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ヒーローらしく

 必ずしもラバソル全員のスケジュールが合うわけではないから、出動を見送ることもあった。

 そんなときは正義も、ネットニュースでデッドマンとデビルレディのショーを観戦した。

 いまはもう、冷静に戦いを見ることができた。

 かつての幻想からは、いつしか卒業していたのだ。

 そしてつぶさに見れば見るほど「勝てない」という事実を突き付けられた。なにもかもが圧倒的だった。


 母の作ったチャーハンをむさぼりながら、正義は決意を固めた。

 能力を得るしかない。


 *


 ミーティングがあるというので、正義はスクーターで駆けつけた。

 全員そろっていた。

 おそらく「ぬるぬるローションレスリング」とやらはとうに終わったのであろう。どちらが勝ったのかは不明だが、とにかく三人が意味不明なくらい仲良しになっていることだけは分かった。


 デスクにいるナディアがタバコを揉み消した。

「よし、全員揃ったな。じつは協力者を用意している。これを見てくれ」

 向けられたノートパソコンには、金髪ツインテールの少女が映し出されていた。

 森崎姫子だ。

『こんにちわんわん! 姫子ちゃんでーすっ!』

 ダブルピースが出た。

 が、ラバソルは無反応。わざと無視したわけではない。反応できなかったのだ。あまりに急だし、温度差がありすぎた。

 ナディアは咳払いをした。

「よろしく頼むぞ、姫子くん。今回の作戦は君の活躍にかかってる」

『任せて。あたし、お金次第でなんでもするから』

 有料であった。

 資金源は不明。

 しかし正義としては、自分が金を払うのでなければなんでもよかった。

「軍曹、作戦というのは?」

「うむ。じつは彼女にも戦士として戦ってもらおうと思ってな」

「戦う!? 危険なのでは……」

「お前と同じスーツを用意してある。それにデッドマンは姫子くんを殴ったりしない。これで敵の戦力を半減できるぞ」

「きったねぇ……」

 思わず本心が口をついた。

 あまりに汚い。

 いちおう姫子は戦士という設定かもしれないが、内容は人質作戦と変わらない。


 ナディアはやれやれとばかりに溜め息をついた。

「アマいぞ、田中。このまま戦いを挑んでも、我々は決定打を与えることができん。だからまずは一方から潰すんだ。デッドマンは戦闘を放棄するだろう。そこでデビルレディを叩く。各個撃破というヤツだ」

「納得できません」

「ほう。ならば、なにかいいアイデアでもあるのかな?」

「俺に能力をください!」

「……」

 今度はナディアが閉口する番だった。

 ラバーズの面々もざわついている。

「田中、前も言ったと思うが……」

「覚悟はできてます」

「まともな生活を送れなくなるかもしれんのだぞ?」

「はい」

「もしタイプZならパトロンに引き渡すし、拒否すれば私たちとは敵同士になる。お前だけの問題じゃなくなるんだ。分かっているのか?」

「俺の答えは変わりません。能力をください」


 やらなければ絶対に後悔する。

 そんな予感があった。

 アツくなりすぎて冷静さを失っているだけかもしれない。

 だが、それでもよかった。

 人からバカにされても、それでもヒーローを続けてきたのだ。ここで引いたら自分にはなにもなくなってしまう。死んでいるのと一緒だ。


 軍曹はうなずいた。

「分かった。だが姫子くんには出てもらう。どちらにしろ敵を分断させる必要があるからな」

「そんな作戦……」

「まあ聞け。残ったデビルレディはラバーズが引き受ける。お前は逃げたデッドマンを追う。一対一での勝負なら不満はなかろう」

「……」

 この上ない提案だ。

 新たな能力を使い、偽物のヒーローを打倒するチャンス。

 一対一なら卑怯ではない。

「分かりました。従います」

「姫子くんも頼むぞ。新たな戦士『フォレスト・プリンセス』となるのだ」

『オッケー! 任せて!』

 森崎姫子だからフォレスト・プリンセス。あまりに安直すぎるネーミングだ。

 サウザンド・ソルジャーくらい安直だ。


 *


 ミーティング終了後、ワンが正義に近づいてきた。

 厳しい表情をしている。

「あんた、本気なの?」

「ああ」

 心配して止めてくれているのかもしれない。

 が、正義としては、議論するつもりはなかった。

 もう決まったことなのだ。

「あんた、すっごく弱かったけどさ、ずっと自分の力で戦ってたじゃない。だから仲間に誘ったのに……」

「ずっと?」

「あたし、けっこう前からあんたのこと見てたんだよ。誰かがネットにあげた動画で知って……。いじめられて泣いてる子供に声かけてたのとかさ……。あの子、きっとあんたのこと本物のヒーローだと思ってる」

「だといいんだが」

 それは正義にとって、報われるような気持ちに違いなかった。

 人から感謝してもらえる。

 しかも評価してくれる人もいる。

 それでも覚悟は変わらなかった。

 ワンもそれは理解しているのだろう。

「ごめん。あたし、余計なこと言ってるね。ただ、すごくカッコよかったってこと、伝えたかったの。そんだけ。いい能力だといいね」

「ありがとう。俺もそう願うよ」


 みずから信じる道を行くしかない。

 これまでもそうしてきた。


 *


 作戦当日。

 栃木の商店街。


 シャッターのおりた商店街で、デッドマンとデビルレディの戦いは始まっていた。事の発端がなにかは分からない。どうせいつもの軽犯罪であろう。

「ラバソル! 出動せよ!」

 軍曹の号令で、正義たちは飛び出した。

 姫子もいる。ゴツゴツしたパステルカラーのアーマーを装着して。

「これちょっとダサくない?」

 その感想に、軍曹が眉をひそめた。

「いいから行け! 作戦は始まっているぞ!」

「もー」


「そこまでだデッドマン!」

 先頭に躍り出たのは正義だった。

 能力は得た。

 幸いタイプZではなかった。タイプXでもない。軍曹とは真逆の能力。質量の増加。それもランク8だ。

 軍曹の計算によれば、時速50キロで走行する自動車の衝突にも耐えられるほどだという。


 正義の呼びかけは無視されたが、続いて駆けつけた姫子の言葉で状況が変わった。

「おい、原始人! あんたの悪行もそこまでだよっ! フォレスト・プリンセスが相手だっ!」 動揺したと思われるデッドマンが、デビルレディのハイキックをもろに食らってシャッターに叩きつけられた。

 ムリもない。

 来るはずのない少女が来たのだ。

 デッドマンはちょっとタンマとばかりにデビルレディに手でジェスチャーし、身を起こして姫子へ近づいた。

「な、なにしに来たんだ……」

「あんたを倒しに来たの」

「ダメだ、そんな危ないこと。それに、こういう連中と関わるとロクなことにならんぞ」

「やるの? やんないの? いまのあたしけっこう強まってっかんね!」

「えー、ちょ……えー……」

 ほとんど素に戻っている。

 だが、なかなか逃げ出そうとしない。


 正義は割って入った。

「ならこうしよう。お前と俺が一騎打ちで勝負する。他のメンバーはデビルレディと戦う。これならいいだろう?」

「えー……まあ……それなら……」

「言ったな? 決まりだ!」


 この間、おそらくは調教の甲斐もあり、ツーはキリモミ・スワンをぶっ込んでこず、おとなしく話を見守っていた。

 ぬるぬるローションレスリングはムダではなかったのだ。


 *


 かくして二つの陣営に別れ、戦いが始まった。

 もともと少なかった通行人は完全に姿を消してしまった。

 無観客試合だ。


 デッドマンはようやく気を取り直した様子で、正義の正面に立った。

「ヒーローの前に立ちはだかるもの、それは悪! 容赦なくいかせてもらうぞ!」

 謎のポーズをキメながらの宣言。

 流線型の黒の甲冑。

 正義は何度でも見惚れてしまう。だが、格好だけのヒーローだ。負けるわけにはいかない。

「お前がニセモノだってことを証明してやる。正義のヒーローはこの俺、サウザンド・ソルジャーだ! 俺だけが正義だ!」

「デッドマン・ナッコゥ!」

 話が終わるかどうかのうちに攻撃してくる。

 デッドマンのクソ卑怯さは相変わらずだ。

 正義も読み切っている。

「サウザンド・アーマー!」

 質量を増加させ、その場に踏みとどまる技。

 ぶっ飛ばされることはないが、その代わり、ダメージはすべて体へ来る。軍曹のスーツが打撃を吸収してくれるとはいえ、かなりの衝撃だ。

 デッドマンはふっと飛び退き、ポーズをキメた。

「それが君の能力か……」

「質量こそパワー。つまりいまの俺は強い」

「ふん。ではこれはどうかな。デッドマン・コレダー!」

「あぎゃあっ」

 デッドマンの手から放出された電撃が、正義の全身を駆け巡った。

 ムチで打たれたような衝撃。

 痛いとか痛くないとかではなく、正義は体の力を失ってその場に崩れ落ちた。

「あぐ……なんだ……これ……」

「ほかにも体を麻痺させたり、火で焼き払ったり、いろいろできる。さっき手首を痛めたから、パンチ以外で行くからな」

 じつは痛かったらしい。

 正義はしかしもう立ち上がれそうにない。

「どうやっても勝てねぇのかよ、俺は……」

「そうだ。相手の得意分野で戦ってるうちは永遠に勝てない。そこに気づけない限り、君は永遠にそのザマだ」

「だからって卑怯なマネは……」

 するとデッドマンは、無情にも言い放った。

「君は弱い。だから卑怯になるしかない。人類はマンモスを追うとき、集団で武器を使って追い込んだ。素手で挑むバカはいない。いや、いるかもしれないが。そのバカが君だよ。そういうバカは負け続ける」

「こっちは正義のヒーローなんだぞ!」

「ではヒーローのまま負け続けるがいい。それが望みならな」

「クソッ!」

 商店街の地面を殴りつけても、なにも解決しない。

 それでも、ほかに気持ちのやり場がなかった。


 結局、デッドマンの言う通りなのだ。

 力では勝てない。

 だから別の策を使うしかない。

 なのに正義は別の策を使いたくない。

 負ける。

 それだけのことだ。


 去り際、デッドマンはこう告げた。

「俺を倒すことだけが正義じゃないだろう。君はそもそも、なにがしたくてヒーローになったんだ? それを思い出せ。もし次会うときは、最初からデッドマン・コレダーで行く」

「……」


 ヒーローに憧れた理由――。それは強くて、カッコよくて、キラキラと輝いていたからだ。

 だが、それだけじゃない。

 彼らは必ず誰かを救っていた。

 自分も誰かを救いたいと思った。

 でも素顔でやるのが恥ずかしかったから、ヒーローの格好でやった。

 バカにもされたけれど、感謝してくれた人もいた。

 小さな喜びが芽生えた。

 同時に、自分の中の気づきたくない感情にも気づいてしまった。

 もっと感謝されたい。バカにしてきたヤツを見返したい。人から凄いと思われたい。ヒーローらしく扱われたい。称賛されたい。

 そのためには、なにかデカいことをやって威厳を得る必要があると思った。

 だが、本末転倒だったのだ。

 それは誰かのためじゃない。自分のためだ。まごうことなき虚栄心だ。


 正義は溜め息とともに身を起こした。

「俺は……ヒーローじゃなかったのかもしれない……」


(続く)

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