俺だけが正義!
田中正義は激怒した。
必ずかの……じゃ……邪悪なヤツをどうにかしないといけない。
あまりの怒りに昼飯のチャーハンも飛び散っていた。
テレビの中で、正義のヒーローが暴れていた。
子供向けの特撮番組ではない。
ニュース映像だ。
ヒーローっぽい格好をした誰かが、街で暴れていたのだ。悪の怪人っぽい女と戦っている。しかも人間とは思えない動きで。
彼らは商店街を破壊していた。
凄まじい勢いでジャンプキックを叩き込み、シャッターをヘコませるなど朝飯前。ふっ飛んだついでにワゴンを弾き飛ばし、跳躍した勢いで商店街のアーチを変形させた。
子供はギャン泣き。
店を破壊された老婆も「お願いだからよそでやってください」と懇願している。
警察が駆けつけると、ヒーローと怪人は信じられないスピードで逃げ去った。
こいつらは破壊者だ、と、正義は思った。
日々、地道にパトロールしている自分のようなヒーローはテレビにも取材されず、ただ地元学生に絡まれて終わる。だというのに、この破壊者たちは世間の話題を独占しているではないか。
この世界は、なにかが間違っている。
「ふ、ふざけるな……」
正義の怒りは極限に達していた。
押し入れを開き、ウレタン製のヒーローセットを装着した。
正義は自称ご当地ヒーローだった。
その名も「サウザンド・ソルジャー」。
一騎当千という意味ではない。
千の兵で「せんべい」。
彼は草加市の出身だった。
だが衣装はカッコつけた。煎餅要素はひとつもない。ちょっとモコモコしているが、熱血のレッドに染め上げられたアーマーだ。ウレタン製だから、絡んできた地元学生の腹パンも軽減できる。
「お母さん、ちょっと出てくる」
一階へ行くと、痩せこけた母がぎょっとした顔になった。
二十八にもなった息子が、ヒーローのコスプレをしていたのだからムリもあるまい。
「どこ行くの? 今日バイトでしょ?」
「それどころではない」
問答無用である。
*
正義は家を出た。
いちおうは赤だが特に改造もしていないスクーターに腰をおちつけ、エンジンをかけた。
破壊者たちが暴れていたのは埼玉の商店街だった。適当に流していれば会えるかもしれない。
もし遭遇したら、こう言ってやるのだ。
「お前はヒーローではない! ただの破壊者だ! 真のヒーローは、そう、この俺、サウザンド・ソルジャーだけ!」
脳内で何度もリハーサルをした。
きっと噛まずに言えるだろう。
*
だが、会えなかった。
スクーターを停め、日の暮れた公園のベンチでうなだれていた。通りがかったちびっこが「なんだあれダセー」と言ってきたが、聞かなかったことにした。
ヒーローは孤独である。
理解を得られないこともある。
スーツの女が近づいてきた。
険しい顔をしている。
過去に、こういうことは何度かあった。きっと地元住民だろう。不審な格好でうろつかれると迷惑であるとかなんとか言ってくるつもりなのだ。最後は決まってこう言う。「警察呼びますよ?」と。
女は言った。
「あんた、ヒーローなの?」
「えっ?」
正義は、思わず声を上ずらせた。
本当なら得意顔で「もちろんだ。なにか用かな?」とでも言うべきところなのに。
女は細い眉をひそめた。
「ヒーローよね? どこからどう見てもさ」
「そ、そうで……そうだ。なにか用か?」
「強いの?」
「えっ? いや、まあ……でも一般人には手加減しないといけないから……」
先に言い訳が出た。
地元学生のローキックで地べたを転げ回った苦き思い出がよみがえる。タバコを吸っていたから注意しただけなのに。ヤツらはゲラゲラ笑っていた。
女は隣に腰をおろした。
「アタシと組まない?」
「えっ?」
「倒さなきゃいけないヤツがいるのよ。だから仲間を集めてる」
「あんたもヒーローなのか?」
「似たようなものよ。いっぺん引退したけどね」
髪をかきあげた拍子に、アクセサリーとは思えぬゴツいブレスレットが見えた。
しかしあまり強そうには見えない。容姿はただのスーツ姿のお姉さんだ。お姉さんとはいうが、正義より年下だろう。
「いや、でも戦うって……集団で暴行したら問題なんじゃ……」
正義も、こういうことには常識的だ。
ヒーローを名乗っている以上、警察に逮捕されたらカッコ悪い。ムショにぶち込まれたら親も泣くだろう。
が、女の返事は舌打ちだった。
「平気よ。敵はあのクソヒーローさまだから。あんたも知ってるでしょ? いまテレビで話題のアイツ。それと怪人の女。まとめてぶっ飛ばすの」
「あいつらか! 俺も追ってたんだ!」
「じゃあ話が早いわ。共闘しましょう」
「でも仲間って?」
「戦えるのはアタシともうひとり。で、サポートがひとり。三人チームよ」
ひとりさみしくヒーロー活動していた正義には、羨ましすぎる環境だった。一緒に戦う仲間がいて、なおかつサポートまでいるという。ズルすぎる。
「あのー、合法ですよね?」
「いちいちうるさいわね。合法よ。たぶん……。それで? やるの? やらないの?」
「えっ? いや、まあ、やりたいけど……。もう少しちゃんと聞いてからでないと……」
「ハッキリしないわね。あんたのその格好、ただの見掛け倒し?」
「……」
ただの見掛け倒しなのは、自分でも分かっていた。
ヒーローのコスプレをしているだけの普通の男。
自覚があるからこそ、言われたくなかった。
女は名刺を出した。
「まあいいわ。興味があるならここに連絡して」
「ん? ナディア苫米地さん?」
「それ、あたしたちのリーダー。警戒心強いから、ちゃんと用件伝えないとイタ電だと思われるんで。そこだけ気を付けて」
「はぁ……」
「じゃあ行くわ。さよなら」
「さ、さようなら……」
行ってしまった。
名刺には「救世戦隊ザ・ラバーズ 代表ナディア苫米地」とある。
とんでもなく怪しい。
「なんだよ、ザ・ラバーズって。俺もこのクソダサネームを名乗るのか? いや、しかし……」
ひとりでヒーローを続けるのは限界だった。
年齢も三十近い。
幼少期の夢を追い続けるには、かなり厳しい状況になっていた。
仲間が欲しい。
ひとりでいるとナメられる。しかし集団でいると一目置かれる。そんな世の中の視線に耐えかねていた。
*
後日、正義は苫米地宅を訪れていた。
もちろん私服だ。頼んでもいないのに定期的に母親が服を買ってくる。
そこは個人宅のガレージを改造したアジトだった。
待っていたのは女が三名。先日出会ったスーツ姿の女と、ファンシーすぎるフリフリの女、そして目つきの悪い金髪の中年女性がいた。
「歓迎しよう、新たなヒーロー。私がナディア苫米地だ。軍曹と呼んでくれ」
手を伸ばしてきたので、正義も応じた
「田中正義です」
するとナディアは、握手を拒むように手を上へあげた。
「ヒーローとしての名は?」
「サウザンド・ソルジャーです」
「よろしい」
するとスーツの女が前へ出た。
「あたしはラバーズ・ワン。杉崎ミカ。で、こっちがラバーズ・フォーの下丸子ジュリエット」
「ワンとフォー……ってことはほかにも?」
「いないわ! とにかくこれが全メンバー。そこにあんたも加わる。でもラバーズとしてじゃない。ザ・ラバーズ・ウィズ・サウザンド・ソルジャーよ」
「……」
クソ長い、と、正義は思った。
だがいい。名前を変えなくていいなら問題ない。あくまで共闘ということだ。
するとナディアがノートパソコンを開いた。
「これを見ろ。ターゲットの出現記録だ。当初は都内だけだったが、同心円状に活動範囲を広げていることが分かる。ここから出現パターンを割り出せるはずだ」
地図にはいくつかのポイントが打たれていた。だいたいは商店街だ。人の多いところを狙って出没しているのかもしれない。
正義は尋ねた。
「あいつらはなんなんです? 人間なんですか?」
ナディアはすぐには答えず、目を細め、吸いさしのタバコをくわえて火をつけた。
「なんというか……能力者、というヤツだ。しかもイレギュラー中のイレギュラーでな。もはや人間かどうかも分からん」
「本気で言ってます?」
「当然だ。あいつらの動きは、お前もテレビで見ただろう。オリンピックに出たら新記録を出せるぞ」
たしかに人間の動きではなかった。
が、彼らの使用するパワードスーツのようなものが、運動を補助しているのだと信じたかった。しかし違うとなると、本当の本当に特別ということになってしまう。
正義は身を乗り出した。
「勝てるんですか?」
するとナディアは、ふっと紫煙を吐いた。
「策はある。お前も薬を使って特別になるか、あるいは装備をチューンするか。またはその両方だな」
「く、薬? ドーピングってことですか?」
「まあそうだな。イヤなら装備だけでもいい。生存率は多少落ちるが」
「装備のほうがいいです。あ、でも俺の装備……っていうかコスチュームっていうか……ぜんぶ手作りなんですけど……」
「構わん。私がなんとかする」
あまりに自信満々だ。
正義は逆に不安になってきた。
「えーと、俺、貯金が三万しかないんですが……」
「ああ、金のことは気にするな。私としてもテスターを募集していたところだ。金はとらん。その代わり、稼働試験に協力してくれ」
「はぁ」
謎のアジト。
謎の組織。
謎のテクノロジー。
正義のヒーローというより、むしろ悪の組織っぽい。
だが、それでも正義に撤退という選択肢はなかった。仲間が手に入る。そして力が手に入る。強大な敵と戦い、勝利するチャンスが目の前に提示されたのだ。賭けるしかない。
「分かりました。やりましょう。俺だけが唯一無二のヒーローだってこと、あいつらに分からしてやりますよ」
「あ、ああ……。期待しているぞ」
ナディアは「こいつ大丈夫か?」と言わんばかりの視線を仲間へ送ったが、ミカは小さく肩をすくめるだけだった。ジュリエットに至ってはスマホをいじるのに忙しく、そもそも会話に参加していない。
正義はしかし燃えていた。
持参した紙袋からコスチュームを取り出し、テーブルに並べた。
「で、こいつが俺の装備です!」
「……」
「改造してくれるんですよね?」
「あ、ああ。原形が残らないくらいにな」
「えっ?」
「いや、ちゃんと赤くしておく。うん。まあ大丈夫だろう。安心してくれ」
「……」
大丈夫ではないことは、誰の目にも明らかであった。
が、正義は気にしないことにした。
正直、見よう見まねで作ったシロモノだ。デザインからなにから、どうにかしたいと思っていた。自分でやるのは忍びなかったから、他人にやってもらえるのはむしろありがたいことであった。
ともあれ、これで勝利のプランはぐっと現実味を増した。
愚かな破壊者を打倒し、自分こそが真のヒーローであるということをテレビの前のものたちに知らしめるのだ。
さすれば地元の学生どもやちびっこたちも知るだろう。
自分たちがいかに愚かであったかを。
サウザンド・ソルジャーは決してダサくない。強くて優しい正義のヒーローだ。民衆から拍手喝采を受けてしかるべき人物なのだ。
(続く)