86.魔法薬師
ついに私は15歳になりました。
正確には帝国での戦争中に誕生日を迎えていたのですが、忙しさの中でうやむやになっていたのです。
15歳といえば成人です。
私も立派な大人になってしまいました。大人の女の子です。大人の女……ふふふ。
さて、成人すると様々なメリットデメリットが生まれます。
たとえばメリットとしては、親の庇護を離れ独立することができる……結婚なんかもそうですね、私には縁のない話ですが。
起業したり冒険者ギルドへの入会も成人していないと認められません。成人後見人がいれば別ですが、私のように両親から徹底的に監視されているケースでは不可能でした。
最も不便だったのが、未成年だと管理されているゲートを保護者なしで通ることが出来なかったことです。これが私がこれまで公用ゲートを使えなかった理由ですね。
ですが、成人すればそれら全てが個人で対応できます。ようは──自由を手に入れることが出来るのです。
一方でもちろんデメリットもあります。
特に私が恐れていたのは──成長が頭打ちになってしまうことです。
実はあまり知られていないのですが、魔力の成長などは、成人することで止まると言われています。成人するまでにどれだけ伸ばせるかが大きなポイントとなるのです。
ですから私はこの15年、必死になって魔力を伸ばしてきました。
その甲斐あって現時点でおよそ10万強の魔力を手に入れることができました。これは人間では類を見ない高い数値となります。
ですが──足りません。
私はいつかもう一度『いにしえの大聖女』エルマーリヤと対峙する必要があります。その時のために、最低でも今の4倍……いえ3倍の魔力が必要なのです。
残念ながら成人を迎えてしまった私は、おそらく魔力の成長が頭打ちになってしまう……当初はそう思っていました。
ですが─なぜか、私の魔力成長は打ち止めにはならなかったのです。
理由はわかりませんが、これはチャンスです。
もっともっと魔力を──伸ばさなければ。
そこで私はエルマーリヤが消え去ったあと、ウルフェやネビュラちゃんを連れて逃亡することにしました。
あ、せっかくなのでアミティも連れて行きます。だってクリストルが救済されて落ち込んでいた彼女を放置しておくと、また誰かに掠め取られたりしたらたまったものではありませんからね。
四人となった私たちは城に侵入するときに使った隠しゲートを抜けて城から脱出したあと、こっそりと夜の闇に紛れて帝都をあとにしました。
なぜアナスタシアたちに別れを告げなかったのかって?
それはもちろんフローラが……ゲフンゴフン、別れが辛くなるからですわ。
「本当でございますか? 実はフローラ様に怒られるのが怖くて……」
「どうやらネビュラちゃんは色々と誤解してるみたいですね。お仕置きが必要でしょうか?」
「あいたっ!? たたたっ! や、やめてくださいお嬢様やめてぇぇぇうぎぇぇぇえ!」
「……ネビュラが出しちゃいけない声を出してるリュ」
ちなみにアミティは道中で旅に同行するように説得しました。
「アミティはもちろん私についてきますよね?」
「クリスの遺言でそう言われたリュが……ユリィシアはこれから何をするつもりリュ?」
何をするつもりか。なかなか深い質問ですね。
私はかつて究極の死霊術師を目指していました。ですがこうして生まれ変わって、考え方が少し変わったのは事実です。
ぶっちゃけ、女の子らしいこともしたいです。女の子とキャッハウフフしたいです。
それもあるのですが──自分自身がどこまで行けるのかを試してみたくなりました。
「お嬢様はこの世界の人々を救うために旅をしておられる。お嬢様こそこの世の真の救世主なのだ」
「ま、マジなのかリュ?」
それはウソですね。
ですが否定するのが面倒なのでスルーします。
「……いつかあの人と、再会したいですね」
「あの人? まさか……あの恐ろしい大聖女さまのことリュ?」
「ええ、そうですわ」
たしかに酷い目に遭ったばかりなので、アミティからすると彼女が恐ろしいのでしょう。
しかし私にとってエルマーリヤは初恋の人。特別な──オリジナル女なのです。
「ですが今ではありません。もっと先のことになるでしょう。そのときまでは──」
「そのときまで?」
「冒険者をしましょうかね」
「は?」「ひ?」「ふ?」
帝都を脱出した私たちが向かったのは、帝都近くの小さな森の中にある藪に覆われた一帯。実はここにフランケル時代に所有していた隠しゲートがありました。
20年近く使っていませんでしたから不安でしたが、ちゃんとゲートは存在していました。どうやら幸運はまだ私を見捨ててなかったようです。
未管理のゲートを抜けるとそこは──遥か遠く離れた北の地、レオニダス連邦。私たちは連邦まで一気に移動しました。
こうして私たちは隠しゲートで飛んだ先にあった連邦内のガスターホルンという街に向かい、冒険者ギルドへと足を運んだのでした。
「あの……ユリィシア、どうして冒険者リュ?」
「もちろん、ダンジョン探索のためですわ」
「ダンジョン探索してどうするリュ?」
「魔法道具を手に入れます」
魔法道具はダンジョンの宝箱から手に入る魔力のこもった道具の総称です。
「その中に、私の欲しい道具がいくつかあります」
ひとつ、黒ユリ化する手助けをしてくれるもの。
ただしこれは最近ネビュラちゃんとの研究の成果で、ごく短い時間であれば黒ユリ化できる薬が出来ていることから、最低限の代用は可能です。
次に、『万魔殿』に至るための鍵、もしくはそれに準ずるもの。
エルマーリヤのダンジョンで五つのうち二つは手に入れているのですが、これだと呼び出せてAランクのアンデッドが一体程度です。軍団として機能させるためにはもう少し強力な鍵が必要になります。
そして──魔力を増強する方法。
曼陀羅陣の臓腑刻印や悪魔薬などの外法はありますが、それは最後の手段です。そもそも今の身体は傷を負っても自動修復してしまうので、魔法陣だろうが曼陀羅陣だろうが身体に彫れないのです。
なので、代わりにブースターなどの強力な魔法道具を手に入れる必要があります。
もちろん、ダンジョン探索の副産物としてダンジョン固有の上級アンデッドなどが手に入ると文句なしですね。
このような目的から、私はダンジョンに潜りたいのです。
もちろん、狙いは星付きのダンジョン。
そしてダンジョンに潜るために必要な資格を得るため、今回私たちは冒険者ギルドに冒険者登録をしにきたのです。
前世の私は多数のダンジョンを見つけて隠し持っていましたが、そのほとんどはジャンクダンジョンでした。たった一個だけ王国内に一つ星級のものを持っていましたが、10年以上前に探索者に発見されて、今では王国の所有物になってしまっていますからね。
ということで、ガスターホルンの街の冒険者ギルドに到着した私たちは。偽名で冒険者登録をすることにします。
私はシア、ネビュラちゃんはネビー、ウルフェはウル、そしてアミティはアミと名を変え、意気揚々と受付に書類を提出したのですが──。
「ダンジョン探索は、Eランクからですね」
「なっ!?」「にっ!?」「ぬっ!?」「のっ!?」
なんと……冒険者にはランクというものがあり、そのランクに応じた仕事しか請け負えないのですが、私たち初回登録の冒険者はFランクからのスタートとなってしまったのです。
そしてダンジョンに潜れるのはEランクから。つまり、ランクアップをしないとダンジョンに潜れないことが判明してしまいました。
早速出だしからつまづいてしまいました。かつての私は自分で見つけたダンジョンに勝手に潜っていたので、よもやそのようなルールがあるとは夢にも思いませんでした。
「Fランクの仕事は……このあたりですね。ダンジョンアタックの申し込みをしたい場合には最低一ヶ月程度は下積みを積んでくださいね」
色々と説明してくれる受付嬢メアリの対応をネビュラちゃんに丸投げして、私はFランクの仕事内容を確認します。
掃除、片付け、荷運び、薬草採取、洗濯……うーん、どうにも私の性に合う感じではありませんね。
おそらく治癒魔法を使えばランクアップすることは簡単でしょう。実際、治癒魔法の使い手を意識した『治癒の施行』という項目もありますし。
ですが、過去と同じ失敗を犯すわけにはいきません。治癒魔法を使いすぎて正体が広まってしまっては、こんな北の地まで逃亡……ゲフンゴフン、流離ってきた意味が無くなってしまいますからね。
「あのー、それではみなさまの職業はどのように登録なさいますか?」
「職業?」
冒険者ランクに気を取られていましたが、どうやら登録をする以上、職種も決める必要があるようです。
「職種に限定した求人情報などもありますから、登録時の職業決定は必須となっています」
受付嬢メアリに続けて差し出されたのは、職業一覧表。
剣士や探索士、魔法使いといったメジャーなものから、薬草師や荷役などの仕事まで幅広く載っています。
「では──これでいきましょう」
その中から私が選んだのは──魔法薬師です。
治癒魔法以外が使えない私にも、実は魔法薬は作れます。正確には世間に流通しているポーションとは全く別物になるのですが、効果があればそれで十分でしょう。
「魔法薬師、ですか。なかなかニッチなところを突いてきますね」
「ネビュラちゃ……ネビーはどうしますの?」
「ボクはメイドにします」
冒険者の職業にメイドというのはよくわかりませんが、ネビュラちゃんにピッタリなので良いのではないでしょうか。
「ウルとアミは?」
「俺は剣士にします」
「あたちは精霊術師にするリュ! 龍を崇める部族のものリュ!」
なにやらアミティなどは勝手にストーリーを作ってますが、どうでもいいのでスルーします。
最後にリーダーをウルフェに設定して、『琥珀の百合』というチーム名で登録して完了です。名前の由来はアミティと百合からですね。
ちなみにウルフェがリーダーになることを猛烈に嫌がったのですが、私がリーダーになって目立つのはお断りです。そう伝えると「なるほど、目立たぬように人々を救済するおつもりなのですね! さすがはお嬢様! このウル、喜んでお嬢様の隠れ蓑となりましょう!」などと勝手に解釈して受け入れたので、まぁ良しとしましょう。
こうして私たちはガスターホルンの街を拠点に定め、私とアミティがポーション作成と販売、ネビュラちゃんは薬草収集、ウルフェは街のゴミ掃除などを行うことで、まずはEランクへのランクアップを目指すことにしたのでした。




