89.光の翼
彼が私に対して名乗ると、周りが急にざわめき始めます。
「エクスロット、だって?! マジかよ?!」「エクスロットといえば、先日Sランクに昇格した新進気鋭の冒険者チームじゃないか!」「それが何でこんなところに……」「あいつら連邦政府の命を受けて、二つ星ダンジョンの探索をしてたんじゃなかったのか?」
どうやら彼は有名な人物のようですね。しかもSランクということは、かなりの腕前だとわかります。
どれどれ、鑑定眼で調べてみ──。
「エーデル! こんなところにいたのかよ?」
「もう、エーデルってば一人で先にいかないでよねぇ」
「しかもお兄ちゃんってば、女の子に声をかけて……うわっ、可愛い子! もしかしてナンパ?」
ところが調べる前に三人の男女が乱入して、一気に人口密度が増してしまいます。もしかしてエーデルのお仲間でしょうか。
「おぉスライ、イスメラルダ、フィーダ! こっちだこっちだ。この子が例の、噂の子だ」
「例の子ってどっち? 魔法薬師のひと? それとも……いつもお兄ちゃんが言ってる『レウニールの天使』さまのこと?」
レウニールといえば、私が以前荒稼ぎをしていた場所ですね。
もしかして彼らはレウニールの出身なのでしょうか。そういえば見覚えがあるような……。
「違う違う、魔法薬師のほうだよ。そもそもレウニールの天使は白銀色の髪だったじゃないか。彼女は金髪だし」
「だってあたし、そのとき目が見えなかったから知らないもーん。スライとイスメラルダは?」
「俺たちも気絶してたし、見てないんだよ」「うんうん、そうなのよねぇ」
……なんだか嫌な予感がしますね。
実はいまの私は偽名だけではなく変装もしています。といってもネビュラちゃんに頼んで魔法で髪の毛を金色に染めているくらいですが。
ところが彼らは白銀色の髪──すなわち私本来の髪色を知っています。もしかしてレウニール時代の関係者でしょうか? とりあえず鑑定眼で確認してみると、結果は──。
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名前:エーデル・スライバー
称号:『Sランク冒険者』『剛剣王』『ダンジョン最奥到達者(一つ星)』『神撃の機動兵』
保有ギフト:《神威の肉体》
素体ランク:S
適合アンデッド:
ダイダラボッチ(SS)……32%
デュラハン・ナイト(S)……88%
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名前:スライ・スライバー
称号:『Sランク冒険者』『神速忍者』『ダンジョン最奥到達者(一つ星)』『千の技巧者』
保有ギフト:《韋駄天》
素体ランク:A
適合アンデッド:
サイレントアサシン(S)……77%
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名前:イスメラルダ・スライバー
称号:『Sランク冒険者』『風の舞姫』『ダンジョン最奥到達者(一つ星)』『風魔術師』
保有ギフト:《風の精霊の申し子》
素体ランク:A
適合アンデッド:
リッチー(S)……52%
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名前:フィーダ・スライバー
称号:『Sランク冒険者』『支援魔術の支配者』『ダンジョン最奥到達者(一つ星)』『魔眼の乙女』
保有ギフト:《大魔導の威光》、《魔導眼》
素体ランク:S
適合アンデッド:
ノーライフ・クイーン(SS)……71%
リッチー(S)……93%
──
……思い出しました。
彼らは今から7年ほど前に私がレウニールの街で死にかけていたところを治癒した若手冒険者たちではありませんか。
それにしてもこの能力値……素晴らしいですね。たしか7年前はここまでの素質は無かったと思います。
ところがわずか数年でここまで成長するとは──まるで宝石の鉱脈を掘り当てたときのような達成感と高揚感、そして満足感が私の心を満たします。
ですが──いけません。
彼らは私のことを知っています。もし正体がバレてしまったら、瞬く間に私の存在が知れ渡ってしまうかもしれません。
そうなってしまってはわざわざこの地に変装までしてやって来た意味がなくなります。
残念ですが、ここは黙って知らないフリをするしかありませんね。
「……Sランク冒険者、ですか。どうやらあなたがたは有名人のようですね」
「いや、そんなことはないさ。前の仕事も終わったばかりのところでね、休暇がてら優秀な魔法薬師がいるって噂を聞いて来たんだよ」
「なるほど、そうだったのですね。実は今日で魔法薬屋は店じまいをしようと思っていたのですが、わざわざここまで来ていただいたのでしたら、せっかくですので最後に残っているものはお売りしますわ」
「おお、そいつはラッキーだ。これも白銀の天使の思し召しだな」
白銀の天使?
はてそれはなんなのでしょうか。新しい宗教ですかね、もしかしてこの人は危険な人なのでしょうか。
「おお、エーデル! こんなところにいたのか!」
「マスター・ロズランド、お久しぶりですね」
「あんたにSランク依頼が通達されてるぞ、知らなかったのか?」
Sランク依頼?
冒険者ギルドのマスターであるロズランドが言うくらいなので、かなり重要な依頼なのではないでしょうか。
「へー、Sランク依頼なんて珍しいな。いったいどんな依頼なんだい?」
「世界最恐のアンデッド『終わりの四人』のうちの一体、【奈落】が──活動を停止した可能性がある。それを確認しに行って欲しいんだ」
──なんですって?
師匠の【奈落】が……あのボケジジイが機能を停止した?
そんなバカな。
「おいおい、そいつらマジか? だが『冥界ダンジョン』へのルートは極秘なんだろう?」
「そこはギルドが認識しているルートがある。以前たまたま偶然ゲートを見つけた若手冒険者が命からがら逃げ帰って記録したものだ」
どうやら冒険者ギルドは私が知る『冥界ダンジョン』へのルートとは別のものを知っているようです。
まぁ場所自体はここレウニダス連邦のウラニール山脈の奥に存在しているので、別ルートがあったとしても不思議ではありませんが。
「んでもってそのゲート情報を、Bランクチーム『黄金の右腕』のガキどもが、サルーンのギルドの受付嬢を口説いて手に入れてな。無謀にもアタックしたみてぇなんだわ」
「そりゃ命知らずだな。だが……生きて帰ってきた」
「そうだ、しかも──【奈落】の機能停止というとんでもない情報を持って、な」
だからあんたたちに確認してきて欲しい。これは連邦の冒険者ギルドの総意によるSランク依頼だ。とロズランドはエーデルに話しかけていました。
その話を聞いて私は──悩みました。
もし師匠が本当に機能を停止しているのであれば、すぐにでも確認に行きたいです。できれば誰よりも早く。
ですが師匠の住う『冥界ダンジョン』に行くためには、冒険者ギルドが知るルートとは別の──かつての私が個人所有していたゲートから行くしかありません。ですが、そのゲートの場所に着くまでには10日以上はかかります。
一方でギルドが把握しているルートであれば3〜4日で到着するとロズランドは説明しています。
彼らよりも早く……最悪でも同時くらいには到着しなければ。
「でもなぁ……『冥界ダンジョン』はさすがにリスクが高い。腕の良い治癒術師でもいれば別だが」
「うちで抱えてる治癒術師は初級の『治療』くらいしか使えないな。それでいいなら貸すが……」
「いや、出来ればもっと高度な治癒術師が欲しい。たとえば──〝レウニールの天使″みたいな子が」
治癒術師が必要……ですが私の正体を彼らに明かすわけにはいきません。
どうしましょう、困りましたね……。
「またエーデルの悪い癖だよ、天使天使って。あんなレベルの治癒術師がホイホイいるわけないだろう?」
「そうよ、きっと今頃聖女にでもなってるわ。それこそ帝国に出現したという【癒しの聖女】とやらがそうなんじゃない?」
「もう、お兄ちゃんってばいっつもそればっかりね」
そうだ、今の私は魔法薬師。
このポーションを使えば──。
「あのー……」
「ん? どうしたんだいお嬢ちゃん」
スライに声をかけられて、私は意を決して考えていたことを口にします。
「私を──連れて行ってもらえませんか?」
するとエーデルたちは、一斉に目をまんまるにして私のことをガン見したのでした。
◆◇
ここは連邦の中でも南方にある大都市サンナミ。
世界各地と結ぶ三つの長距離ゲートが存在し、連邦の玄関口として、または商業の中核都市として大いに発展している都市である。
その大都市サンナミに、一人の老女が神国からのゲートを潜り抜けてやって来た。
「ふぃぃ、久しぶりの旅は老体に堪えるねぇ」
背筋を伸ばしながら一人グチをこぼしたのは、かつて聖母教会の枢機卿の一人であったスミレ・ライト。
だが彼女がかつて教会トップにいた超重要人物だと気付くものは周りに一人もいない。まるで巡礼者のような服装の老女に気を止めるものなど一人もいなかったのだ。
だが、それこそがスミレが望んだ旅でもあった。
彼女は一人、思うがままに自由な旅を満喫する。
その目的は──。
「さーて、あの子はどこにいるのやら」
彼女は自身の可愛い孫であり、『癒しの聖女』として帝国で揺るがぬ名声を手に入れたユリィシアのことを探して、ここ連邦までやってきたのだ。
これまでのユリィシアの傾向から、孫はきっと今まで訪れたことのない地にいるだろうとスミレは考えていた。
結果選んだのが、ダンジョン群生地であるレオニダス連邦である。
「あの子は……聖母神様の原始のお告げにある『祝福を受けし癒しの乙女』なのか。そいつを確認しないと、あたしゃ満足に死ぬこともできやしない」
聖母教会には、限られた人──たとえば教皇や枢機卿などにのみ伝わる伝承がある。
それは『原典』と呼ばれる書物に記載されている、聖母神が残したとされる予言の一節。聖母教会が『聖女』を担ぐようになった真の理由──すなわち〝聖女の原型″。
『光と闇が極まりしとき、祝福を受けし癒しの乙女と、魔を極めし夢幻の乙女が相見え、天界への扉を開くだろう』
スミレは、ユリィシアこそがこの予言の一節の中にある『祝福を受けし癒しの乙女』ではないのかと考えていたのだ。
だが、確証がない。だからもう一度会って確認したかった。
「もし、ユリィシアが聖母神様の予言の乙女であるならば……」
「こんにちわ」
スミレの思考は、ふいにかけられた声によって中断させられる。
声の主は──10歳くらいに見える少女であった。
最初は物売りかと思ったものの、少女の身なりを見てすぐにスミレは考えを改める。とてもではないが、庶民が着るとは思えない上質な衣服。このことから少女が大規模な商家か王侯貴族の子女であると分かる。
だがなぜそのような少女がこのような街中にいるのか。
なにより驚くべきは──その美貌。
スミレの孫であるユリィシアは、どう控えめに表現しても『絶世の美少女』である。本人にその自覚がないことが恐ろしいのであるが、祖母の贔屓目を差し引いたとしても彼女は突き抜けた美貌の持ち主であった。
だが目の前の少女も、ユリィシアの10歳くらいの頃を彷彿とさせるほどの美少女であったのだ。
「おや、お嬢ちゃん。どうしたんだい?」
だがスミレは努めて冷静に話しかける。一方の美少女は、まるで可憐な花が咲いたかのような魅力的な笑顔を浮かべる。孫の幼い頃を思い出し、思わず微笑むスミレ。
「おばあさん、もしかして人を探していませんか?」
「……おや、分かるのかい?」
「ええ。私であれば、ご希望の人物のもとにご案内できるでしょう……ユリィシア・アルベルトのもとに」
「っ!?」
まさか、なぜこの少女から孫の名前が出てくるのか。
スミレは全身に魔力を走らせ、一気に警戒する。よもや妖魔の類かなにかか。
「そんなに警戒なさらなくても、私は人間ですよ」
「……あんた、なにもんだい?」
「私ですか? 私の名前は──ウルティマ・スーリ・トゥーレ。お気軽にウルティマとお呼びください。私はあなたがここに来るのをお待ちしていました」
トゥーレ、という姓には聞き覚えがある。
たしか連邦のうちの一国、巫女の資質を持つものを多数輩出しているレラトゥーレ国の王家の名字がトゥーレであったはずだ。実際、歴代の聖女の中にも数人トゥーレ家の令嬢がいたことを思い出す。
ということは、この美少女は……なにか予言や未来予知に係るギフトでも持っているのであろうか。
だとすると──。
「……じゃあウルティマ、あんたが何らかの能力を使ってあたしをユリィシアのもとに案内してくれるってのかい?」
「ええ。私がご案内するにあたって、大した条件はありません。私の要求を一つ飲んで頂くだけです」
「あんたはいったいどんなギフトを……」
「それはお答えできません。これは交渉なのです、スミレ・ライト。私はあなたをユリィシア・アルベルトのもとへ導きましょう。その代わり──」
少女は、とても10歳とは思えないような妖艶な笑みを浮かべて、スミレの瞳をじっと見つめる。
「私も一緒に連れて行ってもらえませんか?」




