始まりの記憶 謁見する者
◇ ◇ ◇
サン・レムリアが、ムー帝国に赴いてから数日が過ぎた頃
……王座に腰掛け、職務の謁見等をこなすリンコ・ロイエンザール・レムリアは、アトランティスから届いた最愛の妹サアラとサーベリウスからの手紙を読み終え、盛大に溜め息をつきながら、精霊の出した炎でそれを焼いた。
(サアラがサーベリウスに求婚されて、自らの予知と占の結果に抗う選択をするとは……サン父王様が帰って来たら、どうこの事態を報告するつもりなんだ)
幸運にも、サンはまだムー帝国の熱烈な歓待を受けている。
そして、もう暫くは向こうに滞在する予定らしい。
……どうやら、アトランティス帝国から、いつまでも戻って来ない妹の元に行き、本当に夢見の未来を無視した選択で良いのか。と、問いただす時間くらいはつくれそうだ。
(サアラの意志とサーベリウスの意志が固ければ、私が反対する事は出来ない。しかし、二人の間に少しでも迷いがあるのなら予知通りにヤゥマを伴侶にした方が無難だろう……予知を無視して未来をねじ曲げようとしても、これまで通り無益な争いを起こすだけだ。それに、ヤゥマの奴もそんなに悪くは無い……)
ヤゥマは決して悪い男では無い。
やや過剰な愛情表現をして来るが、妹のサアラの事はちゃんと愛している。
ただし、問題なのはサアラだ。
彼女は何か思うところがあるのか、頑なにヤゥマに心を許そうとはしない。
(……さて、これは困った雲行きになってきたぞ)
リンコは、そう思いながら次に届いた書状に目を通す。
“――親愛なる、リンコ・ロイエンザール・レムリア王に即位祝いの貢物を献上致します。
ヤゥマ・ムー”
「ゴホン……お前達。王の前に出よ」
「……貢物とはこれか?」
「そのようでございます」
ジャリ…… ザッ…… ジャリ…… ザッ……
どうやら、ザム島の一件以来。リンコには奴隷の美青年を愛でる性癖があるという噂が広まり、ヤゥマには盛大に誤解されているようだ。
ヤゥマ・ムーから即位祝いの品で送られて来た見目麗しき男娼の奴隷達は鎖を引きずりながらも、ぞろぞろと謁見の間に入って来る。
(何・故・そ・う・な・る・ん・だ!)
眉間に皺を寄せながら、心底うんざりした表情になったリンコは……主人の言う事を従順に聞くようにと、ムー帝国の主従の奴隷印が刻まれている男娼達を見てひらひらと手を仰ぐ。
「頭を上げよ……」
(前言撤回だ。ヤゥマの奴めこんな嫌がらせをしてくるとは、覚えてろよ……まさか、ルカの占いの男難とはこれの事なのか?)
顔を上げ挨拶をする事を許された男娼達は、こちらを一瞥するなり全員が熱に浮かされた表情をつくる。
そして期待に胸を膨らませたような……煽情的な視線を向けて来た。
「ぐっ……もういいっ。頭を下げよ!(ひっ……本当に堪忍してくれっ! 何だ? あのアブない目の男達は、ヤゥマの奴め。奴隷達に何か変な言葉を吹込んだに違いないっ。鳥肌が止まらないぞ!)」
「ブフッ……ええと、この者達をどう致しますか?」
奴隷たちを連れて来たガエンは肩を震わせて笑いを堪えている。
「ゴホンッ……とっ……とにかくレムリア国には奴隷制度というものが無いから、その体の印は解除してこの者達には此れから我が国の国籍と身分を与えるとしよう。仕事も用意しようと思うが……主に労働や雑務をこなして貰う事になるだろうな。……誤解されたら嫌だから言っておくが、私はそういうのに興味はないから安心するがいい……」
「ブフッ……そっ……そのように致しましょう」
なるべく、顔を崩さないように頑張っていたカルラも笑いを堪えるのに必死なようだ。
奴隷達は二人を睨みつけると、何故か敗北したような表情を浮かべながら、こちらを涙目で見つめながら去って行った。
「――シェリルス。お前も実は笑っているだろう……死ぬほど疲れたから、休憩させてくれ!」
「プフッ……それが……リンコ陛下。謁見を望んでいる者が、実は一人おりまして……こちらに連れて来ました」
「――誰だ?」
「レムリア王様。即位おめでとうございます」
「ノアか!」
リンコは、小さな訪問者に目を丸くした。
※
「こんな所に一人で来ていいのか? サアラ達が心配して捜しているのでは無いのか?」
「失恋の旅に出た僕の事なんか誰も気にしませんよ。寧ろ僕の事を二人で仲良く捜す口実が出来て喜んでいるかも知れないですし」
(やれやれ……向こうが心配しない様にシェリルスに連絡を入れておいてくれと頼んだから大丈夫だろうが、ノアの家出に大慌てだろうな。まぁ、こっちには六神様達もいるし問題は無いと思うが)
こちらの膝の上に乗っているノアは頬をプクリと膨らませながら涙目で拗ねている。
彼はサーベリウスとサアラが両想いになって、寂しいらしい。
「早く、大人になりたいな。僕がもっと大人だったらサーベリウス兄様と兄弟喧嘩が出来たかも知れないのに」
「ん……? まさかサアラを巡って喧嘩をしたかったのか」
「はい! サーベリウス兄様に決闘を申し込んで格好良くサアラをかけて戦うんです。そして、僕は負けて潔くサアラを諦めます!」
「何だ、初めから諦めるつもりなのか?」
「……だって、サアラが好きなのはサーベリウス兄様だし、二人は両想いだからしょうがないです。こうでもしないと気持ちの整理がつかなくて……」
ノアが切なそうな顔をしながら、胸に顔を埋めて来る。
リンコはよしよしと彼の柔らかな銀糸の髪を慰めるように優しく撫でた。
「そうか……もしも大人になりたいなら、憧れの人物の真似をしてみるのもいいかも知れないな。剣術ならば、私が教えてやろうか? ……カルラ、ガエン。私の相手になれ。ノアにレムリア式の剣の型を見せてやる」
「わぁ……!!」
リンコは庭にある訓練用の木剣を手にすると、護衛のカルラとガエンにも木剣を持たせ、まるで剣舞のように舞いながら二人の攻撃を躱す。
「息を整えながら、相手の動きを注意深く読み取り、剣の型の基礎が出来ていれば、こうやって二人同時の剣も躱すことが可能だ。ノア、その木剣で試しに私に攻撃してみなさい」
「……それでは、エイッ……ヤァッ……!!」
「ふむ……筋は悪くないな」
リンコはノアの剣を数回受けると、ノアの次の動きを分析する。
「……ノアは、どうやら右から上に剣を下ろすのが好きなようだな。そのパターンだと次にお前が私に剣を打ち込むのは"左下脇"で次に体勢を少し修正して右と左に一回ずつといったところか……」
ノアがリンコの言われるがままに左下脇を木剣で打ち込み慌てて体勢をなおして夢中で右と左に打ち込むと、驚いて目を丸くしながら、尻もちをついた。
「……ふふ、どうだ。驚いたか?」
「凄い! どうやって攻撃の予測をしたんですか?」
リンコは後ろに倒れたノアに手を貸し、彼を起こすと「そこに隠れている妖しい者も出て来い。ムー帝国から贈られて来た者のようだが……何者だ?」と、言いながら樹叢に身をひそめる何者かに木剣を向けた。すると、先程謁見した男娼の姿をした男の一人が変装をといて出て来た。
「――私ですよ、リンコお義兄様。天才的な剣の腕を持つお義兄様が、小さな子供に剣の指南をしている様子が珍しくて、少し見物していただけです」
「ヤゥマか、全くお前は何度ウチに不法入国するつもりだ」
リンコは不味いと少し焦りながらもノアを隠そうとするが、隠しきれるものでは無いと悟り少し焦って前に出ようとするカルラとガエンを制止し、二人を対面させた。