表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

敵前逃亡

 他日、正義はナディアにある相談をするため、アジトへ来ていた。

 ラバーズはいない。

 ふたりきりだ。

 ナディアはガレージに置かれたデスクでタバコを吸っていた。

「来たか」

「すみません、個人的なことで」

 するとナディアは肩をすくめた。

「まさか愛の告白じゃないだろうな?」

「ち、違いますよ。じつはドーピングの件で……」


 正義はもうすぐ二十九になる。

 三十歳までにはまともな職につかねばと思っていた。

 あまり時間がない。


 ナディアはタバコを灰皿へ押し付け、火を消した。

「分かった。決意は固そうだな。もう止めない。だが、先にリスクだけ説明しておくぞ」

「リスク? やっぱり副作用とかあるんですか?」

「いや、そうじゃない。じつはな、どんな人にも特殊能力はひとつ備わってるんだ。ただし出力が微弱だから、存在しないものとみなされている。薬はその出力を高めるだけだ。問題は、接種を受ける個人が、どんな能力を持っているか、だ。こればかりは出力が低い状態では判断できない」

 正義は少し興奮をおぼえた。

 自分にもなにかの能力があるということだ。

 ナディアはしかし眉をひそめている。

「ハズレクジがふたつある。ひとつはタイプX。これはどんなに出力を高めてもなにも変化がない」

「え、変化がない?」

「正確には、他の機能と混じらないと機能しない。そして普通、人にはひとつしか能力が備わらないから、混じることさえない。よってハズレだ」

「はぁ」

「そして、もうひとつのハズレはタイプZ。これは死者の能力を吸収できる。デッドマンやデビルレディもこのタイプだ。ただし、最初はなにもできない。目の前で人が死なない限りはな。そしてこういう連中がタイプXの能力を吸収すると、もう手に負えなくなる」

「それのどこがハズレなんですか?」

 最強としか思えない。

 ナディアはひとつ深い呼吸をしてこう続けた。

「うちのパトロンがこの能力者を欲しがってる」

「パトロン?」

「知らなくていい。とにかく、もしお前がタイプZだった場合、パトロンに引き渡すことになる。その後どうなるかは知らん」

 危なすぎる。

 正義は冷や汗、というか脇汗が出たのを感じた。

「えーと、俺、どのタイプなんでしょうか……」

「だから、ヤってみないと分からんと言っただろう」

「もしタイプZだったら」

「それもいま言った。パトロンに引き渡す」

「……」

 タイプXならまだいい。これまでと同じ生活が続くだけだ。しかしタイプZだったら、もう二度とヒーロー活動はできないし、自宅にも帰れない。

 ナディアは「座れ」とばかりに椅子を進めてきた。

「そこで悩むならやめておくんだな。だいたい、ほかの能力だって、ヒーロー向きとは言いがたいものが多い。出力もどの程度になるかは分からんしな。ちなみに私は、体重をごまかす能力を持ってるぞ。正確には質量のコントロールだがな。出力がひくいから、せいぜい一キロか二キロしかごまかせん。使い道がない」

 一キロでも二キロでも質量をコントロールできるなら驚異的なはずだが、たしかに有用とは言いがたかった。少なくともヒーローとして活かせそうにない。

 正義は思わずうなだれた。

「やっぱりやめておきます」

「賢明な判断だ」


 *


 数日後、茨城の某商店街。

 ラバソルが駆けつけたときには、すでにデッドマンたちの戦闘が始まっていた。

「ラバソル、出動せよ!」

「ラジャー!」

 正義たちもピックアップトラックから飛び出した。


 地元のヤンキーらしき学生がスマホを構えていた。

「お、なんか来たぞ」

「あれも撮っぺ」

 さすがに茨城までくると日本語にも変化が表れてくる。

 日本語のオルタナティヴだ。


 のみならず、タブレット端末を構えるピンク髪の女と、短いスカートで飛び跳ねながら声援を送っている少女までいる。

 おそらくテレビで観たデッドマンのファンになって、応援に駆け付けたのだろう。こういうミーハーなファンはどこにでもいる。


 正義は構わずデッドマンたちに駆け寄った。

「おい、デッドマン! いますぐ破壊行為をやめるんだ! さもなくば、このサウザンド・ソルジャーが相手になるぞ!」

 だがサウザンド・ソルジャーが相手をするまでもなく、後方から猛ダッシュしてきたラバーズ・ツーの「キリモミ・スワン」によって全員がぶっ飛ばされた。白鳥の攻撃範囲が広すぎるのだ。

 シャッターに叩きつけられたデビルレディも「それやめて」とつい本音を漏らした。

 ツーの回転は危険だ。敵味方の区別なくなぎ払う。

 ワンが地面をバンバン叩いた。

「ちょっと! ちゃんと作戦守ってよ! キリモミ・スパイラル・トリプルの予定だったでしょ!」

 ツーはしかし優雅にのけぞっている。

「アイムソーリー。キリモミ・スワンと聞き間違えましたわ」

「ウソだね! 絶対わざと! あたし、スワンはダメって言ったし!」

「あーあーあーあー! なにも聞こえませんわ!」

「このクソアマ……」

 小学生以下の争いが始まってしまった。

 フォーもうんざり顔だ。


 だが、デッドマンとデビルレディを分断できた。

 立ち上がった正義は、デッドマンへ駆け寄った。

「おい、デッドマン! 俺と勝負しろ!」

「正義に挑むつもりか?」

「お前など正義ではない! 正義はこの俺、ただひとり! サウザンド・ソルジャーだ!」

「デッドマン・ナッコゥ!」

 返事の代わりに拳が飛んできた。

 直撃を受けてしまった正義は、凄まじい衝撃を受けてシャッターへ叩きつけられた。

「あがッ……こいつ……不意打ちとか……」

「悪は許さん」

 どちらが悪か分かったものではない。


 正義はなんとか立ち上がった。

 アーマーのおかげで打撃のダメージは緩和されている。とはいえ、エネルギーそのものを相殺できるわけではない。衝撃が全身に来る。


「おい、デッドマン! お前の正義はどこにある! 街を破壊するのがお前の正義か! 言え!」

 赤いアーマーのサウザンド・ソルジャーが吠える。

 だが、デザインがあまりに工業的というか、角ばっているせいで、シルエットがゴテゴテと暑苦しかった。

 対する黒のデッドマンは、つるりとした流線型のデザインで、ムダがない。

「正義とは語るものにあらず。体現するものなり」

「なら、お前の体現しているこれが正義だとでも言うのか!」

「デッドマン・ナッコゥ!」

 返事に困るとすぐ拳を出してくる。

 正義はふたたびシャッターをヘコませてしまった。

「ぐはッ……てめェ……」

「命までは奪わん。そこでおとなしく寝ているんだな」


 今日も勝てなかった。

 少し会話できただけだ。

 正義が自分の弱さをかみしめていると、さっきまでデッドマンを応援していた少女が大股で近づいてきた。

 かと思うと凄まじい勢いでデッドマンのボディへ拳を叩き込んだ。

「バカ! あいったぁ……」

 金属の装甲だ。痛いに決まっている。

 デッドマンは棒立ちだ。

「ちょっとデッドマン! さっきから卑怯なことばっかり! 恥ずかしくないの?」

「……」

「この人、真剣に質問してるんだよ? ちゃんと答えてあげてよ!」

「そこの少女、どきたまえ。正義の邪魔だ」

「なんだよその言い方! 人のこと下に見て! お前なんて大嫌いだ! バカ! アホ! 原始人!」

 さっきまで応援していたはずの少女が、いきなりブチギレてしまった。

 おかげでデッドマンも不安そうに左右をキョロキョロし始めた。かと思うと、いきなり現場から逃走。

 言われたくないことでも言われたのかもしれない。


 デビルレディが近づいてきた。

「え、逃げたの? あの子、メンタルが弱すぎるわね……」

 髪が触手のようにうねり、三名のラバーズを捉えていた。

 ヒーローは逃げてしまったのに、怪人だけが大活躍だ。

 デビルレディはラバーズを床へ転がした。

「私も帰るわ。あと、危ないからもう混ざってこないで。白鳥も邪魔すぎるし」

 白鳥が邪魔なのは正義も同感だった。


 デビルレディが商店街を去ると、野次馬たちも興味をなくして解散してしまった。

 パトカーのサイレンさえ聞こえてこないうちに、早くも終了となってしまった。


 倒れている正義のもとへ、先ほどの少女が近づいてきた。

「ね、大丈夫? 怪我してない?」

「ああ、大丈夫だ。気にしないでくれ」

 ただのミーハー少女ではなかったようだ。

 たったひとりでデッドマンを退散させてしまった。

「勇敢なんだな」

「そんなんじゃないよ。ムカついたから文句言っただけ。それじゃ、あたしそろそろ向こう行くね」

「ああ」

 不思議な少女だった。

 正義はなんとか身を起こし、仲間たちを見回した。

 ワンとツーは「あんたね、ちょっとは言うこと聞きなさいよ」「命令されるおぼえはありませんわ」などとケンカしている。フォーはうんざり顔だ。


 *


 アジトに戻ってもケンカは続いていた。

「おい、ふたりともやめろ。チームメイトなんだから協力しろ。軍曹からの命令だ」

 ナディアもついつい口を挟んだ。

 ワンは止まらない。

「あたしだって協力したいよ。でもこいつが……」

「わたくしが一番強いのですから、みんながわたくしに合わせるべきですわ」

「だーかーらー! そういう態度がダメだって言ってんの!」

「ソーリー、イングリッシュでお願いしますわ」

「ファッキンビッチ」

「あらお下品」

 収拾がつきそうにない。

 フォーは「私帰りまぁーす」とアジトを出た。

 ナディアも酒瓶へ手を伸ばした。


 正義は今日も活躍できなかった。

 味方の白鳥にぶっ飛ばされ、デッドマンのパンチでぶっ飛ばされただけで終わった。

 力でも勝てない。

 対話さえ相手にされない。

 自然災害でも相手にしているような気持ちだった。


 ラバーズの口論はしばらく続いた。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ