才能①
俺、葛葉健二が真剣にポケモンバトルを始めたのは17歳の時だ。
始めた理由は単純で、小学生の時にやっていたポケモンに奥深い要素があるとネットで目にして、少し興味をもった。それだけだ。
そんな興味本位で始めたポケモンだったが俺はのめりこむことになる。
その真剣勝負の中での駆け引き、その駆け引きの中での緊張感に魅了されたからだ。
特にその駆け引きに勝利し、遠くネットの先のプレイヤーの考えを読み切れたと感じた時がとても楽しかった。
楽しかったから強くなりたかった。
強くなってもっとポケモンを楽しみたかった。
そんな風に無邪気に思っていた時もあったけれど。
自分に才能がないということに気づいてしまうのにそう時間はかからなかった。
* * *
エアコンの風がゴーと鳴り響き、熱のこもった俺の体を優しく冷やした。
少し前に梅雨は明け、いよいよ夏真っ盛りと実感させられる凶悪な暑さが世間を襲いつつある。
けれど、このサークル棟109号室は大した広さではないのにエアコンがついているおかげで、この部屋にいる間だけは夏の暑さを忘れることができた。
そのせいでこの部屋から出ることが億劫にすらなりつつあり、おそらく他のサークルメンバーもそうなのだろう。連日のようにほぼ全員が顔を出していた。
今日はサークルメンバーのうち二人が揃っている。今は彼方と二人きりという状況だ。まあ彼方を女というより、都合のいい喧嘩相手と思っているので意識したりはしない。
たしか後の二人、加納さんと聡はこの時間授業が入っていると言っていたので、終わってから来ると思う。
後一週間ほどで最終日ということもあり、俺と彼方はそれぞれ自分自身の対戦に集中している。
ポケモン対戦だけかはわからないが、真剣にこのゲームをやっているとすごく疲れる。考えれば考えるほど、脳に熱がこもっていくのが分かりエアコンのありがたさを感じた。
そんなことを考えていると、対戦相手が見つかり、俺はポケモンに集中し出した。
相手のパーティ
ボーマンダ、ギルガルド、ランドロス、ボルトロス、ポリゴン2、カプ・レヒレ
俺のパーティ
カバルドン、ボーマンダ、ギルガルド、ゲッコウガ、カプ・コケコ、ミミッキュ
そんな画面を見ながら、必死に考えていくがなかなか選出が纏らない。
一応カバルドン、ボーマンダ、カプ・コケコと候補を挙げてみたものの正直この選出じゃ勝てる気がしなかった。
途方に暮れて彼方を見ると、昨日加納さんが持ってきてくれたお菓子をモグモグと頬張りながら暇そうにしているのを見ると、俺はいつも通り師匠に聞いてみることにした。
「なあ、彼方。この選出どう思う?」
「へ、……そうね」
俺はDSを見せると彼方はじーっと選出画面をみて真剣に考えている。
「わたしだったらミミッキュ、ボーマンダ、ギルガルドってするわね」
「なるほど、ミミッキュか」
ミミッキュを試し始めてからまだそれほど時間が立ってないので発想が思い浮かばなかった。
俺は今までの選出を取り消し、彼方の言う通りミミッキュ、ボーマンダ、ギルガルドと選出した。
「ちょっと? わたしならそうするって言っただけで確証はないわよ?」
「ああ、それよりお前の対戦もう始まってるぞ」
彼方は対戦相手を探している最中だったらしいのだが、俺の画面に集中し続けるあまり、自分の画面を見ていなかったらしく、彼方のDSはすでに選出画面になっており、いくらか時間がたっていた。
選出にも制限時間がある。それをオーバーすると自動的に対戦が進んでしまうのだ。
選出はポケットモンスターにおいて最も大切な要素で、それをミスすると簡単に負けてしまう。
制限時間のオーバーは負けに直結するといえるだろう。
「え、あっ!ちょっと」
彼方は慌てて自分のDSに集中し出す。そんな彼方を横目にみながら俺も自分の対戦に集中することにした。
彼方に教えてもらった対戦は順当に勝利することができ、安堵する。ちらっと彼方をみると、俺をキッと睨んでいた。
「なんだよ」
「あなたのせいで負けそうになったじゃない。何とか勝てたけれど」
「なんだ、勝てたからいいじゃないか。それに教えてくれるって約束したじゃないか。師匠?」
「だから師匠とかは嫌って言ったじゃない」
「そうだったか?」
そう呟き、二週間前のことを思い出してみる。
二週間前といえば、丁度俺がトーナメントでたまたまではあるが優勝したとき、
『俺の師匠になってくれないか』
そうやって彼方に必死になって頼んだ。しかし、よく考えてみれば、
『へ? 嫌よそんなの』
と素で断れたのを思い出した。けれど、
『師匠とかは嫌だけど…。そうね。たまにアドバイスくらいはしてもいいわ』
たしかその程度は引き受けてもらったはずだ。
「ポケモン教えてくれるとはいったじゃないか」
「アドバイスをするとは言ったけれど、師匠になるとは言ってないしそこまで一生懸命教えたりなんかは
しないわよ」
「そんなこと言わずにさ。頼むよ」
俺には彼方しか頼れる人はいないのだ。けれど、彼方は「ふんっ」と顔を逸らす。
「嫌よ。わたしが集中できないじゃない」
「お、マッチングした。これはどう選出すればいいと思う?」
「えーっとね。カプ・コケコ、ボーマンダ、ギルガルドかな」
「おー、なるほどなー」
「って何教えてんのわたし…」
「じゃあ今後もよろしく頼むな」
「ち、違うのよ!こうなんかマッチング画面を見たら反射的に考えてしまっただけで別に教えるつもりはないんだから!」
「じゃあ、その反射をこれからも利用させてもらおうかな」
「うう…、もういい帰る」
彼方は荷物をまとめ出した。
流石に教えてもらっているのを帰らせてしまうほど嫌だったと思うと、さすがに悪いことをしたと感じた。
「あー、なんかごめんな」
「わたしは勉強しに帰るだけだから気にしなくていいわよ」
「勉強? まだテストまで時間あるじゃないか」
「うるさいわね。わたしは真面目だから今から勉強してるの」
「な、なるほど」
俺が頷くと彼方は「ふんっ」と言いながら立ち上がり帰ろうと、ドアに向かっていく。
彼方が早足で帰っていくのを見送っていると、ふとその足が止まった。
「さようなら」
一瞬、誰が言ったのかと少し混乱した。
見渡す意味もなく周りには俺と彼方しかいない。
「あ、ああ。じゃあな」
なんとかそうやって返すと、彼方はガタガタと扉を開き帰っていく。
そんな様子を眺めながら、俺は少しの間だけ惚けていた。
彼方と初めて会った時から、散々憎まれ口を叩き会っていたのに時間の流れというものは何だかんだで人との付き合いも慣れていくものだ。
彼方と初めて会ったのは二週間前のことなのに、何だか妙に懐かしい。
初めてあった時はあんなに喧嘩していたのに、今では少し丸くなったような気がする。二週間も一緒にいれば慣れてくる。やはり時間の流れというのはなんだかんだでなんでも慣れるのだろうか。