QRレンタルチーム③
10分くらいたっただろうか、しばらく携帯をいじりながら待っていたのだが、少し不安があるのを思い出した。
加納さんの家族が帰ってこないかということである。ただでさえ上がっていることがバレたらまずいのに、ここまで遅い時間まで居残っているのをバレたら最悪の事態だ。殺される程度で済むかどうか。
しかも、両親がいつ帰ってくるのかを加納さんに聞くのをすっかり忘れていた。加納さんも忘れているかもしれないし、最悪の事態も迫っている可能性がある。
加納さんにその事を聞くために急いで立ち上がり、加納さんが降りていった一階へと向かう。
降りていくにつれ、おいしそうな匂いが立ち込めている。この匂いはカレーだろうか。匂いを辿って部屋に入ると、エプロン姿の加納さんが立っていた。
「あれ、 もう降りてきたんだ?」
「う、うん」
「もうちょっと待っててね。あと少しでできるから」
加納さんは鍋の中を覗き、混ぜたりしていた。僕はというと、加納さんのエプロン姿にうっかりその姿に見惚れてしまっていた。
そのエプロンはピンク色の下地にウサギの刺繍が入れてあり、とても可愛らしい。加納さんにとてもよく似合っている。
つい見惚れてしまっていたが、なんとか冷静になり。聞かなければいけないことを思い出す。
「は、そうだ。加納さんの家族っていつ帰ってくるの?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。今日は帰ってこないから。ほら今日金曜日でしょ。両親共、妹のバドミントンの遠征なんだって。学校終わってからすぐ行ったらしいよ」
「ふう、それは良かった」
不安材料が一つ消え、安心して冷や汗を拭う。
「今日は家族は帰ってこないの。だ、か、ら、エッチなこともできちゃうけどやってく?」
「や、やらないって言ってるだろ」
安心するも、加納さんがこんなことを言うのでまた動揺して震えた声が出てしまう。
「ふふふ、冗談冗談。やっぱり楽しいなあ」
「疲れたからやめてほしいんだけど」
いつになっても加納さんと話すのは慣れない。加納さんがいつも突飛なことばかり言うからだと思うので不安を漏らす。
「ダーメ。お、できたよ。今日の夕飯は昨日のカレーでーす」
加納さんは、俺の不満をあっさり断り鍋を開くと部屋中に美味しそうな香りが広がった。日を置いたカレーってうまいんだよな。普通のカレーより甘くて。とか思っていたが、一つ重要なことに気づいた。
「これって加納さんが作ったわけじゃないんじゃ….」
「あ、バレちゃった?お母さんが昨日作って置いていったんだよね」」
「バレちゃったって…」
「まあ、あたしがあっためたわけだし、あたしが作ったということにしといて」
「まあ別にいいんだけど」
「さあ、運んだ運んだ」
話しながら盛り付けを終わらせていた加納さんは俺に次々と飲み物、コップ、皿などをおしつけてきた。
テキパキと働き、食事の用意を終わらすと、いただきますを言う。
実のところを言うと加納さんの手料理を食べてみたかったところもあるが仕方ない。加納さんのお母さんのカレーを堪能することにしよう。
そのカレーを一口食べると、辛さと旨みの配分がちょうど良くとても美味しい。
「ん、うまい!」
「でしょ!」
「お母さんがこんなにうまいんだから、加納さんも料理うまいんだろうな」
「いやー。どうかなー」
加納さんはあははと誤魔化すように笑った。
あまりの美味しさに、カレーは飲み物とまでは言わないが僕の好物の一つでありあっという間に完食し、一息つく。加納さんがゆっくりと食べているところを眺めていると一つ確認しておきたいことを思い出した。
「あ、そうだ。今日はポケモン楽しんでもらえた?」
一応、僕が何をしたのか決めたわけだし、どうやったら楽しんでもらえるか精一杯考えたつもりだ。、だから楽しんでもらえたのかずっと気になっていたのだ。
「ん? あー、もちろん楽しかったよ。負けたのは悔しかったけど、勝てた時は嬉しかった」
「それは良かった」
僕は安心して力が抜け、ふうっと息を吐いた。ポケットモンスターを人に教えたのは初めての経験で不安だったのだが、無事楽しんでもらえたようでよかった。
「こんな風に楽しかったの生まれて初めてだったかも」
「そんなに??」
「うん…。昔の友達もポケモンやってるのを見てあたしもやりたいって言ったときもあったんだけどね。あたしのお母さんさ、それなりに厳しい人で、女の子がやるような趣味じゃないと反対してあんまりやらしてくれなかったんだ」
「そうなんだ…」
思った以上に楽しんでくれたみたいで喜ぶというより驚くと同時に大変だったのだろうと思う。
家庭の事情とは人それぞれで、うちの家は自由主義というか放任主義でゲームも割と自由にできていたが、それぞれの家庭によってそれは異なっている。
聞く限り加納さんの家は管理主義と言っていいのかはわからないが、僕の家とは真逆で自分の趣味に熱中できる環境ではなかったのだろう。
そんなことを考えていると、加納さんは何か言い残したことがあるのか姿勢を正す。
「あのさ。あたし、ポケモン強くなりたい」
加納さんは真剣に僕の目をまっすぐにみて言った。
「なんで? って聞いていいかな」
加納さんがそんなこと言い出すなんて意外だったので理由を聞いてしまった。
今の話を聞かなくてもポケットモンスターという僕たちの年頃ではほとんど男しかしないようなゲームを加納さんがやるということでさえ意外なのだ。軽く楽しんでもらえればそれで十分と思っていたが、加納さんは強くなりたい。とそう言った。ポケットモンスターで強くなるには軽々と望めるものではなく、かなりの時間が必要で簡単ではない。そんな覚悟が彼女にあるのだろうか。
「あたしってさ、実は元から負けるのが大っ嫌いなんだ。あたしは自分が楽しいって思ってることで負けたくない」
どこまでも真剣な目をして言いきった。そんな加納さんを見て驚き固まってしまった。
「………すごいね。君は」
「や、やっぱり変かな? うん。変だよね。忘れて」
加納さんは誤魔化し笑うが僕は本当にほめていたつもりだった。
「いや、変じゃないよ。本当にすごい」
「そ、そうかな」
ようやく僕の本気が伝わってくれたのか加納さんは少し照れたように髪を撫でた。
素直にすごいなと思う。僕も抱いたことがあるその願い。初めてポケモンというゲームに触れたことから思い続けていたことを口に出す機会などなかった。
何事にも上達するにはその願いを口に出す必要がある。そうどこかで聞いたことがある。それは加納さんみたいな口に出す勇気のある人が強くなっていくからなのだろう。
だったら今でも僕はついぞ口に出す機会がなかったその願いを今ここで口に出すべきだろう。少しでも強くなるために。
「僕もさ。強くなりたいんだ」
「ん? 聡くんはさ。強いんじゃないの? 健二くんが前言ってたような」
「僕は強くなんかないよ…。たまたま一度だけ勝てただけで」
僕が一度だけ2100という強者だけがいける場所にいけたのは運が良かったとしか思えない。たまたま相性の良いパーティが増え、たまたまそれらとマッチングし、たまたま勝てたのだとそう分析している。
その時使ったパーティを最近も使ってみたのだがまるで勝てなかったから間違いないだろう。
「そっか。よくわからないけど、大変だったんだね」
「うん」
この一年たくさんの試行錯誤を積んできた。しかし、何度やっても届かなかった。一度、たまたまではあるが届いてしまった場所だからまた自分なら、またたどり着けると過信していた。しかし一年経っても辿り着けないままだ。
何が正しいのかわからないまま必死に戦ってきたが結果が出ない日々を一年間続けてきた。こんな自分を強いだなんて言えるわけがない。
「じゃあさ。一緒に強くなろう」
加納さんはそう言って僕に向かって手を伸ばす。
「一緒に?」
「そう。目的が一緒なら一緒のほうがいいでしょ」
「それはそうだけど…」
たしかに友達と一緒にやったほうがモチベーションを保てたり、話ながらのほうが考えがまとまったりと、いいことが多いのはこの一年半、健二くんとともにやってきたからわかる。
それに加納さんと一緒にいるのは僕にとって嫌じゃなかったから、ありがたくこの誘いを受けさせてもらおう。
「いいよ、わかった。協力するよ」
「やった!」
僕は頷くと、加納さんはそう言って喜んだ。
「それで、僕は何をすればいいの?」
「えっとさ。サークルを作ろうって思うんだ。ポケモンの」
ポケモンサークルというと聞き覚えがないとは思うが意外と思うかもしれないが本当に全国の大学に存在する。うちの大学にはなかったと思うが、いくつかあった志望大学にはいくつも存在していた。
加納さんがどこで調べたのかわからないがわざわざサークルを作ってまで一体何をする気なのだろう。
「サークル?」
「そう、サークル。そうすればサークルに集まるようになれば毎週教えてくれるでしょ?」
「でも…メンバー集まるかな」
たしかサークルを作るにはメンバーが四人ほど必要だったはずである。それを満たせるかが一番の問題だと思う。ポケットモンスターをやっている人間の知り合いはそんなに多くない。僕の知り合いはせいぜい健二くんくらいでそれ以外はあまり知らなかった。
「それは大丈夫。たしか四人いればいいはずだよね。まずあたしと聡くんで二人。後、聡くんの友達の葛葉健二くんで三人」
「勝手に健二くんを人数に入れちゃったよ…」
「そこは友達である君の腕の見せ所でしょ! あたしはもう一人連れて来られる当てがあるからさ」
「えー」
僕は嫌そうな顔をして抗議する。どうせ無駄だとは何となくわかってはいるが一応抗議だけはしてみないと始まらない。
「じゃあ、一つお詫びに何でも言うこと聞くって言ったじゃない。もしも健二くんを誘うことができたらそれをここで使ってもいいから」
「………わかったよ。やるだけやってみる」
何をやらされるかわからないと思っていた何でも言うことを聞く権をこんなところで使ってもらえるなら何とか説得してみることにした。
健二くん嫌がるかな…。うまく説明できればいいけど。
「楽しみだね」
加納さんはにへらっと笑う。その本当に嬉しそうな笑顔を見ていると僕もつられてふふっと笑ってしまう。
この楽しくて、緊張の連続の時間はもう少し長く続いていくのだ。そう思うと僕たちのサークルの結成が少しだけ楽しみだった。