第3章 叡智 ⑥
それから4人は、楽しく旅を続けた。
稲穂を揺らす涼やかな風…
黄金に染まる夕日と、満天の星…
母国を出たことのなかったターメリックにとって、それは何もかもが新鮮な体験であった。
ときには大きな地震があって毒気に感染した植物などと戦うこともあったが、恐怖は感じなかった。
…心強い仲間たちのおかげだろうか。
そして、ターメリックが心配していたクィントゥムの暗い表情は、すっかりなくなっていた。
自分の説得が効いたのかもしれない…そう思うと、少し嬉しかった。
早朝…
朝靄の中で焚き火の番をしていたターメリックは、うたた寝から目を覚ました。
ほかの3人はまだ眠っている。
ちょっと散歩でもしてこようと立ち上がったとき…道の向こうから人の気配がしてきた。
珍しい…この道は人があまり通らないとディッシャーも言っていたとおり、ここ何日かは人とすれ違わなかった。
しかし今…王都のほうから足音が聞こえてくるのである。
ターメリックが茂みの中から様子を窺っていると、人影が姿を現した。
…若い女性だ。
瞳は紫色で、髪は仄かなレモン色をしている。
ターメリックより少し年上だろうか…細身の剣を携え、黒いローブの胸元には桔梗の花のバッチがついている。
桔梗は、パン王国の国旗にも描かれている〈国の花〉である。
…とても剣の腕が立ちそうな人だ。
もしかすると…この人が新しい仲間なのかもしれない。
ターメリックは荷台から羅針盤を持ってこようとした。
そのとき。
「おはよう」
突然声をかけられ、ターメリックは飛び上がった。
振り向くと、クランが呆れ顔で立っていた。
「珍しく早起きしているなと思ったら、どうしたの。寝ぼけていたの」
「ち、違うよ。さっき、この道を人が通って」
「ふぅん、人ねぇ…」
「本当だよ!ちゃんと見たんだよ!」
「わかってるよ。疑っていないって。さぁ、朝ご飯にしよう」
クランは、半信半疑のままで荷台へ歩いていってしまった。
ターメリックは憮然とした面持ちだったが、朝食のたまごサンドを食べているうちに見かけた人影のことは忘れてしまった。
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4人が王都タジンに到着したのは、その日の午後であった。
…王都だけあって、とても賑わっている。
食べ物の市場や草木の美しい公園…人で溢れた宿場町。
石畳の道は緩い上り坂になり、純白の城へと続いている。
…パン王国の王家、カンパーナ=フロース家が住まうミルクパン城である。
「パン王国は、農業専門の国なんだ。旅人を呼び込む観光地とか、宿屋とかはあんまりない。切り立つ崖のせいで海はシケるし、魚も寄りつかねぇんだ。それで、農作物も自給自足…オレたち、マスカーチ公国の商人が入り込む隙間はないってわけだ」
居心地のよさそうな宿屋を探して、4人は街を歩いていた。
大きいが重さはないに等しい荷台を引いて、ノウェムが自分の知識を披露していた。
「パン王国の隣に、ヌフ=ブラゾン王国って国があるだろ?あの国はパン王国と違って、海に恵まれた国なんだ。外海は食用魚の宝庫で、内海は観光地…ただ、土壌はそれほどよくないから、農作物はパン王国から買い取っている。そして、海産物をパン王国に売っているんだな」
「思ったんだけど…マスカーチ公国の商人は、そこで仲買人をやればいいんじゃない。農作物と海産物を互いの国に運んで、売買して利益を得れば…」
「それができてりゃ、商人たちは遊んで暮らせてるよ」
溜息をついたノウェムに代わって、クィントゥムが話し始めた。
「パン王国の現国王ユキヒラと、ヌフ=ブラゾン王国の現国王グリシーヌは、お互いが国王となる前からの親友なんだ。両国が隣国ゆえにいがみ合っていた頃から、文化や趣味を通じて交流していたそうだ。現在、両国の関係はきわめて良好でね…仲の良い国民同士が特産品を売買するのに、第3者の手を借りる必要はないってことさ」
「さすがはクィン兄さん。何でも知ってんだなぁ…まさに、そのとおりなんだよ」
「なるほど…ノウェムも、もっと勉強したほうがいいね」
「だからオレは最初から知ってるんだって」
「それにしても…人、多くない?」
ターメリックは、パン民族の視線を感じて溜息をついた。
やはり、この国では黄色い髪が珍しいらしい…
道行く人は必ず、ターメリックをじっと見つめるのだった。
「いつも、こんなに人がいるの?」
「いや…いつもはもっと、閑散としているイメージだったけどなぁ」
「何かの祭かもしれない。ほら、あそこで食べ物の特売を」
クィントゥムが最後まで言い終わらないうちに、クランが屋台に向かって駆け出した。
「…あいつって、こういうとき性格変わるよな」
「そうだね…」
ターメリックたちは、クランの後ろから屋台を覗き込んだ。
そこには、瓶詰めされたいちごジャムが並べられていた。
「おっ、旅人さん。その髪の色、キマってるねぇ!」
屋台の奥から、陽気な親父が現れた。
そして、聞いてもいないのに商品の説明を始めた。
「このいちごジャムはなぁ、レードル姫様の大好物なんだ!もうすぐ姫様の誕生日だからな。この時期は、たとえ赤字になろうとも、いろんな人に食べてもらうために安売りはやめられねぇのよ!」
「お姫様のお誕生日だから、こんなに人がいるんですね…」
「それは、なんともおめでたいことですね」
「だろ?パン王国第3王女レードル・グレーシア・カンパーナ=フロース様のお誕生日さ!」
「…グレーシア…ですか…」
4人の顔が一斉に強張った。
しかし…親父は気にせず喋り続けた。
「あぁ、姫様は第3子だからな。守護神は友情の女神クリスタン!で…噂によると、グレーシアっていうフィリアを持っているのは、このモンド大陸広しといえど、レードル姫様だけなんだってよ!」
「……」
「ん?どうした?黙りこくっちまって。顔に『まさか』って書いてあるぞ…って、本当に書いてあるわけないけどな!」
親父の複式呼吸が響く中、ターメリックたち4人は瞬きも忘れて顔を見合っていた。
第4章へつづく




