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ポケモンサークル①

「ふぉけふぉんさーふる??」


 とある日の昼休憩の時間にいつものように食堂で菓子パンを頬張っていた俺、葛葉健二はそんな間抜けな声を出した。


「そう、ポケモンサークル。興味ないかな?」


 いつものように向かいに座って格安のカレーを食べている聡がそう答えた。


「いきなりだな。まず、うちの大学にはポケモンサークルなんてなかった気がするんだが」


「それは…、僕たちで作るんだよ」


「まあそうなるよな」


 しかし、聡がそんなことを言い出すなんて意外だ。以前、聡に全国の大学にポケモンサークルというサークルがあるらしいという話をしたことがあるのだがその時は興味なさそうにしていた気がする。何か変化があったのだろうか。


「もしかして、加納さんか?」


「へ?」


 聡は裏返った声を出し、俺の予想が当たっていると顔に書いてあった。


「やっぱりか」


「えーっと…僕、加納さんに誘われたって言ったかな?」


 聡はあっさり予想されたのが予想外すぎたのだろう。そう言って首を捻る。


「いや単に予想しただけだ。最近のお前に何か変化があったかというと加納さんと仲良くなり出したくらいだからな」


「簡単に予測されちゃったよ…」


「それで、加納さんと何があったんだ?」


「べ、別に何もないよ」


 聡はそう言って目を逸らす。聡は思っていることがすぐに顔に出るので何か隠していることが一瞬でわかった。


「ほお、何もないのか。じゃあ俺もポケモンサークルに入る必要もないな」


「え、ちょっと待ってそれは困るよ」


「話してくれるなら入ってもいいが、話さないんだったら考えものだな。さあどうする」


 別にポケモンサークルには入ってもいいと思ってはいた。だが、加納さんと聡の関係が少しだけ気になり、鎌をかけてみる。


「入ってもらわないと困るんだけど」


「じゃあ話せばいいじゃないか」


「うっ…、仕方ないかな」


 そうして聡はあっさり口を割ったのであった。

 ちょろすぎ。


* * *


「はー、そんなことがあったのか」


 加納さんの家に行った話をざっくりと聞き、驚いた。二人きりの加納さんの部屋でポケモンをやり、夕飯までご馳走になったらしい。何というか想像つかない話だった。


「うん。 まあその後何もなくすぐ帰ったんだけどね」


 それでもあまりに距離が近すぎる。もうただの友達と言える距離ではない。


「ふむ。それでいつ付き合うんだ?」


「な、何言ってるんだよ。僕と加納さんは別に付き合ったりするような関係じゃないって」


「脈はあると思うけどな」


 女の子が男友達を家に招くなんて聞いたことがない。それに加納さんと聡が仲良くなり出したのは最近である。好意を持っていると予想するのが一番真っ当な予想だった。


「あはは、あの加納さんが僕を好きになるはずがないじゃないか。単位も落としまくってて、コミュ症、ゲームオタクだよ。加納さんも実は他のイケメンと付き合ってるんじゃないのかな」


 聡はそうやって力なく笑った。

 たまに聡はこういうところがある。自己評価があまりに低いためか過剰に自虐しがちだ。俺は聡のこういうところが嫌いではないけれど。


「もしも彼氏持ちだったとして女の子の家に上がり込んで夜までゲームって……。彼氏にそいつに殺されても文句言えないぞ」


「ひっ…よく考えればそうじゃん。ああああ、どうしよう」


「加納さんに聞いてみればいいじゃないか。彼氏いるの? ってな」


「そ、そんなの聞けないよ。そうだ健二くんが聞いてくれないか」


「絶対いやだね。狙ってるみたいじゃねえか」


「そうだよね……。ああ、ほんとにどうしよう」


 聡は頭を抱える。聞きたい話は聞けたと思うし、そろそろここら辺でからかうのはやめてポケモンサークルの話でもするかと思い、話を切り替えることにした。


「それでそのポケモンサークルに参加はしてもいいとは思ってるんだが、いつあるんだ?」


「え? ああ、よかった! 参加してくれるんだね」


 聡はそう言って携帯を取り出し何やら調べ出した。


「えっと、今日の三限がみんな空いてるから1時にサークル棟に集合だって」


 どうやら携帯で時間と集合場所を調べていたらしい。

 サークル棟とはその名の通り、サークルが集合し活動する場だ。俺は部活もサークルもやってないのであまり入ったことはないがたしかここからは少し離れた場所にあったはずだ。

 一時、一時ね。そう思いつつ、スマホを取り出し時間を調べる。


「もう一時じゃねえか…」


 時間はすでに十二時四十五分を回っている。この食堂からサークル棟には十五分以上はかかる。


「ほんとだ。急がないと」


 ガタガタと荷物をしまい、急いで準備を始める。


「どうしてそうなるんだよ。聞いたばかりだぞおい」


「えっと言い出しづらくて…」


 定期的に抜けているところがあるのは知っていたがここまでだったとは…。


「お前は馬鹿か? 馬鹿なのか?」


 そう叫びつつ、俺たちは急いでサークル棟に向かったのだった。


* * *


 なんとかサークル棟に着いた時にはすでに約束の時間の一時ぴったりで何とか間に合うことができた。

 どの教室かを聡に尋ねると109号室だと言う。案内図をちらりとみると、どうやら109号室はこの廊下の一番奥の部屋のはずだ。急ぎ足で廊下を歩き、扉を開き入っていく。

 その教室を見渡すと、全体的にみすぼらしいという印象を受けた。古いホワイトボード、机、椅子など会議用の道具などが並べられており、テレビも一応置かれてはいるのだがもちろん旧型だ。なぜかはわからないがエアコンだけが新品で古びた教室の中で妙に目立っていた。

 サークル棟というだけあって、人が集まるには適しているといえるのかもしれない。

 その中心には見覚えのある一人の女が座っておりすぐに目が合った。その女ははーっとため息をつき心底嫌そうな顔を浮かべた。


「あなたとは二度と会う気はなかったのだけど…」


「うるせえよ! 彼方光。俺もお前に会いたくなかったよ」


 彼方とはあの日初めて会った日以来の再会である。会いたくなかったと言うのはあの日散々罵られたと思えば突然寝出す彼方には困らされたのだ。会いたいはずがない。


「あら、あなたの名前なんだったかしら。どうでもいい人間だから忘れてしまったわ」


「忘れるも何もまず名乗ってねえよ。葛葉健二だ。覚えとけ」


「あら、やはり名は体を表すのかしら。クズだなんてお似合いじゃない」


「お前。今うちの家族全員敵に回したぞおい」


 彼方と睨みあっていると、聡が間に入ってくる。


「ちょっ! 健二くん? どうしたのさ?」


「ただ先週携帯を落としたこのドジっ子を助けてやった時にちょっとな」


 聡に答えると、一瞬で背筋の凍るような感覚を感じた。


「ドジっ子とだけは言わないで欲しいのだけど」


 絶対零度のような圧力を撒き散らしながら彼方は睨んでくる。


「ひっ…健二くん。ちょっとどころじゃないんだけど、一体何やったんだよ」


 俺は小声で怖がっている聡を無視して彼方に睨み返す。あの忘れ物のせいであの日は帰る時間がかなり遅くなったのだ。反省してほしい。


「ドジっ子はドジっ子だろ。携帯落とすなんて滅多にあるものじゃねえし」


「う、うるさいわね。あの時は眠かったからしょうがないでしょ」


 眠かったから。それがどうやら普通落とすはずがないと思えるスマートフォンを彼方が落とした理由らしい。それだけで落とすか普通?


「眠かったからしょうがないって何だよ…」


 そんなふうに呆れているとまたその教室の扉がガラガラと音をかけ開いた。


「お、なんか早速盛り上がってるね」


 トタトタと足音を立て加納さんはこの109号室に入ってきた。


「お、遅いよもう」


 聡が声をかけると、加納さんはあははっといつものように笑い、頭をかく。


「ごめんごめんちょっと前にここついてはいたんだけどちょっと用事があってね」


「グス」


「ん?」


 今彼方光の方向から赤ん坊が今まさに泣き出す寸前のようなぐずり声が聞こえた気がする。何となくそちらを見ると、彼方はガバっと立ち上がり、加納さんにひしと抱き着いた。



「ふええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん…。はーちゃん、遅いわよおおおおおおおおおおおおおおおお」



 彼方が本当の赤子のように泣き出し、驚いていると加納さんはいつものことなのだろうか。あまり動じることなく少し嬉しそうに彼方の頭を優しく撫でる。


「よしよし何があったの?」


「グス。いじめるの」


「え? 誰がそんなこと?」


 加納さんが彼方に尋ねると彼方は無言で俺を指差した。彼方は指を追った先のこちらを見る。


「へー、葛葉くん。そんなことするんだ」


「いや、違う。別にいじめたわけでは…」


「女の子が泣いてるんだよ。言い訳の前に言うことがあるんじゃないかな?」


「だからその…」


「言い訳の前に言うことがあるんじゃないのかな?」


 必死に言い訳しようとしたが、加納さんは笑顔を崩さず同じ口調で言う。

 空気で加納さんが怒っているのがわかるとめちゃくちゃ怖くて震え上がる。冷たい圧力をガンガン出してくる彼方より普段温厚な加納さんが怒ったときのほうが本気で怒りそうなのが伝わってきて恐ろしい。


「す、すみませんでした」


「うん。謝るならよし。それで何があったの?」


 いつもの空気に少しだけ戻ってくれたようなので俺は安心してほっと息を吐いた。


「えーっとだな。どこから説明したものか」


 俺は少し悩んだ結果一週間ほど前に彼方がスマートフォンを落として俺が拾った事件から話すことにした。


   * * *


「あはははは。そんなことがあったの?」


「いや笑い事じゃないだろ…」


「じゃあ今も驚いたんじゃない? あたしの前だとひかりの様子が変わったみたいで」


 ひかりとは誰だと一瞬考えたが彼方の下の名前は光だったと思いだす。

 あまりに聞き慣れていない呼ばれ方をしていると一瞬わからなくなるんだよな。そういえばさっき彼方も加納さんのこと『はーちゃん』と親しげによんでいた。二人は知り合いだったのだろうか。


「驚いたどころじゃねえよ。そう言えば二人は仲良いのか?」


「えーっとね。家が近くて子供のころから一緒に遊んできたから…。幼馴染って言うのが一番いいかな」


「幼馴染…ね」


 それなら納得できなくもない。そういえば、アニメとかでよく男女の幼馴染とかはかなり見るが女の幼馴染は聞いたことなかったが存在はしてるもんだな。

 そんなことを思っていると、俺を睨みつけている彼方の姿が目が合った。


「ふんっ」


 あっという間に怒ったように目をそらす。


「ほら光も。別に葛葉くんそこまで悪いことしてないと思うんだけど」


「わ、わたしは嫌だったんだもの」


「いつまでも子供じゃダメじゃない」


「……わかったわよ。ごめんなさい」


 あまりに素直に謝られたので少し驚いた。彼方は意地でも謝らないと思っていたので少し意外だった。


「よし、じゃあそろそろ私たちのポケモンサークルについて話し合いしようか」


 加納さんがそう言うと、さっきまで俺たちが喧嘩をしていたように見えたのかあっけにとられていた聡がほっとした表情を見せ、口を開いた。


「そ、それで使う教室とか教授の許可は取れたの?」


「それは大丈夫。この教室はたまたま空いてたみたいでいつでも使っていいっていう許可は取れたよ」


「す、すごいね」


 聡が感心するようにつぶやいているが割と驚くべき手腕だと思う。聡が忘れていたとはいえ俺はついさっきこのサークルを作ることを聞いたのだ。一週間前はいくらでも言い出す機会があったことを考えると割と最近の話なはずだ。


「たまたまだよ。なんか最近どっかのサークルがなくなったみたいでね。運が良かったの」


 サークルの崩壊とはよく聞く話だ。一時は盛り上がっても皆、他の趣味や勉強が忙しくなりなくなるということがよくあるらしい。伝統などないサークルではよく聞く話だ。

 そう考えると、このこれから始まるポケモンサークルもすぐに崩壊する気がしないでもない。始まりから思いっきり喧嘩してるしな。


「それでさ。ここにいる四人はみんな入るってことでいい? だったらここにサインしてもらいたいんだけど」


 加納さんは何やら書類を取り出し、机の上に置いた。それを手に取り読んでいくと、サークル結成申込書と書いてあり、どうやらその書類にサークル員名を書いていけばいいらしい。


「わたしは入らないわ」


 彼方は一人立ち上がり、そう宣言した。


「えっと…、どうして?」


「言ったでしょう。わたしは強くなりたいの。ここにいたらきっとはーちゃんに甘えてしまうわ。わたしは昔とは違う。一人でやったほうが効率がいいわ」


「そんなこと言わないでよ。あたしは、光とずっと仲良くしてたいって思ってるのに」


 加納さんは悲しそうな顔をして言った。そんな姿を見て彼方は少し動揺してるように見える。


「な、何よりメリットがない。こんな仲良しサークルにいれば弱くなるに決まってるわ」


 今の動揺からまだ彼方は抵抗しているが何か一つ理由があれば陥落するように見える。俺は何かないものかと考えてみるが何も思い浮かばない。焦っていると何か思いついたのか聡が口を開いた。


「め、メリットならあるよ」


「何よ。言ってみなさい」


 聡が恐る恐ると言った感じで口を挟むと、彼方は睨みつける。


「ひっ…えーっと、うちの大学生徒であればWi-fiを無料で使えるようになってるのは知ってるよね?」


「ええ、でもそれがどうかしたの?」


「レーティングバトルってネットで対戦ゲームをする以上回線切れで負けることは誰にでもあると思うんだ。一瞬でも回線切れたら負けなわけだし」


「たしかに家で接続が悪いのかわからないけれど、何度も回線切れで負けたことがあるわ。でも仕方ないことではないの?」


「この教室の隣の部屋にWi-fiのルータがあるのはご存知かな。つまり学校の高級なWi-fiが最高の位置で使い放題なんだ。

 しかもこの部屋付近には電子レンジがない」


「なるほど、絶対に切れない回線ってわけか」


 俺は思わず口を挟むくらいには納得してしまった。

 電子レンジ。それはポケモン対戦において最大の強敵である。一瞬ネット接続が切れれば試合が即終了するレーティングバトルで電波を一瞬止めてしまう電子レンジは危険とかいうレベルではない。突然家族の一人が電子レンジを使いだして負けということが数えきれないほど経験している。彼方もその一人らしく考え込んでいる。


「たしかに、回線切れをしないっていうのは魅力的でも…、わたしは…」


「光、一緒にポケモンしようよ」


「え、はるかもポケモン始めたの?」


「うん。まだレートは始めたばっかりだけどね。あたしは光と一緒にやりたいって思うんだ」


「…わかったわ。入るわよ」


 ようやく陥落してくれたようだが、聡が一生懸命説得したにも関わらず結局百合百合しい結末になってしまった。


「やったね! ありがとう。光」


「勘違いしないでほしいのだけど、わたしはこの回線が魅力的だったってだけだから」


「うんうん。それでもいいよ。じゃあここにサインしていって」


 加納さんはとても嬉しそうに笑うと、サークル申し込み用紙を取り出した。

 その用紙を回して名前を書いていくと、彼方はふと思いついたといった風に聡を見る。


「そういえばあなたの名前聞いてなかったわね」


「あ、ええと佐倉聡よろしくお願いします…」


「聡、『サトシ』さんなの? あなたが??」


「え、そうですけど、僕のこと知ってるんですか?」


 聡もツイッターをやっており、それなりにレートで結果を出し、記事を書いているためそれなりにフォロワーも多い。ハンドルネームは本名のままだからすぐわかったのだろう。


「あー聡、こちら彼方光こと『カナ』さんだ」


「カナさんって、あの『カナ』さん?? よ、よろしくお願いします」


「サトシさんこちらこそよろしくお願いしますわ。よくブログ読んでます」


「なんか俺の初対面の時と反応が違くないか…」


「あら、あなたみたいな弱い人と一緒の扱いをするわけないじゃない」


「おい、弱い言うな。確かに弱いけど他人に言われたら傷つくだろうが」


「はい、そこ。ケンカしない。えーっとまず何から始めよっか」


 加納さんはそう言って俺たちを纏め挙げ、俺たちのサークル活動が始まったのであった。


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