ツヨイ
数日後、埼玉某所の商店街。
正義たちは、ピックアップトラックで乗りつけた。
絵に描いたようなシャッター街だ。通行人もまばら。今回は路上駐車を注意する人さえいない。
「ほとんど人いなぁーい。ホントにこんなトコ来るのかな?」
フリフリの衣装を身にまとったラバーズ・フォーが、半笑いで車両からおりた。
軍曹はまず溜め息をついた。
「私はデータに私情を挟まない主義でな」
夕刻。
日の沈みかけた無機質なストリートを、照明だけが寂しく照らしていた。
正義も路上へ降り立った。
アーマーは頑丈だが重くない。その上、パワーアシスト機能までついている。とはいえ万能ではない。ダメージを緩和できるのは打撃だけで、刺突や斬撃には対応していない。
四人の登場に、通行人たちはぎょっとした顔になった。
なぜかスマホを向けてさえこない。あまり数がいないから、まっさきに自分が注意されると思ったのかもしれない。
ふと、悲鳴があがった。
女子高生がスカートをめくられていた。犯人はデビルレディ。長い黒髪を触手のように使い、後ろから追い越しざまスカートをめくりあげたのだ。
強制わいせつ罪だ!
すると、「待てぇい!」と黒い甲冑のヒーローが現れた。
「デッドマン参上! 怪人デビルレディ! お前の悪行もここまでだ! いますぐそこの女子高生に謝罪し、慰謝料を支払え!」
「現れたわね、デッドマン……。けどお断りよ。たとえ死んでも生き返ってスカートをめくりまくってやるわ!」
デビルレディは露出の高い格好ではないが、ピッチリと張り付くラバースーツを着用していた。そして腕と脚には金属のゴツいプロテクター。
「抹殺!」
デッドマンはヒーローにあるまじき掛け声とともに、デビルレディへの私刑を開始。
いきなり暴力の応酬が始まった。
「いまだ! ラバソル! 出動せよ!」
軍曹の号令が飛び、三名は「ラジャー」と駆け出した。
今回は正義も覚悟を決めた。
どんなにヒーローっぽく見えても、やはり悪は悪だ。正義のヒーローが制裁を加えねばならない。
激戦のさなかへ飛び込まんとすると、突如、デビルレディの髪がうねった。ラバーズ・フォーの足をすくい、ぐるんとひっくり返す。体勢を崩したラバーズ・フォーは、ヘッドスライディングの体勢で商店街を滑り、シャッターへ激突。
続いてデッドマンの回転過剰なキックが炸裂し、巻き込まれたラバーズ・ワンがふっ飛ばされた。
正義はその隙をついた。
「サウザンド・アターック!」
躊躇なく技名を叫び、両の拳を前に突き出して飛んだ。
捨て身技だ。
回避されればみっともない格好を晒すことになる。
だがいい。
正義は、やると決めたのだ。
だが技は回避され、正義はひとりでシャッターに突っ込んだ。
ガァンと派手な音がして、全身にダメージが来た。
通りがかった小学生の集団が、「うわ、だせぇ」などと言っていたが、聞かなかったことにした。
昼間から飲んでいたらしい中年男性は「おう、やれやれー」などと煽っている。
なお、暴力行為を助長する行為は「現場助勢罪」に問われることがある。よい子であろうが、よくない子であろうが、決してやってはいけない。
通行人たちはスマホを向け始めた。
倒れたままの正義も撮影されている。
なお、先日の土下座は、すでにネットにあげられ、嘲笑の的と化していた。「こいつ見たことあるわ」という地元民らしき書き込みもあった。
「笑えよ……」
正義は誰にともなくそう告げ、なんとか立ち上がった。
もう、いいのだ。
笑われる?
ダサい?
弱い?
関係ない。
そんなことに怖気づくくらいなら、最初から正義のヒーローなどやっていない。
正義は戦闘ゴッコを続けるデッドマンとデビルレディへ近づいた。
「おい、デッドマン! 俺も読んだぞ! お前の愛読書とやらを!」
もちろん返事はない。
が、構わない。
「お前にお似合いのクソみたいな本だったな! お前が勝手に世界に失望するのは構わないが、俺は違うぞ! 俺は俺だ! 俺が正義だ! そしてお前は正義ではなぶっ」
デビルレディの髪に投げ飛ばされたデッドマンが、正義に激突した。
とんでもない衝撃だ。
ぶっ飛ばされた拍子に、居酒屋の看板を破壊してしまった。だがこれはデビルレディが悪い。自分は巻き込まれた被害者だ。正義は瞬時にそう判断した。
激痛で起き上がれない正義をよそに、デッドマンはすぐに立ち上がった。そして、唐突なサッカーボールキック。正義は余計なダメージを負った。
「ぐはっ……いまのは俺のせいじゃ……」
「違う。あれは愛読書ではない。デマを信じるな」
「はぁ?」
だがデッドマンは正義を置き去りにし、「とうっ」と戦闘に復帰してしまった。
小学生たちが「こいつショボくね?」「弱すぎだし」「やっぱデッドマンだよなぁ」などと言い合っている。
だがこのクソガキどもも、しょせんは格好しか見ていないのだ。真のヒーローがどういうものかを知らない。だから、自分が知らしめねばならない。
正義はなんとか立ち上がった。
遠くでサイレンの音が聞こえる。
撤収しなければ。
ピックアップトラックに駆け込むと、ラバーズのふたりもすぐに入って来た。
「よし、これより帰還する。シートベルトを締めろ」
ナディアが車を発進させた。
デッドマンとデビルレディはまだ戦っている。ギリギリまで続ける気なのだろう。
*
アジトへつくと、正義は床へ座り込んでなんとかヘルメットだけ外した。
虚脱感がひどい。
ダメージが軽減されているとはいえ、かなりぶっ飛ばされた。全身に力が入らない。
ナディアはホワイトボードの前に立ち、「ツヨイ」の文字を円で囲んだ。
「やはり強かったな。対策を立てないと」
だがその対策とやらは、緊急ミーティングでもまったく立てられなかったのだ。戦いでヘトヘトになったいまは、まったくなんらの進展も望めない。
ソファに寝そべっていたラバーズ・フォーが、バタバタと暴れた。
「ぜんぜん勝てないよぉー! 強すぎる!」
かたやラバーズ・ワンはアイマスクを投げ捨て、酒をやり始めた。また正義に家まで送らせるつもりだろう。
これは何度挑んでもムリかもしれない。
正義もさすがに格の違いを思い知らされた。薬でドーピングしたくらいでは勝てる気がしない。
モノには限度というものがある。
どんなに才能に恵まれた人間が、人生のすべてをかけ、フルパワーで挑んだとしても、それでも地球は動くまい。
いや、あるいは科学技術を使えば可能かもしれない。だが、そういう話になる。正義だとかヒーローだとかいう話ではなく、科学の話になってしまうのだ。
挑むなら、正義はあくまでヒーローとして挑みたい。
そのとき、ラバーズ・フォーがハッと我に返った。
「ね、軍曹。ロボットとかないの?」
「は?」
「ロボットだよ! デカいやつ! それで踏み潰しちゃえばいいじゃん!」
「……」
ヒーローが科学を用いることはある。謎のビーム系兵器や巨大ロボットだ。
だが商店街にロボットなど持ち込んでしまえば、どちらが破壊者か分かったものではない。
軍曹も疲れ果てた表情だ。
「まあ、気持ちは分からんでもないが……。まずは予算がな……」
「じゃあ借りてきてよ! 一億くらい!」
「一億で済むワケないだろ。それに、私に金を貸すヤツもいない。なにせ返すアテがないんだからな」
派手なヒーローには、必ず謎の資金源があるものだ。
貧乏ではやっていけない。
だが、軍曹はすこぶる渋い表情でこう続けた。
「いや、まあ……装甲車くらいならなんとかなる……かもしれないな……」
明らかにカタギではない。
(続く)