表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

横転

 その後、ラバーズはデビルレディを追い詰めていった。

 というより、見違えるような強さになっていた。ぬるぬるローションレスリングのあと、結束を強めたのであろう。

 だが、それも戦線復帰したデッドマンによって蹴散らされてしまった。

 姫子は打撃を受けなかったが、おそらく体を麻痺させられたらしく、床を転がされていた。


 また負けた。


 正義は、とても「清々しい気持ち」なんかではなかった。

 だが、吹っ切れた。

 ムリなものはムリだ。

 どれだけ体を鍛えて地球をぶん殴っても、地球には勝てない。それくらいムリだ。


 帰りのピックアップトラックでは、ラバーズたちが「次はいけそう」などとテンション高く会話していた。新参の姫子も「次は頑張るから!」とやる気になっている。

 正義には、それが遠い世界の出来事のように感じられた。


 *


 ガレージで反省会が始まる前に、正義は「ちょっといいかな」と前へ出た。

 ナディアは察していたらしく、なにも言わず順番を譲ってくれた。

「急で悪いんだけど、俺、もうやめようと思う」


 自分を過小評価しているわけではない。

 気持ちは負けていない。

 開花した能力だって、おそらくヒーロー向きだ。

 しかし彼女たちの戦いにはついていけない。

 そしてなにより重要なことは、本当にやりたかったことを思い出したということだ。


 誰かが口を開く前に、正義はこう続けた。

「チームがイヤになったわけじゃない。みんなとの活動は本当に充実してた。本当に、尊敬できる戦士たちだったと思う。一緒に戦えて光栄だ」

 すると結論を急いだフォーが「じゃあなんで辞めんのよ?」と口にして、ワンにたしなめられた。

 正義も、もったいぶるつもりはない。

「本当にやりたかったことを思い出したんだ。俺の正義は、あいつを倒すことじゃない。身近な人たちを救うことだった。なのに、最近ちっともできてなかったから……。なんかデカいことしようとして、焦ってたんだな、きっと」

 フォーは反論しなかった。

 代わりに、ふんと鼻を鳴らしたのはワンだ。

「いかにもあんたらしい考えね。ま、いいわ。もともとそういうヒーローだったわけだし……。あたしは止めない。ていうか、むしろよかったと思う。自分から誘っておいてなんだけどさ」

「杉崎さんには感謝してる」

「あたしも楽しかったよ。頑張ってね。応援してるから」

「ああ。俺もみんなの健闘を祈るよ」


 やれるところまではやった。

 それで届かなかったのだ。

 あきらめもついた。


 *


 正義は、夜風を感じながらスクーターを走らせた。

 明日はアルバイトの予定が入っている。

 そろそろ親を安心させないといけない。

 でも、ヒーローはやめない。

 まずは地元で困っている人たちを、少しでも手助けして回るのだ。

 正義は、デッドマンとは違うやり方でヒーローを体現するつもりだ。


「ただいま」

 カレーのにおいがした。

 居間でテレビでも見ているらしい母から声が返ってきたた。

「ちょっとあんた! 早く来なさい!」

「えっ?」

 なにか説教でも始まるのだろうか。

 あるいは税金の督促でも来たか。

 渋々居間に入ると、母はテレビを見ろと手でうながした。


『サウザンド・ソルジャーを名乗るこの赤いヒーロー。負けても負けても立ち上がる姿に、勇気づけられる視聴者が増えているようです』

 そこに映っていたのは自分だった。

 デッドマンにぶっ飛ばされて、みっともなくシャッターに叩きつけられている。それでも立ち上がって挑んでいる。

『正体はいまだ判明しておりませんが、情報によると、以前からここ埼玉県草加市でご当地ヒーローをしていた人物だそうです。以前、声をかけてもらったという小学生の佐藤くんにお話をうかがってみましょう。佐藤くん、サウザンド・ソルジャーはどんなヒーローでした?』

『えっと、すごく優しくて……いい人でした』

『どんなところが好き?』

『んーと……色、かな……』

 色。

 すなわちレッド。

 ヒーローというのは記号として消費されるものだ。

 それでいい。


 正義は満たされるような気持ちで腰をおろした。

 ちょっと声をかけただけなのに、少年はずっとそれをおぼえていてくれた。もしそれを少しでも生きる勇気に変えてくれたなら、自分のしたことはムダではなかったということだ。

 母親にバンと背中を叩かれた。

「あんた、外で人助けしてたの? カッコいいじゃない!」

「あんま言うなよ。恥ずかしいから」

「言わない。でも自慢の息子ね。カレーあるから食べなさい」

「うん」


 ムリなことはしない。

 だが、できることはする。


 世界がこのあと、どうなるかは知らない。

 ラバーズが勝つかもしれないし、負けるかもしれない。

 もし負けたら、ラバーズも地元に戻ってヒーローを続ければいい。

 そうしてみんなの地元に正義せいぎの心が根付いたら、いずれデッドマンを倒す戦士も現れるかもしれない。

 もし要請があれば、正義まさよしが力を貸してもいい。

 それが誰かの勇気になるのであれば。

 ヒーローはひとりじゃない。

 それどころか、どんな人間でもヒーローになれる。

 大事なのは力ではなく、心だ。

 心は伝わる。

 そのことを、正義は証明できた気がした。

 次のヒーローはあの小学生かもしれない。


 決して戦いから降りたわけではない。

 これから長く地道な活動が始まるのだ。

 それこそがサウザンド・ジャスティスのなすべき正義の正体だ。


(終わり)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ