加納はるか①
あたし、加納はるかは今の生活をとても気にいっている。
自分が初めて好きになれたゲームであるポケモンを好きな人が集まるサークルを作って三週間ほど経った。それがこの生活を気に入っている一番の理由だろう。
ポケモンは楽しい。
中学、高校と勉強にうるさい両親に育てられたせいでゲームという娯楽に飢えていた。というのもあると思うがあたしは多分元からこういうゲームが好きだったのだと思う。
そんな楽しいゲーム仲間である大好きな幼馴染と……気になる人と毎日のように集まっているのだ。楽しくないはずがない。
「一生のお願い!! はるか、わたしを助けると思ってさ」
そんなふうに現実逃避した思考に走ったのは拝むように頼みこんでくる目の前の彼女が原因だった。
彼女の名前はゆりか。苗字はなんだったか…、思い出そうと思えば思い出せる気がするのだが、別に覚えていなければ困るわけでもなく、思い出す気にはならなかった。
別に苗字を忘れたからといって彼女とは仲が悪いと言う訳ではない。ゆりかのことを普通に友達と思っているし、話しかけられれば特に嫌な話題でなければ楽しく話はする。
ただ大学に入ってから関わらなければいけない人がとても増えた。クラスの30人ほどの前でだけ仲良くしていればよかった高校時代と違い、学部、学科、サークルと人間関係が無限に広がっていくようになり覚えきれなくなった。
「ねえ、ゆりか。あたし嫌だって言ってるじゃない。合コンなんて」
合コン。その人数合わせに誘われていることがあたしを現実逃避させている一番の理由だった。
前に一度だけ参加させられた時があったけれど、地獄のような時間だった。大しよくて知らない男達が無理矢理盛り上げようとして大して面白くない話を嘘といえるまでに大げさに語り、その話をあたしたち女の子が望まれている返事を返す。あたしもそんな流れに合わせてはいたが得られたのは疲労感だけで二度と行きたくないと思ったのだ。
「合コンなんてって、合コンに行かないで大学生楽しめないでしょ」
「大学生を何だと思ってるの…。少しは勉強してよ。もうノート見せてあげないよ」
「それは困る! けどあたし合コンに命かけてるから。はるかも恋しようよ。出会い探そう!」
合コンに行かないと恋ができないみたいな言い方である。
「別に今は出会いなんて求めてないよ」
「どうして?もしかして好きな人とか付き合い始める人でもいるの?」
「な、なんでそうなるの?」
唐突にそんなことを言い出すから、思わず顔が赤くなってしまった。否定しているのにゆりかはへーっと呟き勝手に納得していた。
「だから最近つきあい悪いのね。このこと知ったら男どもへこむだろうなあ」
「ちょっ、勝手に納得しないでよ。別に最近忙しいのは新しいサークルに入ったってだけで別にそんな理由じゃないよ」
「そのサークルに好きな人がいると、なるほどねー」
「だから違うって…」
「だって、はるかがそんな慌ててるの珍しいもの。ねえ、当たってるんでしょ?」
そんなに慌てているだろうかと思い返してみると、たしかにそう言われるとそんな気がしてくる。
ここで認めてしまったら余計面倒なことに巻き込まれてしまうことだろう。具体的には根掘り葉掘り聞かれ、ものすごく時間がかかるのは間違いない。ここは逃げるが勝ちだ。
「ごめん。約束があるから」
そんなでまかせを口にして、急いだふりをして教室から立ち去ろうとする。
「あ、ちょっとはるか! 今度会ったらちゃんと聞かしてもらうからね」
そんなセリフを背中で受け、取り合うことはせず教室から出る。
しかし、こういう色恋沙汰の好きな女の子は多すぎる。もしもゆりかが有る事無い事を噂にして広めてしまえばあたしは質問責めにあってしまうだろう。そんな嫌な未来を想像してあたしは一つため息をつくと、さて何しようかと周囲を見回す。
一限が終わってすぐゆりかに捕まり、もう二限の授業が始まっている時間だ。二限は授業が入っておらず、次の授業は昼休憩まで含めると三時間近く暇ということになる。いろいろ考えていたのだが気が付けば足がそちらを向いていた。
うん。いこうかな。ポケモンサークルが行われているいつもの教室に。
* * *
さっきまでと違い足取りは軽くスキップしながらサークル棟の道を行く。
「誰かいるかなー」
どの時間でもサークルの教室は一応開いており、あたし達ポケモンサークルが使っていいことになっている。今は夏の到来を十分に感じられるほどには暑く、いくらでもエアコンが効かせられるサークル棟109号室はあたしたちにとって暇さえあれば訪れる部屋になっていた。おそらく今日も誰かいると思う。
ワクワクしながら109号室の扉を開けると、一人の女の子が佇んでいた。
あたしはその見慣れたはずの女の子の怖いほど真剣な表情をした姿に少し見惚れてしまう。
同性のあたしでもあこがれを抱くほど容姿。美しいと可愛らしいが同居しているように見える。これでDSを目の前にしていなければ週刊誌の表紙にもなりうるだろう。
扉を開けた音であたしに気づくには十分な音がしたはずなのにその女の子、彼方光は何の反応もしない。
それほど集中しているのならば邪魔をしないほうがいいかもしれないと思い、あたしはそっと光に近づき、すぐ隣の席に座り、何をやるわけでもなくじーっと彼方とその持っているDSを覗き込む。
(小学生の頃はこんなこと毎日やってたな)
光が持っているDSを覗いていると、そんなことを思い出した。あたしの家はゲームを買ってもらえることがあまりない家で小学生の時は光がゲームをするのをうらやましそうに横から覗き見していたのだ。
そうやって一つのことを思い出すと、あたしの幼馴染である彼方光との思い出が一気によみがえってきた。
あたしがゲームなどを禁止され、勉強に専念するようにと言われあまり一緒に遊ぶことがなくなってきた中学時代。
光が将棋を本格的に始め全国一位になるまで登り詰め、そんな遠くなってしまった光を見つめていた高校時代。
いろいろあったけれど、あたしと光はなんだかんだで、ずっと同じ学校でよく話していたし、家同士はずっと仲が良かったから仲良しのままだったと思う。
けれど、大学生になってからは違った。
『あまりわたしに近づかないで、あなたと一緒にいると甘えてしまう。わたし強くなりたいの』
あたしが大学の人間関係に疲れ、光と一緒にいようとした時間が増えた時にそう言われてしまった。
多分あたしは光に依存していたのだと思う。いつも一人でいる光を助けようと心の中で言い訳をしていたけれど、そんな優しいものではなく単なる自己防衛に光を利用しようとしただけだ。人間関係は嫌になったけれど一人になるのも嫌だったから。
そんなことを自覚しながらもあたしは光と無理矢理でも一緒にいることを選んだ。その結果できたのがこのサークルだ。光とあたしを引き止めて置くものが必要だったから。
それが依存だと知っていても、あたしは光と一緒にいることをやめられなかったのだ。
「よし!」
光は試合が終わったのか小さく声を出した。その声のおかげであたしはなんとか我に返る。あたしが入ってきてから割と時間がたっているのにまだ気づいてないらしく、何の反応もない。
「ひーかり」
あたしは考え込んでしまった暗い感情を振り払うように光に抱きついた。
「な、何? へ? はーちゃん?」
光は驚いたのか震えていたが、すぐに安心したように静かになった。
「へへ、びっくりした?」
「こんなの驚くに決まってるじゃない。いつからいたの?」
「五分前くらいかな。光は気づかな過ぎだよ」
そうしてあたし達は仲良く次の授業が始まるまでの時間をその教室で過ごした。
あたしにはまたこうしてこの綺麗で可愛いい大好きな幼馴染と一緒にいられること自体が奇跡のように思える。今度は本当に離れる時がくるだろう。
いろいろとごねてしまったけれどあたしはただ不安なのだ。
この可愛くて大好きな幼馴染と一緒に入れなくなるのが怖くて不安だった。