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葛葉健二①

 熱い。

 極限まで考え続けた脳が知恵熱とまではいかないまでも、ものすごい量の熱を帯び、悲鳴を上げているのが自分でもわかる。

 しかし、考え続ける。

 深く。深く。相手の思考を上回るまで。この場面の正解を見つけ出すまで。

 あまりの熱と疲労で脳が悲鳴を上げているのを感じながらも無視し、考え続ける。

 ここで勝つことができれば念願のレート2000を達成できるのだ。

 画面の中では俺のポケモンであるボーマンダを繰り出し、相手のポケモンであるグライオンはハサミギロチンを打ってきた。


「避けろ!」


 今は夜十一時を回っており、こんな大声を出してはいけない場所であることはわかっている。けれど、ついこんなに大きな声を出し、あまりの緊張からか目を瞑ってしまう。

 レート2000。

 それは強者と呼ばれる限られたものだけがたどり着ける場所。一年以上かけて培った経験と一ヶ月近くの準備を重ね、ここで勝てばというところまで辿り着いた。ここで負けるわけにはいかない中でハサミギロチンという技を打たれたのだ。

 ハサミギロチンとは一撃必殺技という技三割の確率で相手がどんな耐久を持っていたとしても一撃で倒すことのできる技だ。

 今までの準備を三割の確率でやられたくない。願い続けながら恐る恐る目を開けると、

「よし!」

 無事三割を引かずには済んだのでそんな声を上げる。このままうまくやれば勝ちをつかむことができるはずだ。

 そう確信し一瞬油断してしまったのだ。それが命取りだった。


 釣り交換。


 相手に負担をかけつつ交換を繰り返していくのが安定的な行動といえるポケモンバトルにおいて相手の行動を読み切らないと行えない交換だ。

 油断してしまったのを一瞬のうちに読まれて俺は窮地に追い込まれた。


「クソッ」


 俺は舌打ちを打ちながらそうつぶやく。

 まずい。まずい。まずい。

「怯まないで…くれよ?」

 あくのはどうは二割の確率で怯むという効果があり一ターンの間行動できなくなる。ここさえ乗り越えてくれればまだ勝機はある。あとはそれを祈るしかない。

 ただ現実は非情で…。

 ボーマンダはひるんで動けない。

 そうDSに表示された。

「ああ…」

 全てに落胆したような声を出し力なくベッドに倒れこんだ。

 もう抗う術はなく全てのポケモンが倒されていき、最後にWINと相手のトレーナーネームが表示され、そのトレーナーネームを睨めつけ舌打ちをうつ。


「クソ女!いつか絶対リベンジしてやるからな」


 俺が負けた相手は『カナ』。

 ネット上では有名な最強の女ポケモンプレイヤーの名前だった。


* * *


 ジリリリリリリリリリリリリリリ!!!


 けたたましく朝七時の目覚まし時計の音が鳴り響く。

 体が重い。

 寝坊しないようにとできるだけ大きな音の目覚まし時計を買った過去の自分を恨みながら、重い体をなんとか持ち上げ目覚ましを止めた。

 今日はいつも以上に起きるのが面倒だ。その理由はなんであったかと、昨夜、いやもう朝だったかもしれない寝る前のことを思い出すと自然と答えが出た。


「昨日あの後めっちゃレートを溶かしたんだよな…」


 2000目前に迫った試合で『カナ』に負けた後もすぐ潜り直した結果、盛大に負け続けるがやめる気にもならず続けた結果、最後に時計を見た時が四時過ぎだったから実際に寝たのが五時前だっただろうか。三時間も寝てない計算になり、眠気が襲ってくるのも納得だ。


「死にたい…」


 一か月以上そのレートを上げるためにそれなりの時間をポケモンに費やしてきた。その成果がたった一晩で消えてなくなった。死にたくもなる。

 体の重さに身を任せベッドに倒れこみ、眠気にあらがう気分にもなれず、気がつけば眠っていた。


   * * *


「お兄ちゃん起きて! 遅刻するよ」


 そんな耳元で叫ぶ大きな声に無理やり叩き起こされた。


「美香か……お兄ちゃん眠いからな……起こさないでくれ……」


 美香は今度五歳になる俺の妹だ。

 母親が起こしてもいいらしいのだが、お兄ちゃんを起こす係はあたしがやるのーと言ってきかないらしい。

 妹に起こされたいようにそれなりに大きな音のでる目覚まし時計を買っただが今日はさすがに起きることができなかった。


「だめー!」


 美香は叫ぶと、助走をつけベッドににダイブする。美香は宙に舞い俺の体にバスっと音が鳴り、墜落する。


「い、痛い……」


 朝の寝ぼけた体に5歳児とはいえ1人分の体が衝突した。唐突だったということも相まって割と普通に痛い。


「起きて! 起きてよ!」


 美香はそういいなから俺の上で布団をばんばん叩き、俺の上を転がり回っている。


「わかった……。わかったから起きるって」


 たまらず体を起こす。


「ご飯食べるよー!」


 今度はそう言ってベッドから飛び降り、走って俺の部屋から出ていく。


「蹴っ飛ばして行きやがった……」


 美香が飛び降りるときに俺の足を思いっきり蹴飛ばして左足が痛い。それにあまりのうるささに少し目が覚めてしまった。

 仕方なくベッドから出て立ち上がり、部屋から出ることにした。


   * * *


 朝食を無理矢理詰め込み、家を出て大学へと向かおうとドアを開け、自転車置き場から自転車を引きずり出し大学へと向かう道を走り出す。あまりの眠気でふらつくができる限り飛ばす。二度寝したせいで一限の授業が迫っているのだ。

 今思えば一限があるにも関わらず、あの時間に寝たのは間違いなく失敗だった。


「はあッ…!はあッ…!」


 そんな息切れを漏らしながら懸命に漕ぐ。その結果普段なら三十分かかる道を二十分ほどの時間で到着することができた。

 なんとか間に合い教室に飛び込むと、近くの席にふらつきながら移動し座ると同時に突っ伏す。


「おはよう。健二くん」


「聡か」


 声だけで判断できるくらいには聞きなれた声に机に突っ伏したまま返事をする。

 この男は佐倉聡。俺と同じ学科で唯一のポケモン友達だ。見た目は少し目が細いが顔立ちはいたって普通。ただ俺と同じで最初からゲームを趣味にしていたせいか、何となく気が合った。

 その時に俺がポケモンを勧め、楽しさを語ると、聡もポケモンを共に始めだした。暇な時間は大体聡とポケモンの話で盛り上がったりしている。


「めちゃくちゃ眠そうだね? どうしたの?」


「いや、昨日な…」


 俺は無理やり顔を上げ、昨日2000に挑戦した結果トレーナーネーム『カナ』に負け、そこから負け続けレート1700まで落ち、三時間程しか寝てない話をざっくりとまとめて話した。


「へー! 2000チャレまで行ったんだ! 初めてだったよね?」


 聡は少し驚いたようになってから喜び笑う。

 あと一回勝てばレート2000という状況を2000チャレンジ訳して2000チャレとよんだりする。

 いくら負けたとはいえそこまで行けたこと自体は素直に喜ぶべきだろう。眠気でひきつった顔を無理矢理に笑顔に作り出した。


「はは、そうだな。ま、負けちまったけどな」


「まだ時間はあるし続けとけば2000にものれるでしょ」


「そうだな。お前に追いつかないといけないし」


 佐倉聡は俺の勧めでポケットモンスターを始めた。つまり本格的にポケモンバトルを始めたのは大学一年になってからだ。そこから聡は半年ほどで俺をあっという間に追い抜き、レート2000に到達し、そこから四ヶ月後には強者の中で更に勝ち続けなければならないレート2100に到達した。まさに才能の塊である。


「そんなことないよ。2100にのれたのだってたまたま運が良かっただけだし、現に一年近く2100にのれてないし、今期も全然勝ててないし、2000にかすりもしてないしさ。正直焦るよ」


「まあその内なんとかなるだろ」


「健二くんはもう2000チャレまでいってるんだし、僕も頑張らないと」


「すぐに越される気もするけどな。まあでも今期くらいは勝ちたかったし、昨日2000のせておきたかったな。ああ、あのクソ女マジで許さん…」


「女? あー『カナ』さんのことか。でもカナさんってほんとに女なの?」


「ああ、一度オフ会に参加したことがあったことらしいが超絶美人だったらしいぞ。まあ噂だけどな」


 俺は頷きながら答える。

 オフ会とはSNS等で知り合ったポケモン好きがオフつまり現実で集まり、対戦したり、遊んだりするが、主に非公式ではあるが、ポケモンバトルの大会が行われていることが多い。そこに『カナ』は一度現れ、その大会ではあまりの強さで優勝したらしい。それは話題に上がらないはずがない。


「へー、美人でポケモンやってる人なんているんだね」


 聡が呟くと彼の後ろから迫ってくる人影が見えた。その人はそっと聡の肩に手をおき、顔を出した。


「なになに、なんの話?」


 そう訪ねてきたのは加納はるか、うちの学科で一二を争う可愛いと評判の女の子だ。たしかに整った顔立ちをしており、あははと快活に笑う姿は可愛らしい。

 俺はあまり教室で話しかけられることなどないのですこし驚いていた。


「え、えーっといつものポケモンの話だけど?」


 そう聡が震える声で返した。女の子に突然話しかけられて震え声になってしまうのはとてもわかる。俺ももし同じ状況だったら同じように返してしまっていただろう。


「ん? 美人がどーとか聞こえたけどポケモンの話なの?」


「う、うん。そうだけど」


「ほんとかな?」


 加納はるかはこちらを見て俺に確認を取りたいのかこちらを見る。聡は捨てられた子犬のようなウルウルとした目でこちらを見ている。

 可哀そうな聡をかばってやるか。


「ああ、本当だよ。それより、加納さんと聡って仲良いのか? なんか距離が近い気がするんだけど」


 単純にそう思ったので聞いてみる。まあ加納さんほどのリア充には普通の話かも知れない。

 いや本当にリア充の女子ってパーソナルスペースが狭かったりするから困る。聡が勘違いしてうっかり勘違いして惚れてしまったらあまりにもかわいそうだ。


「え? ああ近かった? あはは」


 加納さんはそういいながら近かったのに気づいてなかったのか、さっと聡の隣から離れる。


「仲がいいとかじゃないんだけど、昨日僕が加納さんにポケモン教えてあげたんだ」


「ポケモンを? 加納さんに??」


「うん。そうだよ」


 加納さんがポケモンを始めるとは意外だ。基本的に女の人でポケモンをしている人は少ない。まあどのゲームでも少ないので当たり前かも知れない。

 聡が加納さんに話したとするのならばおそらくレートの話もしたのだろう。だとすると、加納さんもレートを始めたりするのだろうか。とも考えてみたが、まあありえないだろう。

 まず女の子がレートに潜っているという事実がありえない。「カナ」のようにレートに潜っている女となると本当に少なく、そんな中結果を出し続ける「カナ」は畏怖されているのだ。


「カセットとかは持ってるのか?」


「うん、持ってるよ。それで質問なんだけどさ。さっきレート2000とか2100とか言ってたけど、あれどういう意味なの?」


「ん? 聞いてたのか?」


「まあ、うん」


「ああ、そういえばそこまで説明してなかったね」


 聡はそう呟き、説明を始めた。


「レーティングバトルではレートっていう数字が表示されてレートは1500から始まって勝てば勝つほど、上がっていくんだ」


「ふむふむ。そのレートが増えてった結果2000とか2100になっていくんだね」


「そうそう、それでレートが2000代になったら全国で五百番以内には入れて充分すごいって言われるラインかな。2100代になると百番以内に入る。プレイ人口が十万人って考えると割とすごい上の方に入るんだ」


 聡が丁寧に説明していくと、加納さんがふむふむと頷く。


「なるほどね。それで聡くんたちはどれくらいなの?」


「えっと、僕は一回だけ2100に行ったことあって」


「俺が昨日あと一回勝てば2000に行ってたところまで初めて行けたからさっきまでその話をしてたんだよ」


「へえ、どっちも強いんだね!」


「聡は普通に強いけど、俺は全然強くないさ」


「ん? でも十分すごいっていえるラインまであと少しまでいったんじゃないの?」


「一応行ったがそこで勝ちきれなかったんだよ…。レート2100ってのはレート2000にいる強者の中を勝ち進んだものだけがたどり着ける場所だからな。難易度が段違いなんだよ。現に聡はこの一年何回も2000を達成しているけど2回目の2100までたどり着いてない。一度も2000にいっていない俺と聡では段違いの差があるんだ」


「ふーん。聡くんって強かったんだね」


「えっと、そうでもないよ。僕よりもっと強い人なんていくらでもいるし…。健二くんだって運が良くないだけでそんな実力の差はないと思うんだけどなあ」


「はは、レートが証明してるだろ」


 力なく笑って答える。

 ポケットモンスターというゲームは強さの基準が割と曖昧だ。パーティにも相性があって単純な勝敗だけでは強さの基準は測れない。だからこそレートという様々な構築が存在し、何度も対戦する場でどれくらい勝つことができたか、それが強さの基準になっているのだ。

 その自分が行くことのできたレート最高の値は最高レートと言われており、最高レートの数字はそのまま才能の差として見られる。

 だからこそ、最高レートの差ははっきりと才能のあるなしという現実を突きつけてくる。

 そんな話をしていると、突然、キーンコーンカーンコーンとおきまりの講義開始のチャイムが鳴り響き、教授が教室の中に入ってきた。


「じゃあな」


 そう言って聡や加納さんが自分の席に帰るように促し、帰っていくのを確認すると、大きなあくびが出た。

 眠い。

 二、三時間じゃ睡眠時間はまるで足りてないし、あとで聡にノートを見せて貰えばいいだろう。

 そこまで考えてから、またうつ伏せになり俺は深い眠りに落ちた。

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