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顕現せしヒーロー

 数日後、正義らは、ナディアの運転するピックアップトラックで埼玉県内の商店街へやってきた。

 おそらくここが次の事件現場となる。

 しかし、活気のある商店街とは言い難かった。半数近くの店がシャッターをおろしており、通行人の大半もただ通り過ぎるだけだった。

「ここ、駐車禁止だよ」

 まだ例のヒーローと怪人は現れていない。

 だからであろう、注意してきた商店街のおじさんにも危機感というものがなった。

 運転席から出たナディアは、バキバキと首を鳴らした。

「トーシロはさがってろ。死ぬぞ」

「はいっ?」

 おじさんが目を丸くしたのもムリはない。

 レッドのフルアーマーを装着したサウザンド・ジャスティス、そして露出のきわどい衣装でアイマスクをキメたラバーズ・ワン、過剰なフリフリ衣装のラバーズ・フォーが、次々と車から現れたのだ。


 通行人たちは、なにかの撮影だと思ったのかもしれない。許可もなくスマホを向けてパシャパシャやり始めた。おそらくSNSにアップロードするつもりだ。


 ラバーズ・ワンが謎のセクシーポーズで宣言した。

「いまからここは戦場となるでしょう! けど安心して! あたしたち、ザ・ラバーズ・ウィズ・サウザンド・ソルジャーが街を守るわ!」

 返事はない。

 歓声もない。

 通り過ぎた女子高生が「ウケる」と顔をしかめただけだ。


 商店街の人たちも「こいつらニュースの?」「なんか違わない?」「便乗犯かなぁ」「警察呼ぶ?」「大ゴトにしないほうがいいんじゃない?」などとささやき合っている。


 が、来た。

 男の「へわあ」という情けない声があがった。かと思うと、サラリーマンのスマホからイヤホンだけが奪い取られていた。

 犯人は、悪の女幹部のような格好をした怪人。マスクをしているから口元しか見えない。長い黒髪を触手のように使い、奪ったイヤホンを掲げて商店街を駆けていた。


 そこへ「待てぇい!」と現れたのが例のヒーローだ。

 装飾を排し、ダンゴムシのようなフォルムの甲冑を装着した、黒いヒーロー。

「デッドマン参上! 怪人デビルレディ! お前の悪行もここまでだ! サラリーマンにイヤホンを返せ!」

「現れたわね、デッドマン……。けどお断りよ。このイヤホンは、燃えないゴミとして捨てさせてもらう!」

「させるかッ!」

「なんのっ」


 いきなり戦いが始まってしまった。

 信じられない身体能力だ。

 風を巻き起こさんばかりのスピードで駆け出し、ガァンと互いの打撃をぶつけあった。火花まで散っていた。そして打撃の衝撃で、両者後退。ズザザーと石畳の上を滑った。


 ヒーローショーだ!


 正義は、胸の高鳴りを抑えられなかった。

 まだ幼かったころ、蒸し暑い遊園地で親と見たヒーローショーが、いま目の前で始まっていたのだ。

 眩しかった。

 息をするのも忘れて見入った。

 自分にはできない動き。そしてなぎ払われる戦闘員たち。ヒーローは強い。強くて優しい。みんなも必死で声援を送っていた。

 正義は、自分もヒーローになるんだと思った。将来の夢には必ず「正義のヒーロー」と書いた。友人たちは「すげー」と言ってくれた。

 なのに、成長するにつれ、彼らの反応は「すげー」から「え、マジで?」に変わり、いつしか嘲笑のネタとなっていった。


 みんな、なぜ忘れてしまうのだろう。

 あのキラキラとした、熱くて強いヒーローの姿を。

 正義の心を。


 かつて友人だった連中が、目先の損得で行動するようになり、やがて女にウケるかどうかを基準に行動を変え始め、ついには給料の額で就職先を選ぶようになる姿を見てきた。

 いや、それは普通の姿なのかもしれない。

 なのだが、田中正義には納得できなかった。

 だからある日、サウザンド・ソルジャーになった。


 正義をもう一度。

 ヒーロー・イズ・ヒア。

 自分はここにいる。


「いまだ! ザ・ラバーズ・ウィズ・サウザンド・ソルジャー! 出動せよ!」

「ラジャー!」

 ナディアの掛け声に、ラバーズのふたりが応じ、駆け出した。

 が、正義の足はひとつも動かなかった。

「いるじゃないか、ヒーローが……」

 涙がこぼれていた。

 あいつらは、ニセモノの自分とは違う、ホンモノのヒーローだ。

 なぜ自分がヒーローではなく、あいつらがヒーローなのかは分からない。分からないが、本当にいたのだ。いたのだから仕方がない。

 見るしかない!


「おい、サウザンド・ソルジャー。号令が聞こえなかったのか? 出動だぞ」

「ムリだ……」

「はっ?」

「俺にはムリだよ……。だってあいつら、あんなにキラキラしてて……」

 ヒーローは特別でなければならない。

 そしてあいつらは、間違いなく特別だった。

 なにも持たない自分とは違う。


 ナディアは舌打ちした。

「おい、泣くな。ていうか、どこに泣く要素があったんだ? お前が戦いたがってたターゲットが目の前にいるんだぞ? そんなんでいいのか?」

「あんたには分からないだろうさ。本当のヒーローを見ちまった、自称ヒーローの哀しみがよ……」

 哀しみ、とはいうが、実際は喜びだった。

 結局、自分は平凡のままでもよかったのだ。どこかにヒーローが実在してくれさえすれば。いないからその代役を演じていた。それだけだ。

「困るなぁ。それ改造するのに結構かかったんだから。こっちが費用負担する代わりに、お前がテストするって約束だったよな?」

「そうだけど……」

「ちなみに三百万だぞ。お前、払えるのか?」

「……」


 払えるわけがない。

 バイトのシフトも減らされたばかりだ。バックレまくったせいでアダ名が「バックラー田中」になっていた。クビになっていないのがおかしいくらいだ。


「すみません! 許してください! この通りです!」

 田中、渾身の土下座。

 さすがのナディアもぎょっとした表情だ。

「お、おいおい。みんなが見てる前でそこまで……」


 いま商店街では、ヒーローと怪人が激戦を繰り広げていた。ふたりのコスプレ女も参戦。その脇で、全身レッドのヒーローが金髪女に土下座していた。

 異様な光景だった。


「お金は! できる限り返済します! でも分割で! 分割でお願いします! スクーターのローンも残ってるんで!」

「ええっ? いや、まあ、分割はいいんだが……。できれば戦って欲しいナ……」

「俺……俺、ヒーローとは戦えません!」


 ガァンと凄まじい音がして、ラバーズ・ワンがシャッターに叩きつけられた。

「ぐげッ……ンの野郎、痛ぇじゃねぇか……絶対タマキンぶっ潰してやる……」

 言葉だけは強気だが、起き上がれそうもない。

 ナディアが駆け寄った。

「大丈夫か? 怪我は?」

「アバラやったかも……。つーか、そっちの赤いのはなに土下座してんの?」

「ビビったらしい」

 するとラバーズ・ワンは、ぐっと顔をしかめた。

「やっぱ見掛け倒しかよ……。おい、赤いの! テメー、その服脱げ! 覚悟もねぇのにヒーローとか言ってんじゃねーぞボケ!」


 するとラバーズ・フォーも、凄まじい勢いでぶっ飛ばされて通路を転がってきた。

「あいたたた……。軍曹、あいつら強すぎるよ。やっぱあたしらじゃムリだって」

 凄まじい打撃を食らっておきながら「あいたたた」で済んでいるのだから、彼女たちも特別である。それでも勝てないという。


 やはり本物のヒーローは格が違った。

 正義はなぜか満足感で胸がいっぱいだった。


 するとラバーズ・ワンが立ち上がった。

「ラバーズ・フォー、あんたは休んでて」

「えっ?」

「あたしはヤるって決めたんだ。ゼロとスリーのカタキを討たないと」

 肩を抑え、足を引きずりながらもデッドマンとデビルレディのもとへ向かっている。

 万全の状態でも勝てなかったのだ。負傷したいまではなお勝ち目がない。


 正義は、その背を見ながら思った。

 自分は、いったいなにをやっているのかと。

 たしかにデッドマンはキラキラしている。いつか見たヒーローそのものだ。とんでもなくカッコいい。

 だが、だったらなんだ?

 あいつらはヒーローごっこで商店街に迷惑をかけている。

 悪だ。

 カッコよければ、なにをしたっていいというのか?


 近づいた瞬間、ラバーズ・ワンはまた打撃を受けてぶっ飛ばされた。もはや受け身も取れず、投げ捨てられた人形のようだった。

 もちろん立ち上がれない。

 が、呼吸を繰り返し、地面に手をつき、立ち上がろうとしていた。


 彼女はカタキと言った。

 私利私欲で戦っているのではない。


 敵が悪であることは明白だった。

 それでも田中正義は葛藤している。

 特定の宗教を持たない正義にとって、ヒーローは、ある意味では神のごとき存在だった。規範だった。人生のすべてだった。人々が仰ぎ見る存在だった。

 ニセモノなら、戦ってぶっ飛ばしてやるつもりだった。

 だが、ホンモノだった。

 いや、ホンモノではない。

 しかし限りなくホンモノに近かった。

 迷いはいつまでも消えない。

 どうすればいいのか分からない。

 自分のようなニセモノが、ホンモノに挑むなど、バカバカしいではないか。


「ああああああああああっ」

 ラバーズ・フォーが吠えた。

 仰向けのままジタバタしている。

「私、悔しい! なんでこんなに弱いの!」


 遠くからパトカーのサイレンが近づいてきた。

 ヒーローたちは、警察官が近づくと逃走を始める。

 となると残されたラバーズが捕まるかもしれない。


「撤収だ! おい、サウザンド・ソルジャー! ラバーズ・ワンを回収しろ! ラバーズ・フォーは私が運ぶ」

「あ、ああ……」

 ラバーズ・ワンは痛みで震えていた。

 あるいは悔しいのかもしれない。

 正義は近寄って「失礼」と持ち上げた。改造スーツのおかげもあり、まったく重さは感じなかった。


 *


 逮捕されずにアジトへ戻れた。

 が、商店街の監視カメラにナンバープレートが映り込んでいたら、そのうち警察が来るかもしれない。ナディアは監視カメラに映らない場所を選んだらしいが、確実とは限らない。通行人が写真に撮っている可能性もある。


「いちおう折れてはいないと思うが、ヒビが入ってる可能性がある。念のため医者に診てもらえ」

「平気よこんなの。寝てれば治る」

 ラバーズ・ワンは顔をしかめながらも、なんとか痛みに耐えていた。が、ソファからは動けないようだ。

 別室で着替えを終えたラバーズ・フォーが戻ってきた。腕に青黒いアザができている。

「手も足も出なかった」

 彼女は椅子に腰をおろすなり、そんなことを言った。

 ナディアも溜め息だ。

「予想以上の運動性能だったな。計画を練り直す必要がありそうだ」

「仲間集めもね」

 皮肉が飛んできた。


 そうだ。

 正義はなにもできなかった。

 ただコスプレして商店街で土下座しただけだ。

 仲間と呼べる活躍はしていない。

 だから反論もできず、ただうなだれることしかできない。


「私、帰るね。軍曹、装備の点検ぴくよろぉ」

「ああ、気を付けて帰れ」

 ラバーズ・フォーが去ると、そのまま会話が途絶えた。


 帰りに買ったペットボトルの水もなくなっていた。

 正義は、もはやそこに「いるだけ」。

 帰るタイミングを計る以外、なにもできない。


 ギッと音がして、ラバーズ・ワンが身を起こした。

「軍曹、お酒ある?」

「そんなに痛むのか?」

「ええ、そうよ。クッソ痛いわ。心身ともにね」

「今日はよせ。内出血してる可能性もある」

「そんなこと言わないでさ。全力で戦ったんだから、少しは見逃してよ」

「少しだけだぞ」

 ナディアはやれやれとばかりに立ち上がり、部屋を出て行った。


 ふたりきりになった。

 田中正義は、もう帰ろうと思った。帰るべき適切なタイミングは永遠に来ない。もういつ帰っても不自然だが、それならいま帰ってもいい。

 が、ラバーズ・ワンの眼球が動き、正義を捉えた。

「あんた、メソメソ泣いてるだけだったね」

「釈明はしない」

 この上ない醜態をさらした。

 言い訳をすればもっとダサくなる。

 ラバーズ・ワンは溜め息とともにどっとソファに背を預け、身体の痛みに顔をしかめた。

「いや、いいのよ。あたしも分かるから。あんなのズルいよね。あたしらがなりたかったヒーローがさ、そこにいるんだもん。強くて、カッコよくて、特別で……。あんなふうに戦ってみてーなって思うよね……。あ痛っ。もう……」

 誰よりも早く駆け、誰よりも高く跳ぶ。

 いわば「俺たちのヒーロー」だ。

 そう。

 まさに「俺たちの」なのだ。「俺だけの」ではない。

 目の前の女も、かつてはヒーローに憧れた少女だったのであろう。しかし果敢に戦いを挑んだ。

 正義は思う。本当の敗者は自分だけだ。本当にカッコ悪かった。

「あたしちょっと飲むからさ、あんた送ってってよ。このまま運転したら飲酒運転だから。もちろんあんたは飲んじゃダメよ。これは戦わなかった罰。いい?」

「了解した」

 当然、そうする権利はあるだろう。

 正義は自分を情けなく思うとともに、この寛大な仲間に敬意をおぼえた。彼女は特別で、そしてカッコいい。そんじょそこらのヒーローよりも。


(続く)

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