第4章 愛 ⑥
パン王国第17代国王ユキヒラ・カンパーナ=フロースは、銀髪を若々しくなびかせて、ターメリックたちの話をにこやかに聞いてくれた。
玉座の隣には漆黒の豊かな髪を波打たせた王妃、キャセロール・カンパーナ=フロースが微笑んでいる。
…見惚れていたターメリックは、慌てて開いていた口を閉じた。
パン民族の髪の色は、混ざり合うことはないといわれている。
しかし、レードルの髪は光の加減によって銀に輝いて見えることもある…ふたりの血を継いでいる証なのだろう。
「…というわけで、愛の剣に選ばれしレードル姫様に、使命を果たす旅に出る許可をお与えいただきたいのです」
クィントゥムが跪き、ほかの3人もそれに習った。
ユキヒラは渋い顔で「ううむ」と唸っていたが、意を決したように話し始めた。
「諸君らの言いたいことは、よくわかった。しかし…レードルは一国の王女だ。そう簡単に旅に出られるような身分ではない」
「お父様!この旅には世界が関わっているのです。身分などという、小さなことを気にしている場合ではありませんわ!」
レードルが力説したものの、ユキヒラは渋い顔のままである。
「……」
長い沈黙の中…助け舟を出したのはキャセロールだった。
「行かせてあげましょう、ユキ様。レードルさんには、心強いお仲間がいらっしゃるのです。この方たちは、ユキ様が心配なさるほど子どもではないみたいでしてよ」
早朝に帰城したユキヒラとキャセロールは、すでにケトルから事件の顛末を聞かされていた。
ターメリックたちを擁護した王妃は、一息ついて「それに」と続けた。
「そこに控えているコーヒーミルがレードルさんの護衛としてともに旅立つそうです。本当に…何の心配もせずに済みそうですわ」
「ほう、コーヒーミルか…」
ユキ様ことユキヒラの視線の先で、コーヒーミルが跪いて頭を垂れた。
そして「恐れながら」と口を開いた。
「国王様、並びに王妃様…申し訳ございませんが、レードル姫様の護衛は本業のついで、ということにしてくださいませ」
「な…なんだって?」
その場にいるだれもが驚いた。
しかし、コーヒーミルは真剣な顔でユキヒラを見据えた。
「国王様。わたくしは、パソワ姫様捜索のため、国外へ遠征したいと考えております」
「…そうか。グラス地方に続き、パントリー地方にも情報はなかったのだな」
「はい、残念ながら…クリスタニアへも向かったのですが、パソワ姫様を見たという者は、ひとりもおりませんでした」
「……」
ユキヒラは難しい顔で腕を組んだ。
ターメリックは、先ほどコーヒーミルから説明されたことを思い出していた。
パン王国第2王女パソワ・カンパーナ=フロースは、声を失った姉がいたたまれなくなり城を飛び出して帰ってこないのだという…
彼女を探すため、コーヒーミルは南パントリー地方とクリスタニアへ出向いていたのだ。
ユキヒラは何か考え込んでいる様子だったが、やがて重々しく告げた。
「では、コーヒーミルよ…そなたに、パソワの捜索とレードルの護衛を命ずる」
「承知いたしました、国王陛下」
「そ、それってつまり…レードル姫様もぼくたちと一緒に旅に出てもよい、ということでしょうか」
ターメリックがはやる気持ちを抑えつつ尋ねると、ユキヒラは渋々といった表情で頷いた。
そして「ただし」と制して、
「レードルよ。誕生日パーティーのこと、忘れてはいまいな」
「もちろんですわ、お父様!それが済んでから旅立つつもりでしたわ!」
ありがとうごさいます、とレードルが頭を下げたので、ターメリックたちも深々と礼をした。
…こうしてまたひとり、仲間が増えたのだった。
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レードルの誕生日パーティーは、予定通り盛大に行われた。
宴は3日ほど続き、ターメリックたちは出発の前日まで徹夜状態であった。
しかし…楽しいことには負けられない。
ターメリックは、眠い目をこすりながらも元気に振舞っていた。
そして…出発当日。
王都タジンの西端グラス地方との境に、ターメリックをはじめとする旅立つ者と、国王一家とキィオークたち見送る者が並んでいた。
ひと通りの挨拶を終えたとき、ミルクパン城の方角からミトンが走ってきた。
「副団長!パン民族のフィリアを確認しましたが、マリアというフィリアを持つ者はいませんでした」
「わかったわ、ありがとう…これで、広大なグラス地方を捜索する手間が省けたわね」
「早く帰ってきてくださいね。おれひとりじゃ、ケトル団長の暴走を止められませんから」
「ええ、そうね…なるべく早く戻るわ」
ミトンは、寂しげに「はい」と頷いた。
隣では、ケトルが「別に好きで暴走しているわけじゃ云々」と渋い顔をしていた。
「はい…ここからヌフ=ブラゾン王国までは、どれくらいかかりますか」
クランが手を挙げて質問すると、コーヒーミルは「うーん」と考えた後…
指を3本出して見せた。
「瞬間移動、3回分かしら」
「え…?」
「瞬間移動は私の得意魔法なの。使えるキィオークは珍しいから、重宝されているのよ。でも…魔力を回復させるために、時々は歩かないといけないけれどね」
つまり、ターメリックが見た朝靄の中のコーヒーミルは、魔力回復のために歩いていたところだったというわけである。
「なるほど…」
「ご理解いただけたところで、そろそろ行きましょうか」
コーヒーミルが右手の小指にしていた指輪を外した。
すると…指輪はシンプルなデザインの杖に変わった。
ユキヒラが一歩前に出た。
「コーヒーミルよ。レードルのこと、くれぐれも頼んだぞ…ターメリックたちも、あまり無理はせぬようにな」
その言葉に、旅立つ6人は「はい」と返事をした。
コーヒーミルが大きく杖を振るうと…ひゅん、という風を切る音がした。
そして…あっという間に景色が変わっていったのだった。
第5章へつづく




