冒険 一日目
僕は、小川の近くを歩いてた。そのときだった。人が歩いてきた。怖くなった。足がすくんだ。逃げられない。”怖くない”そう思っていたのに。人が鬼のように見えてしまう。人間は僕を見てなんかくれない。足も止めてくれない。見てくれたった見てないようなふりをして無視さえもする。笑ってくることだってあるんだ。だから、嫌いだ、人間が。あのとき抱いた気持ちは、どこへ行ったのか。僕にはわからない。誰にも分らない。神さえも知らないだろう。
歩いてきた人間は、僕を通り過ぎた。何かしゃべりながら、僕を見ながら、笑っていた…。僕は、悲しくなった。どうせ僕のことをしゃべっていたんだ。僕が醜いから笑ったんだ。僕は、人間がいないであろう山へと向かっていった。
その山には、小川が流れ、小鳥のさえずり、風の音が聞こえた。心が少し落ち着いた。小川の水を飲み、奥へ奥へと歩き出した。十分は経っただろうか、もう歩けない。お腹が空いた。二日間は何も食べていない。小川で水は飲んだが、お腹を満たすことはできない。もう僕は死んでしまうのかとそう思った。その時であった。以前、嗅いだことがある僕の好きな匂いが漂ってきた。“怖い”という気持ちを抑え、“生きたい”という気持ちだけで、僕は匂いのする方へと、歩き出した。しばらく歩くと、そこには、焼き魚があった。食べようと近づく、しかし、足が動かない。もし、人間が来たらどうしよう…、他の猫が来たら…、という気持ちが僕を止めた。“でも、生きるためには食べることが必要である。でも、足は動かない。そのとき、足音が、聞こえた。”逃げなきゃ、逃げなきゃ“そう思っても、足が動かない。逃げたくても逃げられない。誰か僕を助けてほしい。そんな気持ちを森の奥へと放った。しかし、誰も助けてくれるはずがない。すると、誰かに頭を触られた感じがした。振り向くとおじさんがいた。あったこともないはずなのに、なつかしさを感じた。そのとき、僕の足は宙に浮いた。おじさんが僕を持ち上げてくれたんだ。そして、おじさんはこう言ってくれたんだ。
「君、かわいいね。おじさん飼いたいな。でもね、家では猫が買えないんだよ。だからね、この魚食べなよ。」僕の前に魚を置いた。続けてこう言ったんだ。「飼えないけど、君を見捨てることはできないんだ。また、来なよ。待ってるから…。」
あの家族と同じように、「かわいい」と言ってくれた。涙があふれそうになった。このおじさんこそ僕の“大好きな人間”を象徴していた。明日からここに来てあげる、いや、来たい、来なきゃいけないんだ、おじさんのために…。
山を下る途中、僕が入れそうな洞穴を見つけた。僕は、そこで一夜を明かすことにした。また、あのおじさんに会いたい…、そう思いながら眠りについた。