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縁が紡ぐ異世界譚  作者: 龍乃 響
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第1話

 皆が次々と女神エフィールの元へ行き、恩寵とやらを選び、願い事を言い、その場から消えていく。

 恩寵が早いもの勝ちなのだから、早く行くべきなのだろう。だが俺は待つ事にした。進学校だった高校時代の経験から、他人より前に先にという考え方が嫌になった事も理由としてあるが、話の流れから「外れ」の恩寵は無いだろうと踏んだ。それならば「果報は寝て待て」「余り物には福がある」を期待する事とした。

 順番を待つついでに、短いながらも今日のこれまでの出来事を思い返してみた。



 今日は月曜日だった。大学の授業は一限からなので、朝の6時に起床し朝食を作り、朝食を食べ、洗顔・歯磨き・着替えをし、洗濯機のタイマーをセットして準備完了。リュックタイプのカバンを肩に掛け、アパートの扉を開けた。

 その直後、俺はこの空間に居た。

 周囲には同じように呆然とした表情を浮かべた人が何人も居て、女神を名乗る女性が上から降りて来て、お願いをされて、問答をして、今に至る。



 本当にあっさりと、日常から非日常へと引き込まれた感じである。

 嗜み程度にはライトノベルを読んだりもするので、これが所謂『異世界転移』モノの話の流れであるのは確かだろう。トラックに轢かれなかっただけマシなのだろうか。

 …などと考えていると、いつの間にか自分を含めてあと2人になっていた。

 残った一人は見る限り、俺と同年代の女性。ピンクを基調とした花柄のロングスカートに真紅のジャケット、セミロングの栗色の髪に整った顔立ち。一言で言えば、かなりの美人だった。

 ふと、その女性と目が合い、「お先にどうぞ」と勧められる。

 何となくだが、俺と同じような理由で待っていたようだ。

「いやいや、ここはレディーファーストという事で、どうぞ」

 俺がそう返すと、女性はくすりと笑った。

「それでは、ご厚意を無碍にするのも何ですので、お先に失礼します」

 女性はそう言い前に進み出たが、直ぐに立ち止まり、こちらに振り返った。

「私は八重樫やえがし 桃華とうかと言います。あちらの世界で再会できれば嬉しいです」

「俺は紬原つむぎはら 侑人ゆうと。飛ばされる場所が別々の国になる可能性が高いとは思うが…、まぁ、お互い生きて再会出来る事を願おう」

 そう言って手を振り、八重樫さんを送り出す。

 八重樫さんが選んだ恩寵は『身体強化の極み』。体内の魔力循環を極限まで効率化し、僅かな魔力消費で高位の身体強化が行なえるそうだ。武器の制約が無い分、『剣聖』や『弓聖』、『槍聖』よりも汎用性は高いのではないだろうか。

 願い事は、「可能な限り沢山、水と食料を転移先で所持している事」だった。一人目のガラの悪い奴はお金をお願いしていたが、転移先が街も無い僻地だったらどうするのだろうか。逆に八重樫さんは非常に堅実だ。

 八重樫さんが転移で消える間際、俺に向かって「またね」と言い、手を振ってくれた。それだけで、最後まで待ってた価値があったと思えるのだから、俺も大概単純である。


 八重樫さんが転移され、ここには俺と女神エフィールだけが残った。

「それでは紬原様、こちらへ」

 女神の呼び掛けに答え、そちらに歩を進める。

「最後の一人ですので、恩寵も自動的に最後まで残ったもの…こちらになります」

 女神の前に浮かぶ文字…最後の一つの恩寵は、『縁』と書かれていた。

「…緑、じゃなくて、えん?」

「いえ、えにしと読みます。意味は同じですが。この恩寵ですが、人との繋がりを引き寄せる、唯一運命に干渉する事が出来る恩寵となっております」

 女神の説明からは「他とは違う、凄い恩寵だ」という事は伝わってくるが、具体的な効果が良く判らない。なので聞いてみる。

「本来なら会えないような有名な人と実際に会える、みたいな効果なんですか?」

「いえ、正確に言うならば『紬原様にとって運命を好転させる人との巡り合わせを生み出す』効果となります。但し、紬原様を害する人との巡り合わせは排除しませんし、紬原様の行動や発言によっては、良い筈の巡り合わせが無為になる可能性もありますので、ご注意下さい」

 成程。要は俺にとってプラスになる出会いを引き寄せてくれるが、恩寵がしてくれるのはその引き寄せる所まで、という事だ。

「恩寵につきまして納得頂けましたなら、次は願い事をお伺いさせて頂きます」

「わかりました」

 俺の願い事については、もう既に考えてある。

「俺の唯一の家族…妹のしおりに、俺が相続した分の遺産を全て譲り渡して下さい。…出来るのなら贈与税や相続税が発生しないように」



 俺の両親は、5年前に交通事故で亡くなった。その時、栞は2つ下で中学1年。俺は中学3年、高校受験の年だった。

 両親の祖父母も既に他界していたため、法的には遺産と保険金は俺と栞とで等分される流れだ。しかし二人とも未成年のため、法定代理人を立てる必要があった。

 そこで、顔を合わせた事も無いような親戚が何人も、法定代理人を買って出た。併せて俺と栞を引き取ろうともしていたので、俺は子供心に金目当ての行動である事を疑い、その時唯一信頼できる大人であった中学校の担任に相談をした。

 相談の結果、担任の友人が勤める司法書士事務所の方に特別代理人になって貰い遺産分割協議を行なう事とした。実際には俺と栞とで等分になるようお金や家などの資産を分けたが、表向きには栞が相続放棄し、俺の100%相続とした。

 理由は、親戚が栞を遺産目当てに無理矢理引き取ろうとしないようにする為。また俺は、受験する高校を地元から離れた全寮制の進学校にした。親戚と距離を置く為だ。

 何とか高校に合格した俺は寮暮らしを始め、栞には家政婦を雇い、実家にそのまま住んで貰った。

 栞を俺の通う高校の近くに引っ越しさせる事も考えたが、友達と離れる方が辛いだろうと思い、そのままにした。結果として俺と栞との間には埋められない溝が出来てしまっていた。俺に見捨てられたと感じたのだろう。

 そんな栞も高校3年になり、雇っている家政婦さんから聞いた限りでは、大学進学を目指しているのだと言う。



 俺にとっては栞が独り立ちする事だけが心残りであったため、その目途もある程度はっきりした今のタイミングは、問答の中にもあった選定理由、『地球での生活に対する執着が薄い』という所に当てはまるのだろう。

 

「判りました。願い事につきましては、その通りに叶えておきましょう。ご安心下さい」

 女神の回答に俺は嘆息する。

「では…これより、紬原様をアライアへとお送り致します」

 女神が俺に向けて手をかざす。すると足元から光の粒が幾重にも重なって立ち上り、徐々に体が、足や腕が、そして意識までもが薄くなってゆく。

 自分の全てが消える間際、女神の声がはっきりと俺の耳に届いた。


「私の世界で、貴方だけが成し得る、貴方だけの物語を紡いで下さい」



 こうして、俺を含む12名は今日、異世界アライアへと旅立った。

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