ポケモンサークル②
そうしてサークルが始まり、一週間ほどの時間が経った。
その教室は狭い部屋にエアコンなのにも関わらずエアコンが設置されておりとても涼しい。その上加納さんがお菓子や飲み物をよく持ってきてくれるので空きコマなどに頻繁に通うようになっていた。
一週間ほど通っていると、さすがに慣れてきており、まさに憩いの場といってもいいくらいには楽しんでいた。
サークル活動とは何をしているのかといわれると専らレーティングバトルをしているだけなのだが、くだらない話をしながらレーティングバトルをするのもなかなか楽しかった。
人数は日によってまちまちだが、今日は四人揃っての活動である。
「ふざけんな。お前ひるませてなかったらどおおおおおしてたんだよ」
そんな中で俺はDSに向かって叫んでいた。アイアンヘッド、それは三割で怯んで動けなくする攻撃を食らい、その三割を引いてしまい、怒らずにはいられなかったのだ。そんな俺を彼方が冷ややかな目で見てくる。
「うるさいわよ」
彼方はそんなことを言うが、さっきまで俺以上に怒っていたくせにそう言われても説得力がない。
「お前さっきまでこれ以上にキレてただろうが」
「そんなことないわよ」
そこまで言っていたが、彼方は3DSを覗き込むと、
「ちょっと、何凍らしてるのよ。ねえ、凍らせる以外突破する方法なかったじゃない。もおおおおおおおお」
彼方もさっきまでと同じように怒り出した。れいとうビームなどの凍らせることが可能な技は一割ほどの確率だったはずだ。その確率を引いてしまったのだろう。
「ほらまたキレてるじゃねえか」
俺は彼方も同じようなものじゃないかと抗議すると、さすがの彼方も気まずいのかそっと目をそらした。
「どっちも怒りすぎでしょ…」
そんな俺たちを見て、加納さんはちょっと引いていた。
「いやちょっと待て、ポケットモンスターを本気でやってたらこれくらいキレてしまうものなんだ」
ポケットモンスターにはいくつも運要素が存在する。例えば3割または1割ほどの確率以外でほぼ確定で勝ちという状況でひっくり返る。真剣にやればやるほど発狂せずにはいられない。
「僕はそこまで怒ったことないけど」
「そうだよ。聡君が怒ったこと見たことないじゃん」
「まあでも健二くん達が叫んじゃう気持ちもわかるかな」
「聡君まで…、みんな仲良くしようよ。せっかくのサークルなんだからさ」
「「「仲よくしてる(わ)よ」」」
「なんでそこで揃うのよ。もしかして本当に仲いいの? 暴言ばっかりなのに?」
「わたしとしては最大限に仲良くやっていたつもりだったのだけど、こいつがいながら」
「全面的に同意だぜ。こいつがいながらってやつにもな」
彼方が俺に指を差すので睨みあっていたのだが、加納さんは納得いっていないのか困惑しているように見えた。
「ねえもしかしてあたしが間違ってるの? 不安になってくるんだけど」
「えーっとね。これがレーティングバトルの正しい楽しみ方なんだよ」
「正しい楽しみ方?」
「負ければ悔しいし、勝てばうれしいよね。そういうのと一緒なんだけどね」
「わかったような…。でもそこまで怒る必要ないじゃん」
「それは……まあその通りだよ」
「認めちゃったよ…」
加納さんは若干引いていたがすぐに立ち直り、
「まあいいや、今日はレート以外のことをします!」
「「えー」」
そう、宣言した加納さんへの俺と彼方の反応が完全に被る。
「また被った。さては君たち仲良いわね」
「「そんなわけないだろ(でしょ)」」
「ふふふ、また被った」
彼方は頭を抱えて、俺はため息をつく。
「それで一体何するの?」
彼方が呆れたように聞くと、加納さんは意外そうな顔をする。
「あれ? 意外に素直だね。もっと反対すると思ってた」
「どうせはーちゃんだからやらされるに決まってるもん」
彼方はふんっと怒ったように息を吐き、ぷいっと横を向いた。
「もしかして光、拗ねてる?」
「す、拗ねてなんかないもん」
そんな黙りこんだ彼方に、加納さんはそっと近づき、抱きついた。
「ごめんって、許して」
「わ、わかったわよ。わかったから離して」
「やっぱり光あったかい」
以前から思ってはいたのだがこの二人距離が近すぎないか。いや百合百合しいのを見てる分には俺にと
って別に悪くはないが。
「あ、暑苦しいわよ」
彼方は加納さんを引き剥がした。加納さんは少し残念そうな顔をした気がしたが気のせいだろうか。
「な、なんか仲良いね」
見かねた聡が口を挟むと、加納さんはすぐに笑顔に戻った。
「え? 聡くんもしかして嫉妬してるの?」
「いや、嫉妬なんかはしてないけど」
「じゃあさ。聡くんもやってみる?」
そう言って加納さんは聡の方に抱きついてこいとばかりに手を広げる。
「や、やらないよ。絶対」
「絶対か?、それは残念」
加納さんはちろっと舌を出してから、備品として無造作に置かれてあったホワイトボードに向かう。
「それで今日はね」
ホワイトボードに置いてあったペンを手に取り、何やら書いていく。
「このサークルで一番強い人を決めるトーナメントをやろうと思ったんだ」
ホワイトボードには大きな文字で『青欧大学ポケモンサークル最強決定戦』と書かれている。
「トーナメントね」
「なに、聡くん?」
「一応ポケモンは相性の違いがあってトーナメントじゃ一番強い人を決められるわけじゃないんだけど」
「ああ、なんかそんなこと言ってたね。じゃあさ。みんなやる気でないかな」
「そんなことないさ」
この流れがなくなりそうだったので俺は思わず口を挟む。と聡はうんと頷く。聡も俺と同じような気持ちだろう。
「最強決定戦なんて燃えるに決まってる」
男の子は最強という言葉が大好きなのだ。この言葉を聞いて燃えない勝負師はいないだろう。
「光も賛成?」
「ええ、絶対負けないわ、全員倒してあげる」
彼方はいつもの冷たい圧力を撒き散らしている。明らかに燃えているのがわかった。
その声で『青欧大学ポケモンサークル最強決定戦』とやらの開催が決定したのだった。
* * *
パーティの準備を終わらせ、諸々のルールを決め、それぞれの対戦相手を決めようという話になった。
「グッとパーでわかれましょ!!」
いつも以上に気合いの入った掛け声で対戦相手を決める。
「聡とかよ…」
俺と同じパーを出したのは聡だった。つまり、俺対聡と加納さん対彼方の試合後決勝ということになる。彼方対加納さんは、加納さんが初心者らしいからおそらく勝つのは彼方だろう。優勝するには強敵二人。聡と彼方をどちらも倒さないといけないということになりため息をつく。
「よろしくね。光!」
「手加減はしないわよ」
「あたしも簡単に負けるつもりはないからね」
女子二人はそう言いながらそんな反応をして、向かい合うように座って対戦を始めだした。そんな中、聡はため息をついている。
「えー、健二くんとか…」
「ああ、聡と対戦するのはなんか久しぶりな気がするな」
もちろん何度も俺と聡で対戦を行なったことがあるが、対戦成績は俺の方が優っていたりする。
聡の方がレーティングバトルにおいて優れた成績を修めているから意外かもしれないが、これこそ相性の問題と言っていいだろう。
準備が終わり、ポケモンの六匹のうち三匹を選出する画面に入る。
聡のパーティ
サメハダー、カビゴン、ミミッキュ、フシギバナ、ポリゴンZ、ゲッコウガ
俺のパーティ
カバルドン、ボーマンダ、ギルガルド、カプ・コケコ、ゲッコウガ、カビゴン
となっている。
俺と聡は大体の選出を決めると、いよいよ試合が始まった。
「今回は負けないからね」
「そんなに簡単に勝てると思うなよ」
俺はそう言い放ち初手ボーマンダを投げると、聡が初手に出してきたのはポリゴンZだ。
ポリゴンZとボーマンダの対面だ。基本的にはボーマンダの方が有利と言えるだろう。
ボーマンダのすてみタックルであれば一撃で倒せるだろう。だが相手は聡、ここは…。
考えた結果、俺はボーマンダを下げギルガルドに交換し、ポリゴンZのれいとうビームを半減で受ける。
「あ、ちょっ…」
聡は焦っている声を出す。どうやら正解だったらしい。
基本的にギルガルドとポリゴンZではポリゴンZが有利だ。けれど、俺の予想が正しければ、この場合は違う。
「スカーフ持ちのポリゴンZだろ。それ」
にやっと笑って動揺した聡に勝ち誇るように尋ねた。
「くっ」
聡は呻くように呟くとポリゴンZを下げた。
基本的に有利なポリゴンZとギルガルドの対面でポリゴンZ側が引いていったということはポリゴンZの持ち物はスカーフの予想は当たっていたのだろう。
スカーフとはこだわりスカーフの略でポケモンに持たせる持ち物の一種だ。この持ち物を持っていると交代するまで同じ技しか出せなくなる代わりに素早さが1.5倍されるという持ち物だ。
普段はボーマンダの方が素早さは早く一撃でポリゴンZを倒せるのだが、こだわりスカーフを持っていた場合、ポリゴンZが素早さが早くなるため逆に四倍弱点のれいとうビームで倒されていただろう。
聡がポリゴンZを下げて、出てきたのはミミッキュだ。
「甘いんだよ!」
俺はそれに合わせたようにギルガルドにシャドーボールを繰り出させる。
これもポリゴンZがスカーフだと読み、れいとうビームしか打てないとわかっているからこそこの行動ができるのだ。
「ああ…」
聡は負けを悟ったのか、うなだれてしまった。
そこからは割と単調に試合は進み、俺は序盤の有利を盾に勝つことができた。
聡のパーティは対面構築といって一対一が強いポケモン達を集め、序盤で一対一に勝利し三対二のような数的有利をとることこそが重要なパーティである。
序盤で有利を取れないと、あっさり崩されることが多いのだ。
「一応聞いときたいんだけど、なんでスカーフってわかったの?」
聡は試合が終わると、話しかけてきた。首を捻っているところを見ると、おそらく忘れているのだろう。
「ああ、前に話してたじゃねえか。スカーフポリゴンZが強いんじゃないかと思ってるって。それを予想しただけだよ」
聡とポケモンの話をするときは大体パーティの相談をすることが多い。その結果、聡が使うポケモンのほとんどを把握しているのだ。
聡は奇襲性能の高いポケモンをうまく使い、結果を出すタイプのプレイヤーだ。スカーフもちのポリゴンZなどあまり使われてなく奇襲をかけネット対戦であるレーティングバトルで勝ち上がってきた。
だが、俺は聡の使うポケモンをほとんど把握している。それが俺と聡で対戦した時に俺の方が勝てている理由だろう。
「あれ? 話してたっけ?」
「ああ、一週間前くらいにちょっとな」
「よく覚えてるね…うーん」
「ま、話したのが運の尽きだったな」
「でも相談しながらじゃないとパーティ考えられないんだよね…」
俺が勝ち誇るように笑うと聡は少し落ち込んだように肩を竦ませた。聡とそんな話をしていると、隣の席から加納さんがこちらにやってくる。
「お、彼方と加納さんの試合終わったみたいだぞ」
「加納さんはどうだった?」
「ん、負けちゃった。始めたばっかりだけどやっぱり負けると悔しいね」
聡がそう尋ねると、加納さんは少し落ち込んだのを誤魔化すように笑った。
「残念だったね…」
「聡くんはどうだったの?」
「あー…、僕も負けちゃったよ」
聡がため息をつく。そういえば彼方はどんな様子なのか気になりそちらを見ると、彼方はつかつかと聡の方に詰め寄っていく。もう少しで触れるのではないかというところまで聡に近づいた。
「え、え、えっ!?」
「一体どうしたというの?」
「そ、それはこっちのセリフだって」
聡が仰け反りながら必死な声で答える。
「いいから答えなさい! 一週間でわたしを追い込むようになるまで初心者だったはるかにどうやって教えたのよ」
「ど、どうやって教えたかって言われても普通にとしか言えないよ」
「本当に?」
彼方は舐め回すように聡をジロジロ見ると、加納さんが間に入る。
「はい。光、そこまでだよ。いこ、聡くん。今度は最下位決定戦やるよ」
「え、最下位決定戦までやるの? ねえちょっと」
聡はそうして加納さんに引っ張られていった。彼方と俺は取り残された。なんとなく気まずくなるのを恐れて話しかけることにする。
「そんなに加納さんは強かったのか?」
「ええ、今のあなたよりも強いかもよ」
「なんだと」
流石に始めて一週間ほどの加納さんに負ける気はないので食いつく。始めてから三年の年月が一週間かそこらで抜かれてしまったらさすがに悲しすぎる。
「そういえば聡とあなたの試合は、あなたが勝ったの?」
「ああ」
「ふうん。意外なことがあるものね」
そんな話をしながら試合の準備を始め、パーティの見せ合い画面になった。
彼方のパーティ
カバルドン、ボーマンダ、ギルガルド、ゲッコウガ、カプ・コケコ、カミツルギ
俺のパーティ
カバルドン、ボーマンダ、ギルガルド、ゲッコウガ、カプ・コケコ、カビゴン
という風にカビゴンとカミツルギが違うだけでほぼ同じポケモンになっている。強いポケモンというのはある程度決まっており、こういったパーティ被りはよくある。
しかもこのカバルドン、ボーマンダ、ギルガルドは相性補完が優れており、現環境トップの並びと言えるので対戦することが多い。
それにしても、以前レートで戦っているパーティと全く異なっていることに少し驚くが、彼方光こと『カナ』は様々なパーティを使いこなしそれぞれのパーティでかなりの結果を残し続けている。たしか今見せ合っている同じような構築で結果を出していたと思うから手加減とかではないだろう。
俺は対戦することが多いこのパーティ用の選出として一番手にゲッコウガ、後続にカバルドン、ギルガルドを選出し、彼方の選出を待つ。
「お前を倒して俺の強さを証明してやるよ。ついでに俺の2000チャレのリベンジも兼ねてな」
「実力差というものを教えてあげる」
そうして俺と彼方の戦いが始まった。彼方が一番手に出してきたのはゲッコウガだ。
「初手はゲッコウガ同士の対面か」
「あなたはどうするの? あなたのゲッコウガの持ち物は何かしら」
こういう同じポケモン同士の対面では育て方と持ち物次第ということになる。
俺のゲッコウガはいのちのたまでくさむすびという草技を持っており、上から攻撃することができれば相手のゲッコウガを一撃で倒すことができるが、相手のゲッコウガがこだわりスカーフで素早さが早くなっていれば確実に上から攻撃されて何もできずにゲッコウガが倒れてしまう。
どう行動するか迷った結果くさむすびで攻撃することにする。祈るように攻撃すると、彼方はあっさりギルガルドに交換していった。
「ギルガルドにさげるのか」
「ええ、あたしは安定主義だから。あなたもしスカーフだったらどうしてたの?」
「別にギルガルドはゲッコウガに有利なわけじゃないだろ。スカーフだったら……その時は負けだよ」
「そういうところが弱いって言ってるの。もし型が予想外だったのであれば、あなた一ターンで負けが決まってたのよ」
「『カナ』はスカーフなんて使わないって知ってるからな」
いわゆる人読みという行動だ。ポケモントレーナーには使いやすいポケモンというものが存在し、使えば使うほど、どんな時にどう行動すればいいのか経験則から導くことができ戦況を理解しやすい。
例えば『カナ』は同じようなパーティを使っていた際、水Zを持たせたゲッコウガを使っていた。現在もそれを使っているのではないかと予想している。
あまりギルガルドはゲッコウガに有利なポケモンではないのに無理やりゲッコウガにギルガルドを繰り出してきたところをみると、間違いないだろう。
だから彼方がそうしてくると予想し、行動した。確実とは言えないが予想を最大限に利用するそうすることでしか俺と彼方の実力差を埋めることはできない。
くらいつけ。
何を使ってでも。隙はあるはずだ。絶対に探し出す。
落ち着いて状況を整理しよう。
俺の場合はあくのはどうを技を覚えていればゲッコウガ有利なのだが、今回はめざめるパワーしか採用していない。ゲッコウガはへんげんじざいという特性を持っており、出す技と同じタイプになるという特性を持っている。俺のゲッコウガのめざめるパワーは炎技であり、炎タイプになったゲッコウガはギルガルドのシャドーボールで簡単に倒れてしまう。
考えた結果、カバルドンに交換するしかないと気づき、カバルドンはギルガルドのシャドーボールで4割ほどのダメージを受ける。
(まずいか?)
いろいろ考えたが、ギルガルドの体力を削ることができればゲッコウガで残りの二匹は何とかなりそうなのだが、普通にしてしまえばその前にゲッコウガの体力が尽きてしまう。逆に言えば、彼方のゲッコウガが俺のゲッコウガを削ってしまえば難しい状況となる。
(だったらここは……!)
俺はカバルドンを下げ、ゲッコウガを繰り出す。彼方はカバルドンに有利な彼方のゲッコウガに下げてきた。
初手と同じく、ゲッコウガ同士の対面ができる。狙い通りだ。
初手の大人しくゲッコウガ同士の対面で彼方のゲッコウガは引いていったため相手のゲッコウガにあまり強くないと予想できている。
(ここは……?)
また同じようにギルガルドに交換されるのが目に見えている。だとしたらめざめるパワーが正解か?
でも、もし突っ込んできたら…試合が終わる……。
ただゲームをしているだけのはずなのに緊張からか手が震え言うことを聞いてくれない。
正解は交換を読むことだってちゃんとわかってはいる。けれど、ここで強気な選択をするのはどうしてもためらってしまう。
(安定で…)
そんな弱気な選択をしようと思いかけた時に、ふと彼方の方を見ると、目があった。
「さあ、どうするの」
俺は彼方のその問いかけに返すことはせず、なぜか一週間前に彼方が同じような顔をして言っていた記憶を思い出していた。
『あなたは弱いわ』
そう罵られた時の記憶だ。あの時俺はなんと返した?たしか、そう……。
『ああ、俺は弱いよ』
あっさりと俺は認めたと思う。実際俺は弱いと思ってしまっている。彼方や聡と比べたら格段に弱いのは事実だ。事実だけれど。
「いつまでも弱いままじゃいられないんだよ!!」
強気にめざめるパワー炎を命じる。そうするとゲッコウガからギルガルドに下げていき。半分にぎりぎり入らないくらいのダメージが入った。
「ふうん」
彼方は意外だとでもいうように不敵に俺を観察していた。俺はそんな彼方をみて不気味さを感じつつ、舌打ちを打つ。
「くそ、これでも崩しきらないのかよ」
このギルガルドはおそらく特殊防御に努力値を大きく割いているのだろう。普通のギルガルドであれば半分以上はダメージが入る。そして、半分は言ってしまえばほとんど試合は俺の勝ちだったはずだ。
とりあえず俺のゲッコウガはギルガルドに対して不利なので大人しく下げ、カバルドンを繰り出した。
「甘いわよ」
彼方は俺のカバルドンを繰り出すのに合わせてゲッコウガを繰り出してきたのだ。
致命的な一撃だ。
俺が懸命に作ったリードを五分かそれ以上に戻された。
これで俺のポケモン一匹失い数的有利を失うか、要であるゲッコウガの体力を7割近く削るしかなくなったのだ。
「なっ!」
そんな声を出して、彼方を見ると、凍てつくような寒さを感じた。
彼方は集中しだしたのか徐々に冷たいオーラを出し始めたのだ。
俺が少しうまくいっていた瞬間の油断した隙をうまくつかれた。冷静に相手の隙を伺い、致命傷となるところだけを的確に突いてきた。これが本気の『カナ』か…。
ついに本気を出し始めてしまった。この状態になる前に試合を決めておきたかったのが本音だったが、試合を決定づけるにはもう少しだけ足りていなかった。いや決めさせてくれないうちに本気を出したのかもしれない。
これからはもう彼方の油断は期待できないだろう。何をしてくるか完全に予想できなくなってしまった。
「ははっ」
絶望的なこの状況に俺は悔しそうにしながらも不自然に頬が吊り上がっている。
俺は笑っていた。
ピンチなはずなのに楽しくてたまらない。
さあ、ここからが本番だ。真剣勝負を始めようか。
* * *
まさに死闘と言っていい試合だったと思う。
幾度の駆け引きがあり、すべての選択肢で知恵を絞りつくした。実力差はあったが、俺は序盤の人読みでとった少しの有利を糧に粘り続けた。
俺は彼方のもう一体のポケモンであるカバルドンを倒しきり、ゲッコウガ同士の対面にすることができた。俺のゲッコウガは残りHPは少なく虫の息だが彼方のゲッコウガは素早さを少し落とし、火力に回していることが多いと聞いたことがある。だとしたらここでもう一度交代を読むことができれば俺の勝ち。その交代読みを読まなければ彼方も勝つことができない。
一言で言えば勝つ確率は二分の一、もうただのジャンケンと言っていい。
「どっちを押す???」
迷いに迷った結果俺は指に任せて、ボタンを押し、思わず目を瞑っていた。
五秒くらいたっただろうか、恐る恐る目を開くと、ちょうどモーションが始まっていた。
今度は彼方のゲッコウガが突っ張ってきている。
予想通り俺のゲッコウガが先に動き、相手のゲッコウガを倒すことができた。
「よし!」
俺は思わずガッツポーズをする。これで俺の勝ち。そのはずだ。
(勝ったのか? これで終わりなのか? 本当に?)
絶望的な状況に陥ってからは勝てるとは思ってなかったから、あまりに現実味がなく、疑ってしまう。
「……………………………………グス」
恐る恐る彼方のほうを見ると、何も言わずうずくまっていた。少し鼻をすするような音がしたのは気のせいだろうか。そんな彼方に加納さんは試合が終わったのを察したのか話しかけてくる。
「どうだった?」
「ふえええええええええええええん。はああちゃん負けちゃったよおおおおお」
彼方は飛びつくように加納さんに抱きついた。加納さんは冷静に受け止め彼方の頭を撫でた。
「よしよし」
「……グス。くやしい」
「うん。わかるわかる。負けたら悔しいよね」
そんな百合百合しい光景を目にしながら、俺はようやく勝利の実感を得つつあった。
(やっぱり嬉しいな。勝つって)
そう思うと同時に焦燥感が襲ってきた。
正直、実力で優っていたかと言われると全くそう思わない。先んじて得ていた情報で誤魔化し、それでようやく五分。むしろ実力差を実感させられたように感じていた。
(これじゃあ、レートで勝てないよな)
レート対戦においてはネットで対戦することになるので十万人以上いるポケモントレーナーの一人一人の癖を覚えて人読みをするなんてとても無理だ。本当に実力がない俺では勝つことができないのも納得だろう。
この歓喜を二度と実感できないのかという悲しさからくる焦りの方が心を支配し始め、満足に喜ぶことすらできなかった。
どうすれば…。そう悩んだ時に目に入ったのが落ち着き始めた彼方だった。
「なあ彼方。頼みがあるんだ」
「な、何よ!」
彼方は涙を拭い、キッと睨めつけてくる。そんな彼方に頼むのは少し気が引けた。
ただでさえ彼方と仲は良くないのだ。聞いてくれる保証はまるでない。けれど、適任者が彼方しかいなかった。
「彼方、俺の師匠になってくれないか」
俺はプライドなんてすべて捨て、懇願した。
「へ? 嫌よそんなの」
素だった。
望みは薄いとはわかってはいたがもう少し迷って欲しかった…。俺が勝てるように望みがあるとすれば、彼方のようなポケモンうまい人から教えてもらうしかないと。だから俺は全てを捨てて教えを請いた。だがもうそれは叶わない。
途方に暮れていると、彼方は口を開いた。
「何? 負けた人に教えを乞うなんて煽ってるの?」
思い返してくれたわけではないらしい。たしかに
「そんなことはない! ただ俺は今の試合勝ったとは思ってはいないから」
「あのね! あなたの勝ちということは変わりはないのよ。いくら運がよかったからといっても五分の勝負まで持ち込まれたわたしが悪いのだし、型読みだって真っ当な戦法よ」
「それでも今のままじゃ俺は勝てないんだ…。だから……頼む」
俺は必死に頭を下げる。引き受けてもらえる可能性が限りなく薄いとわかってはいてもそれしかなかった。
「俺にポケモンを教えてくれ」
そんな俺を見て彼方は「はあ」とため息を吐く。
「師匠とかは嫌だけれど…。そうね。たまにアドバイスをあげるくらいはしてもいいわ」
「本当か!?」
「ええ、まあこのサークル自体教え合うことが目的だとはるかも言っていたし…。別にそれくらいなら」
「ありがとな。よろしく頼む」
そう上手く引き受けてもらえたのだった。