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理由

 ある夜のこと。

 正義はコンビニで買い物を済ませ、少し離れた自宅へ帰ろうとしていた。距離は遠いとも近いとも言えないから、徒歩で出た。

 コーラとポテチ、それにアイスだ。日々の疲れを癒すにはジャンクなお菓子に限る。


 だが、行く手に立ちふさがる人物がいた。

「いま少しいいか」

「うぇぇっ!? デッドマン……」

 正義はひっくり返りそうになった。

 黒のアーマーを装着したデッドマンが、やや半身になって闇夜に立っていたのだ。ただの待ち伏せ行為のくせに、ヒーローっぽくカッコつけている。

 そのデッドマンは、少しキョロキョロして周囲の様子をうかがった。

「あまり大声を出すな。いまはオフなんだ。戦うつもりはない」

「いや、オフならその恰好なんとかしてくんないと……」

「ムリを言うな。これが本体なんだ。脱ぐことはできない」

「は?」

「そこの公園で話そう」

「えぇっ……」


 ひとけのない公園に連れ込まれ、ベンチに並んで座った。

「なんだよ話って。つーかアイス溶けそうだから、食いながらでいいか?」

「ぜひそうしてくれ。溶けたら大変だ」

 やけにフレンドリーだった。

 すでに日は没しているから人通りはない。そして少し肌寒い。正義はあたたかい部屋でアイスを食うつもりだった。なのにまさか寒空の下で食うハメになるとは。

 デッドマンはこう切り出した。

「こないだ、俺たちの間にひとりの少女が入ってきたのをおぼえてるか?」

「お前が逃げ出したときだな」

「逃げたのではない。民間人を巻き込まぬよう、距離をとったのだ。いわばヒーロー・ディスタンスだ」

「ヒーロー・ディスタンス……」

 カタカナにされると、しかもヒーローなどと言われると、どうしても正義は受け入れてしまう。これはもう仕方がない。

「あの少女の言葉をおぼえているか?」

「お前のこと嫌いだって言ってたな」

「そこではない! 彼女は、君の質問に答えろと言っていた。だから答えるために参上したのだ」

「マジか……」

 そんなことのためにわざわざ足を運んでくれたとは、正義としても予想外だった。だが、実際に来ている。仕方がない。

「あ、ポテチあるけど食うか?」

「いらない。食えないからな」

「その設定必要か?」

「設定とかじゃない。こういう体なんだ。いいから話を進めさせてくれ。君の質問に答える」

「なんだっけ……」

 急に来られたインパクトのほうが大きすぎて、質問が飛んでいた。

 デッドマンはやれやれとばかりに首を横に振った。

「俺たちの戦いが、正義ではないのではないか、という問いを投げかけてきただろう」

「おお、そうだった。でも事実だろ? あんなの街を破壊してるだけだ」

「そう。街を破壊している。ただし致命傷を与えないよう、用心深く戦っている」

「破壊してる自覚はあるんだな?」

「ある。深遠な理由がな……」

 デッドマンは秋の星空を見上げ、遠くを見つめるような態度になった。

 早く言えよ、という言葉を正義は飲み込み、アイスを食った。寒いがうまい。こうして外でアイスを食うのは、小学生のとき以来だ。


 デッドマンは溜め息混じりにこう切り出した。

「たいていの人類は、自分たちに危機が及ばない限り、すべての事件に注意を払わない」

「まあ、みんな忙しいからな」

「だから少しだけ傷つける。その上で、善と悪の戦いを見せつける。世界では善と悪が拮抗しているという事実を、常に意識させるために」

「わざとなのか? ホントに?」

「本当だ。これはあくまで啓蒙活動なのだ。神話だってそうだろう。善と悪が戦い続けている。だが神話は、俺たち人類を殴りつけてはこない。いまやアニメやゲームに引用される以上のシロモノではないということだ。だから俺たちが代わりを演じている」

「……」

 バカげている。

 それが率直な感想だった。

 だが、正義には即座に否定できない気持ちもあった。なぜなら彼が見つめ続けてきたヒーローたちも、基本的にはそれしかやっていないからだ。

 ヒーローたちは、画面の向こうの世界を救うかもしれない。だが、現実世界は救わない。グッズの購買意欲を高めることしかしない。正義せいぎの心は誰にも根付かない。

 正義まさよしは思わずアイスの手を止めた。

「だが……あんたのやってることは破壊だ。止めないといけない」

「君は根っからのヒーローだな。だが、世界は君をヒーローだとは認めないだろう。超人ではないからな」

「超人……」

「もっと言えば、ただの人間だからだ。人類は記号でしかモノを見ない。迅く駆け、高く跳び、そして相手を一撃でぶっ飛ばすヤツだけがヒーローと認められる。中身がどうあれ、な」

 意外というべきか、彼は自分の中身がヒーローでないことを自認していた。

 そして正義の中身がヒーローであるということも。

「そこまで分かってて、なぜこんなことを……」

「言っただろう。啓蒙活動だと。いくら毎週ヒーロー番組を流したところで、人類は善人になどならない。もっと身近な問題にならなければ」

「そのために誰かを不幸にするのかよ!」

「もう少し静かに……」

「それだけの力があって、そんなクソみたいなことしかできないのか!」

 静かになどできない。

 デッドマンには力がある。なおかつ現実を見通している。なのに、あえて街を破壊している。やはりヒーローではない。なのにヒーローだと思われている。

 正義は立ち上がり、食いかけのアイスを袋に突っ込んだ。

「お前の話は到底受け入れられない。いつか必ず止めてやる」

「構わんさ。君は君の信じる道を行けばいい」

「クソ……」

 分かってないヤツなら、教えてやれば理解する可能性がある。だが、分かっててやってるヤツには手の施しようがない。


 *


 後日、招集がかかった。

 正義はスクーターを飛ばし、ガレージへ来た。足を踏み入れた瞬間から、奥で口論するのが聞こえた。

「ちょっと待って! あんたはリーダーじゃないでしょ!」

「ですから、どちらがリーダーにふさわしいのか、決着をつけるべきだと申し上げているのです」

 ワンとツーだ。

 いまだに先日の件でもめ続けているらしい。

 一方、フォーはうんざり顔でスマホをいじっているし、ナディアは我関せずとばかりにタバコをふかしていた。

 正義も「ちわーす」と控えめに挨拶し、やや離れた席へ腰をおろした。


「決着? 威勢のいいこと言うじゃない。言っとくけどあたし、あんたより強いよ?」

 ワンの挑発に、ツーは不敵な笑みを浮かべた。

「それはどうかしら。もし勝負内容が『ぬるぬるローションレスリング』だとしても?」

「えっ? ぬる……はぁ?」

 絶句したのはワンだけではない。

 フォーも、ナディアも、正義も目を見開いた。

 危ない戦いが始まってしまう。

 もしそんなことになれば、もはや「全年齢」では公開できない。いままでヒーローバトルを主軸にやってきたのに、主旨が変わってしまう。

 ワンは顔を赤らめ、目をそらした。

「もしそれでもあたしが勝つから……」

「ふぅん、やる気ですのね。愛の伝道師たるこのモニカ・グレイヴヤードと」

「知ってると思うけど、あたし、もともと女専門だったから」

「わたくしは両方イケますわ!」

「あたしだっていまは両方イケるけど!」

 くだらない戦いになってきた。

 なのだが、フォーは突然ワンにしがみついた。

「待ってよミカさん! そんな勝負しないで!」

「ジュリ……」

「どうしても戦うっていうなら、ミカさんの代わりに私がやるから! 私、女専門だから!」

「ジュリ?」


 すると、さすがにナディアが咳払いをした。

「あー、もしやるとしても、よそでやってくれ。このガレージをローションまみれにされたらかなわんからな」

 よそでやるなら構わんということだ。


 ツーは愉快そうに目を細めた。

「でしたら、戦場はこちらでご用意いたしますわ。なんならそちらは二人がかりでも構わなくてよ? わたくし、負けませんので」

 本当に強そうだ。

 体の鍛え方が違う。

 バキバキのマッチョではない。が、体のしなやかさは常人のそれではなかった。底なし沼のような耐久性を備えていそうだ。

 ワンもムキになっていた。

「いいわ。めちゃくちゃに泣かせてあげる。あんたのご希望通り、ジュリと二人がかりでね」

「ええ、結構。では日時はあらためて通達いたしますわ。それまでガタガタ震えて待つことね」

「おむつの準備しときなさいよ」

「下品ですわね」

 ツーは優雅な足取りでガレージを出て行ってしまった。

 するとワンも「ジュリ、あたしたちも行くよ」とどこかへ行ってしまった。

 アジトには正義とナディアだけになってしまった。


「あの、軍曹、今日のミーティングは……」

「見ての通りだ。すべて丸くおさまった」

「……」

 期待させるだけ期待させておいて、正義はぬるぬるローションレスリングに立ち会うことさえできない。こんな理不尽な話があるだろうか。

「軍曹、デッドマンに会いました」

「どこで?」

「俺んちの近くで……。前に俺が投げかけた疑問に答えてくれるとか言って……」

 せめて業務上の報告でもしなければ、ガソリン代がムダになってしまう。

 するとナディアはジェスチャーで椅子を勧めてきた。

「それで?」

「自分たちが破壊者だってこと、意外と自覚してるみたいでした」

「まあそうだろうな。あいつらのしてることは、あまりに演技じみている。おおかた人類に教育しようとでも言うのだろう」

「知ってたんですか?」

「いいや、ただの想像だ。しかし理解できんな。なぜヤツはお前のもとへ?」

「こないだ乱入してきた少女に苦情を言われたのを気にしてたみたいです」

 するとナディアは「ふむ」とうなると、タバコを揉み消し、ノートパソコンを操作し始めた。

「この女か」

 ディスプレイには、ギャル風のツインテール少女が映っていた。商店街でデッドマンを応援しているところだ。

「そうです。この子です。でも軍曹、この写真はどこから……」

「私が盗撮したわけじゃない。誰かがネットにあげた動画のスクリーンショットだ。ちょっと気になるガキだったからな。保存しておいたんだ」

「気になる、というのは?」

「デッドマンがまだ人間らしい生活を送っていたころ、一緒に暮らしていた森崎姫子ではないかと思っている」

「一緒に?」

 というより、そこまでデッドマンの情報が特定されていたことにまず驚いた。つまり軍曹は、正体をかなり詳しいところまで把握しているということだ。最近知ったとかいう様子ではない。

 思えばラバーズ・ワンは、デッドマンを仲間のカタキだと言っていた。

 以前から因縁があったのだ。

 ナディアはかすかに溜め息をついた。

「ともあれ、このガキはなにも知らんだろう。デッドマンと接触してる様子もないようだしな」

「あの、軍曹、あなたいったい……」

 少なからぬ恐怖をおぼえた。

 デッドマンがアレなのはいい。頭がアレなのだから、やることもアレであろう。いちおうアレだが理由も聞けた。

 しかし軍曹は違う。デッドマンを倒したいのはいいとして、その目的が明確ではない。

 彼女はそっと視線を外し、静かにつぶやいた。

「私は、デッドマンがああなった元凶のひとりだ。といっても裏方だがな。能力を開花させる薬品を開発していた」

「薬品を……軍曹が?」

「あくまでチームの一員に過ぎんよ。最初は希望に満ちたプロジェクトだったんだ。人の能力を拡張させることで、新たな未来が開かれるはずだった。だが、現実は悲惨なものさ。何人もの人間が犠牲になったよ。だから私には、これを終わらせる義務がある。私以外の研究員は、みんな死んでしまったからな」

「……」


 人にはそれぞれ背負っているものがある。

 誰もが、なにかの目的で戦っている。


 正義はうなずいた。

「分かりました。終わらせましょう、この戦いを」

 ナディアはしかしふっと笑った。

「頼もしいな。だが、お前が私の業まで背負う必要はない。もっと気楽にやってくれ」

 なんとか笑みを浮かべてはいたが、どこか寂しそうにも見えた。

 かなわない目的だと思っているのかもしれない。

 正義もそう思っている。

 デッドマンには勝てない。

 だから、このまま同じことを繰り返すわけにはいかない。なにかを変えて、局面をひっくり返すのだ。

 そのための選択肢は多くない。


(続く)

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