93.冥界ダンジョン
翌朝。
気持ちよく目覚めると、目の前に女の子の顔があってびっくりしてしまいました。
「あ、おはようシア。ふわぁあぁ……」
「おはようございます、フィーダ」
こんなに女子が近くにいたのは生まれて初めてで、ドキドキが収まりません。あ、フローラはノーカウントですよ。
「なんだか今日は肌のノリがいいわ」
「ホントだ……肌に手が張り付くみたいにモチモチだわ。シアのおかげかな?」
「いえいえ」
「なんだよー、女子だけで楽しそうだな。俺も混ぜてくれよー」
「スライはしっし!」「あっちいけー」
スライを追い払ったあと、三人で見つめあって思わず笑みが溢れます。あぁ、チームって本当に素敵ですね。
「よし、じゃあ今日は一気にダンジョンを抜けてゲートまで行くぞ!」
リーダーであるエーデルの宣言を受けて、本日も私たちはダンジョンを突き進みます。
二日目になると余裕が出てきたようで、スライが戦闘中にもかかわらず話しかけてくるようになりました。
「シアちゃんってすごいね、こんなに可愛いのに凄腕の魔法薬師でさ」
可愛い? 私が?
……あぁ、社交辞令というやつですかね。さすがはナンパ師、自然と口説き文句が出てくるようです。
「ありがとうございます。ですが女性はみなさん可愛いのではないですか」
「えーシアちゃんはものっすごくかわいいと思うよ」
「いえいえ、そんなことありませんわ」
素で否定すると、他の皆の動きが一瞬止まりました。
「……もしかして、本気で言ってるのかな?」
「自分が可愛いことに、気づいていない?」
「それがシアのいいところ、みたいな?」
「でもあたし、なんだか心配になっちゃうわ」
えーっと、どういうことですかね。
戸惑う私にフィーダが近寄ってきます。
「ねぇねぇ、シアってどんな人がタイプなの?」
「タイプ?」
アンデッドならば骨系が好きですね、腐らないしカビにくいので。
「もちろん、男性のタイプよ。ちなみにここだけの話だけど、イスメラルダはお兄ちゃんが好きなんだ」
「男性のタイプ……」
えーっと、もしかしてこれは……『恋バナ』というやつでしょうか?
書物で見たことはありますが、実際に経験するのは初めてです。てっきり物語や伝説の中だけの話だと思っていましたが……。
「私はその、男性にはあまり……」
「そっか、だよねー。ちなみにあたしは優しい人がタイプかな? シアちゃんみたいなほんわかした男の人がいたら最高なんだけどねぇ」
えっ?
それって私が好み、ということでしょうか。
「あ、もちろんシアちゃんが男の人だったらってことね? あたしもなんとなく男性って苦手で、お兄ちゃんとスライ以外とは上手く話せないんだよ」
いや、こう見えて私、中身は男的な……?
いやいや、そう言いつつ今の私は女性。しかも淑女です。さすがにフィーダとは……。
「ねぇシアは……お兄ちゃんとかスライみたいなタイプはどう?」
エーデルとスライですか?
アンデッド素体としてはとても興味ありますね。
「どちらも……興味はあります」
「あ、そうなんだ。二人ともいっつも女の人からキャーキャー言われててさ。シアはなんだか二人と距離を置いてるから、そういう感じは無いんだと思ってた」
「男性としては興味ありませんよ?」
「あれ? じゃあ何として興味があるの?」
「素体としてですかね」
「そたい?」
「あ、強い冒険者として興味あるって意味です」
いけません。思わず本音が出てしまいました。
慌てて言い直しますが、フィーダは気にしていないようでした。
「確かに二人とも強いもんね。ここ数年ですごく実力をつけたわ。一つ星だけど、ダンジョンの最奥まで到達したこともあるしね」
「それは凄いですね」
「そう、なのかな? あたしたち、貧困から抜け出したくて冒険者になったんだけど……今では少し目的が変わってきてるんだ」
Sランク冒険者たちの目標……少し興味がありますね。
「あたしたちね、白銀色の天使の力になりたいと思ってるの」
「ぶっ!?」
思わず吹き出してしまいましたが、すぐに咳き込んで誤魔化します。
「けほっ、こほっ」
「シア、大丈夫?」
「すいません、むせてしまって。でも大丈夫です……それで、なんでその──天使さんの力になりたいのですか?」
「あたしたちはね、白銀色の天使に救われてから、彼女へどうやったら恩を返せるのかってずっと考えてたの。同時に、なぜ彼女が無償の治癒を施してたのかってね」
魔力を増強するためですわ。
「それで、出した答えが──彼女はきっと、この世界を救う救世主なんじゃないかって考えに至ったの」
「は、はぁ……」
「だからあたしたちは、この救われた命を彼女のために使いたいって思うようになったんだ」
「な、なるほど……」
「だけど、いくら探しても白銀色の天使は見つからなかった。ある時を境に、従者の獣人と一緒にぱったりと行方不明になってしまったの」
あの時以来レウニールには行ってませんからね。
「ただ……あたしも盲目の時にほんの少し会っただけなんだけど、なんとなくシアに雰囲気が似てる気がするんだ」
それはまぁ、同一人物ですからね。
「だからかな? お兄ちゃんもシアのことすごく気にしてるんだ」
「ほえ?」
「もしシアが嫌じゃなかったら、お兄ちゃんのこと少しは恋愛対象として考えてもらえないかな?」
レンアイタイショウ?
恋愛──対象?
恋愛って何でしたっけ……。
恋と愛……あっ!?
「それは……」
「あー今のはあたしの独り言だから気にしないでね。でもシアがその気になってくれたら、あたし応援しちゃうな。お兄ちゃん朴念仁だけど、幸せにはなって欲しいからさ」
「あの、その……」
「もしその気になったら、その時は教えてね。あ、もしスライがよかったらそれでもいいよ、おすすめはしないけど悪い人じゃないしね。それじゃ、よろしく」
いやー。大変申し訳ありませんが、どちらも恋愛対象として見ることは永遠に無いと思いますよ。
とはいえ、フィーダの話には少し考えるところがあります。
恋愛……それは私がずっと追い求めて手が届かなかったものとして、生まれ変わってからはほとんど意識することはありませんでした。
私の初恋は──エルマーリヤです。
たとえ転生したとしても、その頃から私は本質的には何も変わっていない気がします。
だとしたら、私は──。
「あっ!」
そのときです。
スライとエーデルの側でトラップが同時に作動し、二人が怪我を負ってしまいました。動揺していた私はポーションを使わずに、思わず治癒魔法を発動してしまいます。
「あれ、怪我が──」
これはいけません。
すぐに誤魔化さなければ……。
私は次元指輪からポーションを取り出すと、瓶ごとエーデルとスライに叩きつけます。
「てい!」
パリーン!
「がっ!?」「うっ!?」
よし、これで万事問題ありません。
「あれっ!? いま傷が自然と治ったような……」
「ポーションですわ」
「シアちゃん、なんでポーションの瓶で頭を殴って──」
「緊急事態だったからですわ」
「いや、それほどの怪我では──」
「緊急事態です」
キッパリと言い切ると、二人はそれ以上なにも言いませんでした。
ふー、なんとか誤魔化せたみたいですね。危ないところでした。
◇
「ここだ」
やがて行き止まりにたどり着きます。
たしかに魔力の淀みが見えますから、ゲートが存在しているようです。しかし鑑定眼も持ってない人がよくこのゲートを見つけましたね。
「えらく荒れてるゲートだな」
「未管理のゲートだからね。念には念を入れて、皆の全身を魔力で厚めにコーティングしとくわね」
「あぁ、ゲートで体を引きちぎられたりしたらたまらんからな」
ゲートで体が引きちぎられるというのは、ゲートを越える時にちゃんと魔力を通さないと起こる事故です。
管理されているゲートでは、管理者が魔力を通して安定させていますが、未管理のゲートだとそうはいきません。
ですが、私には鑑定眼があります。これまでもゲート通過で問題が起こったことはありません。
どんなに不安定なゲートでも、私にとっては静かな水面に飛び込むようなものです。
「よかったら私が安定させましょうか?」
「えっ? シアは魔法が使えないんじゃなかったの?」
「魔法は使えませんが、魔力コントロールは得意な方なのですよ。ポーションを作るのと同じ要領です」
ウソですけどね。
とはいえ、こんなところで彼らに無駄死にしてもらっても困るので、魔力を通してゲートを安定させます。
「……すごい、あっという間にゲートが落ち着いたわ。魔法陣も刻んでないのに、魔術師並みの魔力コントロール……すごいわね」
「すべてはポーションの賜物ですわ」
ウソですけどね。
ゲートを安定させた後、エーデルを先頭にゲートを潜り抜けていきます。
たどり着いたのは──雪と氷に覆われた一面の真っ白な銀世界。ウラニール山脈の最奥にある【白天の神座】アズラ・アイラ。その中腹にある地点。
なるほど、こんなところにゲートがあったのですか。それにしてもアズラ・アイラの勇姿を見るのも久しぶりですね。しばし絶景に見惚れますが、すぐに冷気が襲い掛かってきます。
「寒いね、アタシは風を操って冷気を遮断するわ──《風流循環》」
「支援魔法で温めるわね──《体温上昇》」
「よし、準備できたな。それじゃあ行こう。あっちに──『冥界ダンジョン』がある」
イスメラルダとフィーダの魔法でなんとか極寒の地でも耐えれる状況になったところで、エーデルが先導して私たちは雪と氷で埋め尽くされた道なき道を進んでいきます。
スライが氷割などに注意しながら半日ほど進むと──いよいよ見覚えのある懐かしい風景が目に映ってきました。
「あった。ここだ……ここが、【奈落】の居城──『冥界ダンジョン』だ」
師匠の拠点である『冥界ダンジョン』は、見た目はただの風穴か何かのように見えます。ですが、一歩中に入ると巨大な門が鎮座していることから、そこにダンジョンが存在していることにすぐに気づかされます。
存在そのものがダンジョンへの入り口となっている大きな扉を潜り抜けると、目に飛び込んできたのは──どこまでも深く続く階段。
壁に備え付けられた魔法道具に火が灯り、柔らかに照らし出します。それはまるで、地の底へと誘うかのよう──。
ここに来るのはどれくらいぶりですかね。恐らくは──30年ぶりくらいになるでしょうか。
ただ、あの頃のように清掃されている感じは受けません。
そもそも門番代わりにいた二体のスケルトン・ソードマスター、ムサシとコジロウはどこに行ったのでしょうか?
「……動くものの気配はないな」
「ああ、だが慎重に奥に進もう」
数百段はある階段を下り、細長い通路をさらに奥へと進むと──綺麗な宮殿のような場所にたどり着きました。かつての私が10年近くを過ごした懐かしい場所です。
ところが──宮殿にはかつてのような活気はありませんでした。
あの頃、生者は私しかいませんでしたが、師匠が操っていたアンデッドたちが数多く徘徊していました。
ですが今はしんと静まり返り、大量のスケルトンたちを統括していたグレイトスピリットのアイズワンや、侵入者を撃退する役目を負っていたデュラハンのジェヴォーダンの姿さえも見えません。
いったい……なにがあったのでしょうか?
「おい、いたぞ!」
しばらく茫然としていると、宮殿の最奥を探索していたエーデルの声が聞こえてきました。乱れる呼吸を必死に整えながらエーデルのもとに向かうと、そこにいたのは──。
「……」
見間違えようもありません。
かつての私の師匠であった【奈落】が、あの頃と同じように──玉座に鎮座していました。
──アンデッドとしての機能を完全に停止した状態で。
 




