92.針山地獄
さて、やってきましたエクストラ・ダンジョン『針山地獄』は、その名に恥じず様々な仕掛けが数多く存在する場所でした。
一歩歩くごとに発動する致命的な罠──四方八方から針や鉄球が襲いかかり、あちこちで爆発が起こります。その隙をついて襲いかかってくる、全身針づくしのネズミやクマやトラなどのモンスターたち。
私一人であればスケルトンを大量発生させて壁にして強引に突破するのですが、生身の人間であればそうもいきません。
ですが──迎え撃つこちらはSランク冒険者。
「じゃあみんな、いくね! 『弾けろ元気っ!──《全能力向上》』」
まずはフィーダが珍しい〝能力向上系″の魔法を使ってメンバーの能力を底上げします。鑑定眼で見る限りだと、おおよそ2倍の身体能力向上効果が見られました。実に効果的ですね。
なるほど、彼らがSランクまで来れたのはフィーダの存在が大きかったのではないでしょうか。
「ふんっ!」
続けてスライが素早い動きで敵を翻弄しながら、魔導銃を連射しています。時折私に向かってウインクを飛ばしてくるのは、何かの合図でしょうか?
魔導銃は──誤解されやすいのですが、あらかじめ魔力をチャージすることで、魔力が無くても使用できます。スライが使っているのも魔力補充タイプのようですが、使用するたびに腕に彫っている魔法陣が発動しているので、恐らくは魔力を上乗せして威力を強化しているのでしょう。
事実、通常であれば子供の遊び道具程度の威力しか持たない魔導銃が、モンスターたちに次々と風穴を空けています。これはたいした破壊力ですね。
「はっ!」
中央でモンスターをバッサバッサと両手剣で切り裂きまくっているのがリーダーのエーデルです。
彼はまさにチームの中心。モンスターも彼に殺到しますが、強化された屈強な肉体と──おそらくは優秀な魔法道具である大剣から放たれる猛烈な剣撃は凄まじく、風圧で私の髪の毛が巻き上がるほどです。
「どれだけ出てこようとアタシの敵じゃないわ! 『切り裂け──《風切刃》』」
そしてトドメは──イスメラルダの風魔法。
本人曰く、風魔術も使えるそうなのですが「燃費が悪いから雑魚相手には使わないわ」とのこと。
ですが威力はかなりのもので、イスメラルダの杖から放たれた魔法が千の刃となってモンスターたちに襲い掛かり、ズタズタに切り刻んでゆきます。
──なるほど、彼らがSランク冒険者というのも肯けますね。
世間的に見て『冒険者』に対する評価は大変低く、『定職につけないものが行く成れの果て』『非正規労働者』『ごろつき』『はきだめ』といったものが多くを占めます。なぜなら正規にダンジョンに潜りたければ、どこかの国家公務員になるかダンジョンを所有する大企業に就職すれば良いわけで、それでも冒険者になってダンジョンに潜る人など、ただの命知らずか正規に就職できない脛に傷がある人たちが行き着く先──『底辺職』だと認識されているからです。
孤児院出身であるエーデルたちも就職にはかなり苦労したそうで、結局お金を稼ぐためには、犯罪を犯すか冒険者になるくらいしか選択肢がなかったそうです。
このように世間からは低い地位で見られがちの冒険者ですが、中には例外もいます。
それが──Sランク冒険者です。
冒険者として実績を積み、駆け出しのFランクからE、D、C、B、Aと昇格していき、かつ大きな実績を残したものだけがSランクの称号を得ることができます。ですがSランクになるためには、ダンジョン保有国家もしくは保有企業の最低3つ以上の組織からの推薦が必要なので、実力だけでなく高い信頼もなければSランクには昇格できません。
それだけの苦労を経てSランク冒険者になったものたちには、相当の栄誉が与えられます。
たとえば国が持つダンジョンへの支援依頼がギルドに来たときの優先斡旋権や、星付きダンジョンに支援で潜った際の一部ドロップアイテムの所有権、ゲートの優先通過権などです。
Sランク冒険者は、貧しい民衆たちにとっての成り上がりの英雄であり、ひとつの目標──あこがれの的なのです。
実際、エーデルたちはそれだけの実力と人となりを兼ね備えていると思います。並みの人間なら即死するようなエクストラダンジョンのトラップやモンスターたちの攻勢をほぼ無傷で突破しているのですから。
なるほど、冒険者ギルドが今回の仕事を『光の翼』に依頼したのもうなずけるというものですね。
「いてっ」
とはいえ、いくら彼らが強いといってもそこらじゅうで発生する爆発や雨のように降り注ぐ針の中では完全に無傷というわけにはいきません。時々ケガを負います。
そして『光の翼』には治癒魔法を使えるものがいません。フィーダの支援魔法で自己治癒能力を高めることはできるようですが、大きなケガには有効ではありません。
──そこで私の出番です。
「はい、ポーションです」
「おぉ、ありがとシアちゃん!」
ケガした傍からポーションをかけて回ります。
気分はお花に水を撒いているような感覚ですね。
「すごい回復力だね……一瞬で治ったよ、ありがとう」
「どういたしまして」
「しかしシアちゃんは怖くないのかい?」
怖い? なにがでしょうか。
あー、スライはちょっと苦手ですね。ぐいぐい寄ってくるので。
「……男の人はちょっと苦手ですね」
「いやいや、今の質問はそういう意味じゃないから!」
「ちょっとスライ、あんたこっち来なさい!」
「イスメラルダ、やめて、違うから! 俺はただ……いたたたたっ!」
多少のケガは負いながらも、一行は順調にダンジョンを探索していきます。
残念ながらたいしたドロップアイテムも手に入りませんでしたが、大きな問題もなく予定より早い時間に今日の目的地点まで到達しました。
「よし、早く着いたけどシアもいるから無理は禁物だ。今夜はここでキャンプを張ろう」
「わかったわ──『簡易結界』」
袋小路になっている場所をきれいに整理して、イスメラルダが結界を張ります。モンスター除けの特殊結界です。
安全な空間が確保されたところで、エーデルが次元指輪ならぬ次元腕輪からテントやテーブル、椅子などを取り出し、スライやフィーダが並べていきます。てきぱきと働く姿に私は何をしていいかわからずおろおろしてしまいました。
「あ、シアはここに座っててね。準備はアタシたちでするからさ」
「は、はぁ……」
私のすぐ横ではイスメラルダがスペースの中間地点にロープを張ると、大きな幕をかけて仕切りを作ります。
「じゃあ男のスペースはそっちね、女子はこっちだよ」
「ええー!?」
文句を言うスライを無視したイスメラルダに引き寄せられて、私は女子用のスペースに入れてもらいました。女子用スペース……なんてすばらしい響きなのでしょうか。
フィーダが用意した簡易な夕食をとったあとは、交代で見張りをしながら休息を取ります。
夜間は念のため交代で見張りにつきますが、その時間以外はゆっくりとくつろぐことができるのです。
今はスライが見張りをしているので、女子メンバーはテントの中で汚れた体をタオルで拭きはじめました。うーん、なんという素晴らしい眺め……。
「キャンプの難点はお風呂に入れないことよねぇ」
「体拭くしかできないもんね」
「でもさぁ、シアってすごくいい匂いするよね」
「え? そ、そうですかね?」
くんくんとイスメラルダに匂いを嗅がれて思わずどきっとしてしまいます。
薄着の女性に匂いを嗅がれるなど、新しい何かに目覚めてしまいそうです……。
「うん、汗っぽくない。ねぇシアはどうしてこんなにいい匂いなの?」
いい匂い、なんですかね?
常時自己治癒発動しているので清潔には保っていますが、そのことを口にするわけにはいかないので適当に理由をでっちあげます。
「それは……ポーションで体を拭っているからではないですかね」
「ポーションで?! えええー!? そんな贅沢な使い方してるの?!」
「ええ……まぁ……自分で作ってますし。よかったら拭って差し上げましょうか?」
「うんうん、お願い!」
私はポーションをタオルに注ぐと、軽く絞ってイスメラルダの体を拭きます。
素肌にダイレクトタッチ……よくフローラにはエステで触っていましたが、やはり10代の若い体は張りが違いますね。思わず興ふ……ゲフンゴフン、気を取り直してこっそりと治癒魔法を注ぎ込みます。
「あれ? あぁ……なにこれ、すごく気持ちいい……」
「そうですか? よかったです」
「あぁん、すごい……クセになっちゃいそう」
「毎日でも拭いて差し上げますよ」
「あー、ほんとに? またお願いしていいかな?」
「ちょっと、イスメラルダだけずるいよー! ねえシア、あたしにもお願い!」
「もちろん良いですよ」
こうして私は合法的に、二人の美女にダイレクトタッチしまくったのでした。
あぁ……なんという天国。これがパーティを組んで冒険するということの醍醐味なのでしょうか。
かつての私はずっとボッチだったので、このような幸せを感じることはありませんでした。
師匠の住処に着くまでの理由として参入しましたが……パーティも悪くないものですね。
……なにかを忘れているような気がするのですが、まぁ思い出さないということはたいしたことではないのでしょう。
では、おやすみなさいませ。
私はフィーダとイスメラルダに挟まれて、幸せな気分のまま眠りについたのでした。




