてくれるかどうかだな」
「うわぁ、そこが何よりの関門だね」
クランが真面目な顔で繰り出す冗談に、クィントゥムはにやりと笑って答えた。
「まったくもって、その通りだ」
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「あたしが…勇気の剣に…?」
宿屋ノヴァンヴルの食堂は、ちょうど昼食時の混雑が終わったところで空席が目立っていた。
おかげで、いつも忙しいフィオも一緒にテーブル席でゆっくりと話すことができた。
今までのことを説明しても半信半疑のフィオに、ノウェムは食い気味に説得を試みていた。
「そうなんだよ!フィオ姉さんも、オレたちの仲間なんだ!だから、クレソンはどうやったって剣に選ばれし者を全員は集められないんだよ!」
「勇気の剣…どうしよう、あたしには勇気なんてないのに…あたし、皆さんのことを置いて逃げ出してしまうかもしれません!」
持ち主は必ずミールと同じ運命を辿る可能性がある、といわれている…
悲しげなフィオの表情に、ノウェムはクィントゥムの説明を思い出していた。
コーヒーミルが俯くフィオの顔を覗き込んだ。
「それはひとつの可能性でしょう?本当はどうなるかなんて、だれにもわからないはずよ」
「そうなんですけど…でも、あたしがいなくなったら皆さんに迷惑をかけてしまいますから…あたしのことは人数に入れないほうが…」
そのとき…入り口の鈴が鳴って客が入ってきた。
フィオは2人に断って席を立ち、客の応対に行ってしまった。
ノウェムは大きな溜息をついて頭を抱えた。
「はぁ、どうしようコーヒーミルさん…フィオ姉さんは、オレたちの仲間になってくれないかも…」
「あら、弱気なノウェム君なんて、らしくないわね」
「むー…」
3人なら、ターメリックたちを助けられるかもしれない…
そう、心のどこかで思っていた。
しかし、フィオがいなくなれば自分とコーヒーミルに負担がかかってしまう…ノウェムは空を仰いだ。
静かな食堂にフィオと客の声が響く…客は女性ひとりらしい。
「ごきげんよう。今からひとり、泊まれるかしら?」
「今日は海の見えるお部屋がひとつだけ空室ですよ。お客様、運がいいですね!」
「えへへ、まあね」
ノウェムとコーヒーミルの座る位置からでは、客の姿は見えない。
ノウェムが体を捻ると、柱の陰に短い赤銅色の髪が見えた。
…どうやら、客はパン民族のようだ。
コーヒーミルは客の声に耳を澄ませている…かなり真剣な表情である。
「それにしても、海が見えるなんて嬉しいわ!あたしの住んでいるところからでは、森と山と城下町しか見えないものだから…」
一瞬、嬉しそうな横顔が見えた…だれかに似ているような気がした。
「お客様はパン民族の方ですね。綺麗な髪の色で、すぐにわかりました!」
「そうでしょう?これはね…」
「亡くなった叔母様と同じ、自慢の髪色でございましたね?」
そのとき…
コーヒーミルが振り向きもせずに、客の言葉を遮った。
そして、フィオの淹れた紅茶を一口すすると、
「やっと、見つけましたわ…パソワ姫様」
そう、声をかけた。
客はレモン色の髪に気がついて息を呑んだ。
「こ、コーヒーミル…!?どうして、あなたがここに…」
ノウェムは動じないコーヒーミルの横顔を見つめて、客に視線を戻した。
確かに…形の良い眉や眉間にできるしわまで、レードルにそっくりである。
「この人がパソワ姫様か!」
挨拶をしようと立ち上がりかけた、そのとき…
ごっ。
鈍い音とともに、強い衝撃が頭部を襲った…
一瞬にして、視界が反転する…
天井が見えたかと思うと…そのまま暗闇に閉ざされてしまった。
……
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『父さんの言うことが聞けんのかバカ息子!』
…あのとき、商人としての修業を投げ出して親父に殴られたっけ…頭におっきなたんこぶができて、わんわん泣いたんだよなぁ…
「…っ!」
ずきっとした痛みに目を開けると、4つの顔が心配そうに覗き込んでいた。
「あのね、ノウェム君…これがあなたの頭に落ちてきたの」
コーヒーミルが差し出したのは…羅針盤であった。
寝台に寝かされていたノウェムは、起き上がって羅針盤を手に取った。
「これ、確かターメリックが持っていたはずじゃ…」
「たぶん、クィントゥム君が魔法であなたのところに送ったんだと思う…あなたに、助けを求めるために」
これがあれば、みんなの居場所がわかる…ノウェムは羅針盤に手をかざした。
7色の光のうち、4色が宿屋ノヴァンヴルの白壁を指していた…まさしく、リーヴル城の方角である。
そして緑色の光はノウェム自身を指し、橙色の光は俯くフィオを差していた。
「…本当に、あたしなんですね…勇気の剣に選ばれたのは」
「コーヒーミルから話は聞かせてもらったわ。その髪飾りが剣なのでしょう?」
赤銅色の髪の少女、パン王国第2王女パソワ・カンパーナ=フロースが楽しそうに口を開いた。
どうやら、ノウェムが気絶していた時間はパソワが事情を聞かされるほど長かったらしい。
「あたしの可愛い妹レードルちゃんは、城の地下で助けが来るのを待っているのよ。だれかが行かなくちゃいけないの…わかる?」
パソワは俯くフィオの顔を覗き込んだ。
見かねたコーヒーミルが口を挟んだ。
「パソワ姫様、それは少々強引でしょう…フィオちゃんも、無理はしなくていいのよ。城へ乗り込むのが嫌なら、ここで待っていても」
「あたしも行きます!行かせてください!」
フィオは人が変わったように叫んで立ち上がり、
「必ずや、レードル姫様を奪還してみせます!」
と、拳を高々と振り上げた。
呆気に取られるノウェムの前で、コーヒーミルとパソワが目配せをしていた。
フィオは、レードルのことになると我を忘れる…それを活かした作戦だったらしい。
「よし!そうと決まれば俺の出番だな」
成り行きを見守っていたラモーが椅子から立ち上がった。
そして、羅針盤の光が指す壁の前に立つと、
「よいしょっ…と」
…壁を引き戸のように横へ滑らせた。
「えぇっ!?」
ラモー以外の4人の声が見事に揃った。
けれどもラモーは気にせず、壁の向こうに開いた穴の様子を調べている。
「しばらく使っていないからな。だいぶ埃っぽいが…心配することもないだろう」
「お…お父さん、これって…」
「あぁ、見てのとおり…リーヴル城の地下へ続く抜け道だ」
「ど…どうしてこんなものが…うちみたいな小さな宿屋に…」
驚いて目を回しそうなフィオに、ラモーは苦く笑って、
「話せば長くなるぞ…レードル姫様のほうが大事だろう」
行ってこい、とフィオの背中を押した。
その後ろに、ノウェムとコーヒーミルも続いた。
ノウェムはパソワも一緒に来るのかと思っていたが、そうではないらしい。
パソワは「頑張ってねー」と笑顔で3人に手を振っていた。
前を歩くコーヒーミルに事情を聞くと、
「これ以上、パン王国の王族を危険な目に合わせるわけにはいかないもの…私たちが無事にレードル姫様を奪還したら、パソワ姫様は私と一緒にパン王国へ帰ると約束してくださったのよ」
「へぇ…家出姫様、妹思いだな」
「お優しい方なのよ…ちょっと男勝りだけれどね」
「それって、小間使い担当がコーヒーミルさんだからじゃないかな」
「……」
コーヒーミルは何も答えず、黙々と地下道を歩いていってしまった。
「……」
ノウェムも仕方なく、あとを追うのだった。
つづく




