88.Eランク
冒険者ギルド内にオープンした『魔法薬師シアのポーション屋』。商売は順調で、リリーポーションはすぐに売れるようになりました。
どうやら私には商才もあったようですね。死霊術のみならず商売まで……あぁ私はなんと才能に恵まれてしまったのでしょうか。
とはいえ他人と接するのは苦痛なので今はアミティに接客を丸投げして、ギルドに顔を出してきたウルフェとネビュラちゃんの近況報告を聞いています。
彼らはちゃんと自分のお仕事をこなしているのでしょうか。
「ウルフェはどうですか?」
「俺は街のどぶさらいやゴミの清掃なんかをやってるんですが……今までにない発見ばかりですね。お嬢様もそれが目的で私にこのような仕事をさせているんですよね、さすがです」
何がさすがなのかはわかりませんが、ただウザかったので遠くに離しただけというのは黙っておきましょう。本人は満足しているみたいですし。
「ただ……街の女の子たちがたくさん寄ってきて、ちょっと困っています。一緒に仕事を手伝うとか言われて……さすがにこちらも仕事でしていますのでお断りしていますが、時々タオルやお菓子などの差し入れをしてくれるのです。この街の人たちは優しい人ばかりですね」
いや、それはあなたがイケメンだから特別なのだと思いますわ。どぶさらいをさせてもモテる……だからイケメンは嫌いなのです。こいつには当面いまの仕事を継続させるとしましょう。
「わかりましたわ。それではウルフェはその調子で引き続きがんばってくださいね」
「はっ、お嬢様のおっしゃる通りに!」
「それで、ネビュラちゃんのほうはどうなのです?」
「根絶やしにしない程度に薬草を採取してございますよ」
ネビュラちゃんは死霊術はそこそこの腕前でしかありませんが、こと闇魔法に関しては達人の域に達しています。薬草採取についても『闇の千手』という魔法を使って一度に薬草を数十株採取できるのだとか。
実働1時間未満で、一週間分の薬草を集めることができるなんて、闇魔法と薬草採取は実に相性が良いようですね。まさにその道のプロといえます。
「そうですか……では何か変わった出来事などは?」
「変わった出来事ですか……そういえば昨日、近くで採取していた別の冒険者に口説かれたでございます」
「ぷっ!」
思わず吹き出してしまいます。
ネビュラちゃんが口説かれるとは──実に面白いです。ぜひ私もその場に居合わせたかったですわ。
「それで、どうなさいましたの?」
「どうもこうも、お断りしましたが……」
「なぜ!」
どうして受け入れないのです? そのほうが面白かったのに……。
「お嬢様、絶対楽しんでますよね?」
「お嬢様もそういうものに興味を持つお年頃なのですかね……」
私は面白いことが大好きなだけですよ。
「あのー、お取り込み中のところ悪いんだけど、シアにお客様リュ」
私がウルフェたちと楽しいお話をしていると、ポーション販売をしていたアミティがなにやら微妙な表情でこちらにやってきました。
「私にお客様?」
「うん、ご指名らしいリュ」
はて、どなたでしょうか?
どんな相手か確認してもアミティは教えてくれないので、仕方なく販売ブースのほうに顔を出します。
すると、待ち構えていたのは茶色いサラサラヘアのイケメンでした。
イケメン……私の最も憎むべき存在ではないですか。
「やぁシア、あいかわらず可憐だね」
こんなイケメン、私の知り合いにいたでしょうか。
……うーん、記憶にありませんね。
「あ、あれ? 僕のこと忘れたの? 昨日ポーションを買ったエリックだよ、エリック・マンデラ」
あー、昨日ですか。確かにそんな人がいたような……気がします?
毎日たくさんの人と接しているせいか、まったく覚えていません。というよりも、どうやら私は人の顔を覚えるのが苦手のようです。
……もっともAランク以上のアンデッド適性を持っていたら話は別なんですけどね。
「それで、私に何の御用でしょうか?」
「よかったら君の作ったポーションを全部僕が買いたいんだ。できれば君の人生ごと……」
おぉおぉ! と周りがざわめきます。
確かに、ポーションの買い占めをしようとするのであれば驚くでしょうね。だって一本5000エルを100本買えば50万エルにもなるんですもの。
ですが、私としては彼の申し出は論外です。
なぜなら私のポーションは、使われてこそ意味があるのですから。
使われて、治癒効果を発揮して、私の魔力がアップする。
この一連の流れこそが、私のポーションの真骨頂なのです。
「お断りしますわ」
「へ?」
「そもそも私のポーションは一人一本までです。あなたはまだ私のポーションをお持ちですよね?」
「あ、いやだって使うのがもったいなくて……というか、どうして僕が使ってないのがわかるの?」
「わかりますわ。だって私の作ったポーションなんですもの」
「な……」
「もし新たなポーションが欲しければ、いまお持ちのものを使い切ってからまたご購入ください。あ、もし怪我もしてないのに利用した場合には、次回以降販売しませんので、あしからず」
つい先日も、無傷の状態でポーションを使った人が再購入しに来たのでお断りしたばかりです。だって、治癒されないと販売する意味がないのですからね。
リリーポーションは、ひとり一本まで。転売禁止、不正利用禁止。もし怪我以外で利用した場合は再販禁止。それがルールなのです。
こっそり不正をしようとしても無駄です。蜘蛛の巣のように張り巡らされた私のポーション情報網は、すべてを明らかにしますから。
私の説明を聞いたイケメンは、口をぱくぱくさせたあと、どこかに行ってしまいました。どうやら理解してくれたみたいですね。
周りでは他の冒険者たちが「ひゅーひゅー!」「おおー、女泣かせのエリックが撃沈したぜ!」「いかすぜ、ねーちゃん!」「イケメン、ザマーミロ!」などと騒いでいます。
……一体なんなんでしょうかね。
「お嬢様も口説かれてますね、ぷぷぷ」
なにやらネビュラちゃんが陰でこそこそ笑っていて、なんだかムカつきます。あとでおしおきしないといけませんね。などと考えていると──。
「おう、あんたすげーな! スカッとしたぜ! エリックのやつにはうちとしても手を焼いててな、Bランクだからうかつに手を出せなくて困ってたんだが、これであいつも少しは大人しくなるだろーさ!」
今度はギルドの奥から出てきたヒゲモジャの顔のおじさんが私に話しかけてきました。今日はやたら知らない人から声をかけられる日ですね。
「えーっと、ポーションのご購入ですか?」
「いんや、違う違う。俺はここガスターホルンの冒険者ギルドでギルドマスターをやってるロズランド・バーランダーというもんだ」
ギルドマスター?
「要はここのトップだよ」
「ああ、社長ということですね。お世話になっています」
それで、ガスターホルン冒険者ギルドの社長が私に何の用なのでしょうか。
「あんたすげーポーション作ってるんだってな、周りから評判だぜ。中には致命傷が一瞬で治ったと豪語する奴もいるが……さすがに言い過ぎだろうと思ってるけどな」
ちなみにリリーポーションが使われると、その治療結果が魔力となって私に流れ込んできますので、どの使用者が、大体どの程度の怪我を治癒したのかをすぐに知ることができます。
ですので、実際に致命傷に近い傷を負った人がいて、かつポーションで完治したということも事実として把握しているのですが……面倒なので特に説明はしません。
「まぁうちのギルドとしちゃあ、優秀な魔法薬師は歓迎だ! 特に治癒術師みたいなレアな存在がこんな辺境だと少なくてなぁ」
やはり治癒術師は数が少ないのですね。
魔法薬師として登録しておいて良かったです。下手に治癒術師として活動しようものなら、すぐに目をつけられてしまいますからね。
「助かってるよ。この調子で頼むぜ!」
「ええ、がんばりますわ」
もっとも、Eランクになるまでの間だけですけどね。
◇
私たちが冒険者になって、ついに一月が経過しました。
この間、私が売ったポーションはおよそ500本。余裕でノルマはクリアしているのですが、なんでも最低のFランクは最低でも30日は下積みを行う必要があるそうで、どうしても一月働く必要があったのです。
ですが、そんな日々も今日で終わりです。なぜなら今日からEランクに昇格するのですから。
「これでいよいよダンジョンに潜れますね」
意気揚々とギルドに乗り込んだ私たちは、無事にEランクへの昇格を果たします。
ですが受付嬢のメアリから告げられたのは、残酷な事実でした。
「えーっと、『アンバーリリー』の皆さんはEランクですね。そのランクで潜れるダンジョンは……【ゴブリンダンジョン】【マッドダンジョン】【インセクトダンジョン】の3つとなります」
「は?」
メアリがアタック可能と告げてきたダンジョンは、全て無星のジャンクダンジョン──潜る価値のないものばかりではありませんか。
「どういうことです? ここガスターホルンでは一つ星のダンジョンをギルドが所有していると聞いたのですが……」
普通、星付きのダンジョンともなると国家か大規模貴族、もしくは大商会が管理しており、一般人が立ち入ることは出来ません。
ですがここガスターホルンには、世間でも珍しい『冒険者ギルドが管理している一つ星ダンジョン』があります。
私がガスターホルンを拠点に選んだのは、この一つ星ダンジョンに潜るためなのです。
ところが──。
「ギルドが管理する一つ星ダンジョン『死のロンド』は、極めて危険で死亡率が高いことから、Aランク以上の冒険者にしか探索許可を出していませんよ」
なんてことでしょう。
Eランクでは一つ星ダンジョンに入ることができなかったのです。
しかも探索条件がAランク以上とは……さすがにAランク冒険者は遠すぎます。そんな時間の余裕はありません。
どうしましょうか……他の星付きダンジョンに潜るためには、どこかの国家公務員になるか、大規模商会に就職するしかありません。
仮に就職できたとしても、出てきた魔法道具は大抵没収されてしまいます。それでは私の目的は達成できません。
うーん、困りましたね……。
「なあ、ここにシアって言う魔法薬師がいるって聞いたんだが」
メアリとの交渉をウルフェたちに丸投げして、ひとりで魔法薬屋を開いているテーブル席で考え込んでいると……見覚えのないイケメンに声をかけられました。
見知らぬ方から声をかけられることは魔法薬師になってから格段に増えましたが、今回のはまた別格にイケメンです。しかも爽やか。
「シアは私ですが……えっと、どちら様でしょうか?」
どうせポーション購入の客なのだろうと思いながら名を尋ねると、爽やかイケメンはこの上ない笑顔を浮かべながらこう答えました。
「良かったー、ちゃんと居てくれて! お初にお目にかかる、オレは冒険者チーム『光の翼』のリーダーをやっているエーデル・スライバーというものだ。実は──君のポーションを求めてここまで来たんだ」




