冒険 三日目
僕は、数日前まで家でゴロゴロしていて、幸せな生活を送っていた。なのに今は、どこか分らないところに捨てられ、もしゴロゴロしていたら自転車や自動車に轢かれてしまう。ここは、とても寒い。お腹も空いている。食べ物がないかと毎日探し歩いている。でも、見つかりやしない。ここ最近、“誰か拾ってくれないかな”と思うようになった。だけど、拾ってくれるはずがない。だって、僕は、かわいくもないし、きたないし、誰が拾おうと思うものか。それに加え、僕には、しっぽが無いんだから――――。
なぜ、しっぽを失ったのかは鮮明には覚えていない。でも、人間に傷つけられたことはかすかに覚えている。そのときは、とても痛く、つらかった。だから、そいつを噛みついたり、バリかいたりした。僕には、そのあとの記憶がない。気づいたら、森に囲まれた町の民家の前にいた。そこは、小川のせせらぎが聞こえ、鳥も鳴いていた。だが、どこに行けばよいのか分からなかった。そんなとき、ある家族がこちらに向かって歩いてきた。少し怖くなった。僕は、逃げようとした。そのとき、「待って」と言う声が聞こえた。僕が振り向くと、女の子が「やっぱ、かわいいね。」と言った。そのとき、後ろから僕のお腹に手が当たった。僕は驚いた。なぜなら僕を持ち上げてくれたからだ。僕をおろすと、その家族は、僕がいた民家に入っていった…。
持ち上げられるなんて一度も考えた事がなかった。僕は、人間に傷つけられた。だから、人間が嫌いだ。だけど、この家族は、“優しい”。だから、今、恨んでいるのは、人間じゃない、僕を傷つけた“あの人“を恨んでいる。だって、こんな姿になったのも”あの人“のせいなんだ。探し出して猫パンチでもくらわしてやる、そう思った。
僕は、かわいがってくれる人をばりかいたこともあった。だから、捨てられたのか。いや、醜いから捨てられたのか。だけれど、今はまったく分からない、分かりたくない。“あの人”を探すまでは…。
こうして、ただ一匹の猫の旅は始まるのであった―――。
冒険一日目
僕は、小川の近くを歩いてた。そのときだった。人が歩いてきた。怖くなった。足がすくんだ。逃げられない。”怖くない”そう思っていたのに。人が鬼のように見えてしまう。人間は僕を見てなんかくれない。足も止めてくれない。見てくれたった見てないようなふりをして無視さえもする。笑ってくることだってあるんだ。だから、嫌いだ、人間が。あのとき抱いた気持ちは、どこへ行ったのか。僕にはわからない。誰にも分らない。神さえも知らないだろう。
歩いてきた人間は、僕を通り過ぎた。何かしゃべりながら、僕を見ながら、笑っていた…。僕は、悲しくなった。どうせ僕のことをしゃべっていたんだ。僕が醜いから笑ったんだ。僕は、人間がいないであろう山へと向かっていった。
その山には、小川が流れ、小鳥のさえずり、風の音が聞こえた。心が少し落ち着いた。小川の水を飲み、奥へ奥へと歩き出した。十分は経っただろうか、もう歩けない。お腹が空いた。二日間は何も食べていない。小川で水は飲んだが、お腹を満たすことはできない。もう僕は死んでしまうのかとそう思った。その時であった。以前、嗅いだことがある僕の好きな匂いが漂ってきた。“怖い”という気持ちを抑え、“生きたい”という気持ちだけで、僕は匂いのする方へと、歩き出した。しばらく歩くと、そこには、焼き魚があった。食べようと近づく、しかし、足が動かない。もし、人間が来たらどうしよう…、他の猫が来たら…、という気持ちが僕を止めた。“でも、生きるためには食べることが必要である。でも、足は動かない。そのとき、足音が、聞こえた。”逃げなきゃ、逃げなきゃ“そう思っても、足が動かない。逃げたくても逃げられない。誰か僕を助けてほしい。そんな気持ちを森の奥へと放った。しかし、誰も助けてくれるはずがない。すると、誰かに頭を触られた感じがした。振り向くとおじさんがいた。あったこともないはずなのに、なつかしさを感じた。そのとき、僕の足は宙に浮いた。おじさんが僕を持ち上げてくれたんだ。そして、おじさんはこう言ってくれたんだ。
「君、かわいいね。おじさん飼いたいな。でもね、家では猫が買えないんだよ。だからね、この魚食べなよ。」僕の前に魚を置いた。続けてこう言ったんだ。「飼えないけど、君を見捨てることはできないんだ。また、来なよ。待ってるから…。」
あの家族と同じように、「かわいい」と言ってくれた。涙があふれそうになった。このおじさんこそ僕の“大好きな人間”を象徴していた。明日からここに来てあげる、いや、来たい、来なきゃいけないんだ、おじさんのために…。
山を下る途中、僕が入れそうな洞穴を見つけた。僕は、そこで一夜を明かすことにした。また、あのおじさんに会いたい…、そう思いながら眠りについた。
冒険二日目
僕は、まだ日も昇っていないときに、目を覚ました。もうこのころには、本来の目的を忘れていた。今はもう、あの優しい優しいおじさんのことで頭がいっぱいで他の事は考えられなくなってしまった。
僕は、昨日の場所へ向かった。そこにはおじさんが待っていた。手には魚を持っていた。おじさんは、「かわいいね」とやっぱり行ってくれる。もうこのおじさんに対する恐怖心は消えていた。ここには、他の猫は見かけない。僕にとってここは幸せの楽園だった。
僕が魚を食べ始めると、おじさんは、「どんな名前にしようか。」とつぶやいた。僕は、泣きかけた。僕に名前を付けてくれるなんて思わなかった。「じゃ、……タマにしよう」とおじさんは言った。僕は本当にうれしかった。正直どんな名前でもよかった。今思い返せば、“あの家族”は名前なんて付けてくれなかった。“あの人”は傷つけるだけ傷つけておいてかわいがってなんかくれなかった。だから、あいつは、許せない。このおじさんは運命の人だったのかもしれない、僕にとって。
僕は喉が渇いたので、小川に行った。だけど、子供たちが遊んでいて近づくことができなかった。やっぱり人間は怖い。僕は、飲めずにあの場所に戻っていった。もうその場所には、おじさんはいなかった。でも、そこには水が置いてあった。一口、二口と飲んだ。いないはずのおじさんの声が聞こえてきた、“よく飲むね”と。振り返っても、誰もいなかった。一滴残らず飲み干した。これでおじさんも喜んでくれるだろう…。もう“あの家族”“あの人”のことは完全に頭の中から消え去っていた。今は寒くない、山がどんなに寒くても、あのおじさんの温かい気持ちが僕を包んでくれているから……。
そして、僕は、洞穴に戻って、眠りについた。“明日が楽しみだと思いながら…。
僕は、飛ぶようにおじさんの元へと向かった。おじさんは、僕を待っていてくれると思う。どんなに体調をくずしても、温かい目で僕を見守ってくれるはず。人間は、必ずしも“あの人”のような人間ではないんだと分かった。いつものところに着いた。やっぱりおじさんは、僕を待っててくれた。今日のエサは違った、昨日までは、魚だった。でも今日は、カリカリとしたものだ。以前食べたことがある。“あの家族”に飼われていたときに、食べたものだった。少し、“あの家族”のことを思い出してしまった。いやだった。“あの家族”と一緒にいることが。今、“あの家族”を思い出すことが。今はこんなに幸せなのにどうして最悪だったあのときを思い出さなければいけないんだ。僕はそう思った。
僕がエサを食べ始めたとき、おじいさんはこう言った。
「誰が捨てたんだろうね。その人いけないね、ほんとに……。」
この言葉を言われた僕は、消えかかっていた“あの人”のことを思い出した。僕は、“おじさん、さようなら。”そう心の中で言って、捨てられた場所に走って向かった。山を下り、二日前に来た道を戻った。この頃には、もう“あの人”に対する怒りの気持ちなど一切なかった。僕が捨てられたあの場所に戻って、“あの家族”がもう一度、僕を迎えに来るのを待とう。今、走っている目的は、それだけであった。おじさんと僕のことを“かわいい”と言って、かわいがってほしい。しっぽのない僕だけど……。
✻
私は、タマを見守った。山を駆け降りて、どこに行くのだろうか。もしかして…と思うところはいくつもある。私は、確信はしていないが、タマはもしかしたら、あの子なのかもしれないと思っている。しっぽがない…、あの目に、あの耳、とても似ている。あの子が来たときは、私の家族も大喜びだった。あの子は捨ててしまったあの場所で待っているだろうか。どんなに時間が経とうとも…。もし、タマがあの子だったら、私を恨んでいるだろうか。ごめんね、タマ。そう思いながら、タマの走っていった方向を向きながら、「いつでも帰っておいで、エサはいつでも置いておくから。」と叫んでいた。
✻
やっとのことで、僕の捨てられた街に着いた。そして、河川敷に向かった。疲れている。どこか寝るところはないか、と探しているといい穴があった。僕は、そこに入ると、自然と眠りについた。
目が覚めたときには、日は沈み、周りが真っ暗であった。お腹もすいている。でも、あのおじさんのところに戻れば…、でも、戻れない…。僕は、街を見渡した。魚屋はある。でも、そこから盗むわけにはいかない。公園はある。でも、エサは置いてはないだろう。また、おじさんのところに戻れば、と考えてしまう。きっと、おじさんは、僕のことなんて探していないだろう。いなくなってよかったと思っているかもしれない。エサも置いてくれていないだろう。待っていないだろう。そう考えると、つらくなった。明日、戻ろうか、戻らないか、迷っていると、眠たくなって寝てしまった。