キリモミ・スワン
装甲車はヒーローっぽくない。
そんな理由で導入が見送られた。
いや、実際は法的な問題をクリアできなかったためだろう。あまりやりすぎると警察より怖い連中が動き出す。
ともあれ、その後も「ラバソル」は負けっぱなしだった。
動画サイトにも、情けない敗北シーンが勝手にアップロードされていた。サウザンド・ソルジャーは、世間から「いつも負けてる赤いやつ」としか見られていなかった。
人は、勝っているほうを応援したがる。
自分も勝っている気分になれるからだ。
こうなると負けている「赤いやつ」は嘲笑の対象でしかない。特に「純粋な心」を持つ子供たちにこの傾向が強かった。いわく「ダサい」「ザコ」で評価が完結した。
秋も近づいてきた某日――。
ミーティングのため、正義はスクーターを飛ばしてアジトへやってきた。
アジト内部は見通しが悪い。謎のドラム缶が置かれ、謎の段ボールが積まれ、ホワイトボードまでもが視界を遮っていた。
だから奥に誰がいるかは分からない。
分からないが、警戒の必要はないはずだった。
かすかに争うような声がした。
女の声だ。
「やめて。いまそんな気分じゃない」
「そうなの? 私はそんな気分なんだけど」
「離してよ」
「やだ。ミカさんが負けを認めるまでどかないから」
先に入っていたらしいラバーズのふたりが、なにやら揉めているようだった。
正義は思わず足を止めた。
少し時間をおいて出直したほうがいいかもしれない。そう思ったのだ。
「ね、キスしよ?」
「いやよ」
「なんで? あのチェリーとはしたんでしょ?」
「してない」
「証拠は?」
「あんたバカなの? そんなもんあるわけないでしょ?」
「証明できないんだ?」
「だからあんたは……んっ」
妙な展開になってしまった。
正義は、足音を立てて勘付かれることを恐れ、その場から動けなくなってしまった。進退きわまったのだ。中腰のままキョロキョロするしかない。
「どう? 興奮した?」
「バカ……。人来ちゃうでしょ」
「ミカさんが悪いんだよ。あいつと仲良くするから」
「ジュリ……」
「私のこと誘ったのミカさんなんだから。最後まで責任とってよね」
「チームに誘っただけでしょ……。ちょっと、やめてよ……もう……」
正義は、悪と戦うことはできる。
だが、こういうときの対処はまったく分からなかった。
ふと、ナディアが入ってきた。不審に立ち尽くす正義を見て、彼女ははじめ「なにやってんだ?」という顔になった。
が、奥から聞こえてくる会話で、すべてを察したらしい。
ジェスチャーで「そこで待ってろ」と指示を出すと、そのまま奥へ行ってしまった。
「よし、そこまでだ。ふたりとも離れろ」
「あ、軍曹来ちゃった」
「来ちゃったじゃない。着衣の乱れを整え、お行儀よく座っていろ。田中が来たらミーティングを始める」
「はぁーい」
返事をしているのはフォーだけだった。
ワンは恥ずかしがっているのかもしれない。
ナディアは盛大な溜め息をついた。
「まったく。田中のヤツは遅刻か? ダメなヤツはなにをやってもダメだな」
田中正義は、すると何度か深呼吸をしてから、わざとらしく部屋へ駆け込んだ。
「遅くなりました!」
ラバーズ・フォーがニヤニヤする横で、ワンはごまかすように明後日の方向を見ていた。
もしかすると、気づかれていたのかもしれない。
気づかれていなかったかもしれない。
真相は分からない。
誰もその件に触れない。
シケモクに火をつけようとしていたナディアが、何度か迷った末に灰皿へ戻した。ホワイトボードの前に立ち、ペンを走らせる。
書かれたのは「ナカマ」という文字。
「昨日、晩酌しつつ考えてみたんだがな……。最終的に、人員を増やすしかないという結論に至ったよ」
戦いは数だと誰かも言っていた。
だが、増やそうと思って増やせるなら苦労はない。
フォーが「はいはいはーい」と挙手をした。
「ラバーズ・フォー、発言を許可する」
「もし増やすなら、ムサい男じゃなくて、かわいい女の子がいいでぇーす!」
「男女差別は感心せんぞ」
「えー? でももし男だったら、私のモチベーションがさがっちゃうかも」
「分かった分かった。だが『かわいい』かどうかは保証せんぞ。ルッキズムは正義に反する」
これにフォーは首をかしげた。
「私たちって正義だったの?」
「いちおう、そういう建前だ。いいか。そこに疑問を抱くな。これは軍曹からの命令だ」
「はぁーい」
するとワンがようやく口を開いた。
「仲間はいいんだけど、アテはあるの?」
ナディアは「ふむ」と斜め上を見た。
「まあ、あると言えばある。ただし気まぐれなヤツでな。応じてくれるかどうかは分からん」
*
数日後、埼玉北部の商店街。
すべてのシャッターがおりているが、その数の多さから、かつての賑わいが推察できた。が、いまは通行人もまばら。人の声もない。
夕刻。
日が徐々に短くなっているから、太陽は地平線のギリギリまで来ており、人々の影は伸びきっていた。
「あ、ふざけんなよ!」
駅前のコンビニで買ったパンを食っていた男子中学生が、にわかに怒声をあげた。
ラバースーツの女にパンを奪われたのだ。犯人のデビルレディは商店街を疾駆しつつも、奪ったばかりのパンをむさぼっていた。
そこへ――。
「待てぇい!」
黒い甲冑のデッドマンが、どこからともなく現れた。
「デッドマン参上! 怪人デビルレディ! お前の悪行もここまでだ! いますぐそこの少年にパンを返すんだ!」
「もっ、もっ」
デビルレディは食事に忙しく、返事もできなかった。
デッドマンは参上ポーズのまま、律儀に待っている。
「ん、んんっ。現れたわね、デッドマン……。けどお断りよ。そのパンとやらは、たったいま世界から消滅したわ!」
「デッドマン・ナッコゥ!」
デッドマンのパンチが繰り出され、ガードしたデビルレディがズザーと石畳を滑った。
いつもながらケンカっぱやい。
「いまだ! ラバソル! 出動せよ!」
ナディアの号令が出た。
正義らは違法駐車のピックアップトラックから飛び出し、デッドマンたちへ挑みかかった。
が、もちろん勝てるわけがない。
結果はいつもと同じだ。
彼らは立て続けにぶっ飛ばされ、ガァンとシャッターへ叩きつけられた。
帰宅途中のサラリーマンが、迷惑そうにその場から退避。パンを盗まれた中学生もドン引き顔だ。
ラバーズ・ワンは、それでも立ち上がった。
「ラバーズ・フォー! キリモミ・スパイラル・ダブルを仕掛けるわ!」
「ラジャー!」
ふたりだけの必殺技があるようだ。
どんな技か分かっていない正義は、ただ見守るしかない。
ラバーズの両名は同時に駆け出すと、新体操のように側転を始めた。動きがピタリとシンクロしている。
勢いをつけて距離をつめ、身体をスピンしながらのドロップキック。
この同時攻撃は、見事、デッドマンとデビルレディに炸裂。両者を商店街の通路へ転がした。
ラバーズたちは、蹴った反動で華麗に着地。
あまり多くない野次馬からも「おお」と声があがった。
おそらく初めてまともに技が通用した瞬間だった。
だが、さほどのダメージは与えられていない。
デッドマンたちは、信じられないほどタフなのだ。
彼らはすぐに起き上がると、目にもとまらぬローリングソバットでラバーズをぶちのめした。
デッドマンとデビルレディが露骨に手を組んでいるが、そんなのはいまさらだった。このふたりの戦いが八百長であることは、いまや小学生でも知っている。
「サウザンド・アターック!」
かたき討ちとばかりに正義もダイヴしたが、これはかわされて一人で地面を転がった。
のみならず、アーマーに、通行人の吐き捨てたであろうガムが付着してしまうという大失態。まったくマナーがなっていない。
ともあれ、今日も負け戦だ。
誰もがそう諦めていたそのときである――。
「キリモミ・スワン!」
聞きなれない女の声とともに、デッドマンとデビルレディがぶっ飛ばされた。
やったのは白鳥だ。
それも、ただの白鳥ではない。
バレエダンサーのような女の股間から伸びた白鳥の頭部だった。
ふわりと商店街へ降り立ったのは、純白のアイマスクをつけた美しい金髪の女性だった。
「遅くなりましたわね。ラバーズ・ツー、参上ですわ」
つま先立ちでしなやかな辞儀。
正義だけでなく、観衆も面食らっていた。
この女はマジなのだろうか。
それともギャグのつもりなのだろうか。
ともかく強い。
ツーは優雅な足取りでワンとフォーへ近づいた。
「さ、いつまで寝ていらっしゃるの? やられたらやり返すのでしょう? スーパー殺戮タイムですわ!」
くるりと回転し、ぐっと親指を立てて見せた。
エレガントなのかワイルドなのか分からない。
ラバーズ・ワンがなんとか口を開いた。
「新しい仲間ってあんたなの?」
「ええ、わたくしですわ。ラバーズ・ツー。人呼んで愛の伝道師。すべてが愛しすぎて窒息しそうよ。さ、お立ちなさい。ラバーズの力は、仲間が多ければ多いほど強力になりますの。三人いれば世界征服も夢ではありませんわ」
フォーはぎょっとしているが、ワンは「なにも考えるな」とばかりに首を振った。
ヤバそうなので、正義は倒れたまま成り行きを見守ることにした。
ガムのせいで動けないことにしておけば、おそらく許されるであろう。
そしてラバーズ・ツーは、本当にヤバかった。
キリモミ・スワンとやらを連発し、敵味方かまわずぶっ飛ばしまくった。あきらかに一人で強まっている。
パトカーのサイレンが近づいてきて、デッドマンたちは撤退した。
正義たちも撤退。
勝負はつかなかったが、明らかに押していた。
*
アジトへ戻ると、あらためて自己紹介が始まった。
「愛の伝道師、モニカ・グレイヴヤードと申します。わたくしが来たからにはもう安心ですわ。よろぴくお願いしますわね」
彫像のように美しい女性ではあるのだが、性格がアレすぎた。
フォーも顔をしかめている。
「ちょっとキツくない?」
ナディアはごまかすような咳払いだ。
「ともかく、新メンバーだ。歓迎しようじゃないか。これでラバソルの戦力は一気に高まったと言える」
するとツーはナディアの手を取り、甲にキスをした。
「お招きいただきまして光栄ですわ、軍曹どの。その鋭い眼差し。キュンキュンを禁じえませんわね」
「そこをどうか耐えてくれ。私はそっちの趣味はなくてな」
「あら残念」
ラバソルというよりは、ラバーズだけが大幅強化された格好だ。
正義はまったく活躍できそうもない。
なんとかしなければという焦燥が襲ってくる。
このままでは本当に「いつも負けてる赤いやつ」で終わってしまう。
(続く)