8.癒しの奇跡
手足をもぎ取られた獣人の剣闘士奴隷【 隻腕飢狼 】。
彼を《 鑑定眼 》で鑑定した結果は、想像を絶するものでした。
── ウルフェロス・ガロウ ──
種族:狼人族
性別:男性
素体ランク:S
ギフト:《 剣狼神の赤鋼骨 》
※100万人に一人が持つと言われている極めて貴重な骨。
この骨は、伝説のアンデッド「レッドボーンスケルトン」の素材となる。
適合アンデッド:
レッドボーン・スケルトン(SS)……99%
──
レッドボーンスケルトンだって?!
私は思わず声を出しそうになりました。
なにせレッドボーンスケルトンは、文献に残っている範囲でもわずか1例しか確認されていない、伝説の激レアアンデッドなのです。
死霊術師による貴重度ランクはSS。このランクにあるアンデットは10体もいません。まさに極上の存在といえます。
レッドボーンスケルトンについては、私も前世において何度も再現しようと試みましたが、一度もうまくいきませんでした。それもそのはずです。今回初めて理由が判明したのですが、そもそも素体がダメだったのですから。
ですが、彼は違います。レッドボーンスケルトンに必要な素体──すなわち《 剣狼神の赤鋼骨 》を持っているのです。
あぁ、なんということでしょう! 私はついに激レアアンデットを創造する機会を得られたのです!
こんな機会、絶対に逃すわけにはいきません。私はすぐにカインに掛け合って、資金の確保を行いました。
アルベルト家は剣爵とはいえれっきとした貴族。しかもカインは私の討伐などでかなりの報奨金を得ていることから100万くらいであれば問題ないでしょう。
資金面の問題をクリアしたところで、残された課題は二つ。まずは本人の同意です。
アンデッドの素体を手に入れるためには、アンデッド化の成功率を高めるためにも生前に本人の同意を取ることが望ましいとされています。ですので私は本人の説得を試みることにしました。
……と、その前に、私の大事な素体に投石してこれ以上傷つけることなど許しません!
私は彼の前で両手を拡げると、これ以上石が当たるのを防ぎました。
「……少女よ、何をしている。俺のことなどかまわず引くがいい」
レッドボーンスケルトンの素質を持つ狼獣人が、私に話しかけてきます。名前は──鑑定したんですが、レッドボーンスケルトンの衝撃で吹き飛んでしまいました。便宜上とりあえず狼君にしましょうか。
ということで、狼君にとりあえず意思確認を試みてみることにします。
「……あなたは、ここで死ぬつもりなのですか?」
「なに?」
「こんなところで、死ぬつもりなのですか? 悔いはないのですか?」
アンデッドになる場合、この世に未練が残っている方が好ましいです。死霊術の成功率が格段に上がります。
ですので、先ほどまでのように達観した目をされては困ります。未練がないと成仏してしまいますからね。
確認してみたところ、狼君の瞳が僅かに揺れます。うん、どうやら無事この世に未練があるみたいです。
「悔いは……あるのですね」
「だが、今更どうにもなるまい。さぁ、俺のことなど放っておけ。でないとお前が……」
「であれば、私のものになりなさい」
……いけないいけない、どストレートに要求を伝えてしまいましたわ。
ポタリと血が落ちます。もしかして興奮しすぎて鼻血でも出てしまったのでしょうか。でも興奮を抑えることはできません。鼻を拭いながら話しかけます。
「……は? お前はいったい何を──」
「私のものになって、私のために尽くしなさい」
そう、私のものになって──死後、激レアのレッドボーンスケルトンとなって、私のコレクションに加わるのです。
……ですが、狼君は簡単には堕ちてくれません。
「なかなか……無茶なことを言う。俺はこのとおりの姿だ。この姿では、もはや生きることも──」
「うーん、手足が無いのですね。……ならば手足が戻れば、私にこの先の人生すべてを捧げますか?」
せっかくのレッドボーンスケルトンの素体です。全て復元して完璧な形でアンデッド化したいに決まっています。
不幸中の幸いにも、今の私には治癒術があります。
死霊術師には不要なものと断じていましたが、こうなってみると……存外アリですね。
「何をしておる! 早く石を投げよ! 小娘! 貴様も退くんだ!」
──あぁ、五月蝿い豚だ。
私は今、彼と交渉しているんだ。邪魔しないでくれたまえ。
「なぜだ……」
「ん?」
「なぜ……そこまでする。見ず知らずの……俺のために……」
そんなの決まっています。
狼君、君が激レアアンデッドの極めて貴重な〝素体″だからです。
「あなたが、必要だからです」
私の必死の説得が通じたのでしょうか。
それまで警戒していた狼君の表情が、少し和らぎました。
「わかった……。──る」
「ん?」
「この身を、おぬしに──捧げる」
……同意、キターーーーーーーッ!!
聞きました? 聞きました?
言質は取りましたよ? もう今更ナシなんて受け付けませんからね??
「うふふふ。ではこれで、契約──成立ですわね」
念には念を押して確認すると、狼君は今度はちゃんと頷く。
よーし、これで激レア素体ゲットですわ!
では、さっさと購入して治療するとしますかね。
「私は──この奴隷を100万エルで購入しますわ」
そう口にすると、周りにいた人たちが騒めきます。なんだ、まだ人がいたんですね。
「こ、小娘……貴様、何をしているのか分かっているのか?」
「わかっていますわ。ちゃんとお金を払いますので、文句を言わないでくださいます?」
ちょうどタイミング良いことに、人々をかき分けてカインとフローラがやってきました。さぁ、私のお財布様、お支払いを済ましてくださいます?
「ちょ、ユリィ! 一体何を……って、バルバロッサ侯爵!」
「なっ!? お主はアルベルト剣爵!? 」
どうやら二人はお知り合いだったみたいです。何やら険悪な雰囲気で睨み合っていますが、もはや今の私には興味はありません。
それよりも最後の関門──狼君の治療を開始しなければ。
「ユリィシア、あなた血が……」
「お母様、今はそれどころではありません」
私は狼君に向き合うと、その頭を抱えます。
手を添えられて驚く狼君を無視して、私は彼の額にそっと唇を落としました。
──発動、《 祝福の唇 》。
私の右目に、薄い光に包まれた狼君の体が映し出されます。よし。ギフトの効果がちゃんと全身に行き届いたみたいです。
「なっ……」
「大人しくしててください。動くと邪魔です」
私の持つ《 祝福の唇 》の能力は、(アレクセイを活用した)様々な検証によって、その効果がおおよそ判明しています。
実はこのギフト、魔法の効果を増幅させる効果があるのようなのです。その増幅量は──およそ2割から数倍まで。ムラがあるのは、これまで大きな怪我の治癒をしたことがなかったから不確かなため。今回は実証実験の最初の機会となります。
さて、これで準備が整いました。いよいよ──回復魔法による四肢の復元の実施です。
私はこれまで軽度のケガしか治療したことはありません。しかし、私が持つ魔力量、《 癒しの右手 》のギフトによる超治癒能力、さらには《 祝福の唇 》による魔法増幅効果。これらを組み合わせれば、失われた四肢を復元させることも論理的には可能だと考えています。
「なぜ……俺にキスなどを……」
「これはただの祝福です。ではこれから──あなたを修復します」
「……なんだって?」「ユリィシア、あなたはなにを……」
「痛むかもしれませんが、我慢してくださいね。では──まいります」
理論上は完璧。あとは実践のみです。
さぁ、廻れ魔力よ。失われし肉体をその地図に基づき復元するのだ!
「治癒魔法発動 ──『治療』」
高ランク魔法『肉体復元』は、もはや魔法の域を超え魔術と呼べるものに達していると言えます。法と術では難易度がケタ違いになります。
ゆえに、簡単に施行できるものではありません。当然、今の私には困難ですし、そもそも習得していません。
しかし私には二つのギフトがあります。これらを掛け合わせることで、擬似的に魔術と同等の効果を実現するのです。
私も元は死霊術を使いし術使い。この程度の難易度、使いこなせない理由はありません。
さぁ、ここからが【 黄泉の王 】の本領発揮です!
通常の『治療』の魔法で治る怪我は全治3日程度まで。ここに通常の数十倍の魔力を強引にぶっ込みます。
──オーバードライブ!
限界値を突破し、上限を超えます。『治療』の効果が全治3日から、全治15日に拡張されました。
私の目──《 鑑定眼 》に情報が飛び込んできます。これぞ一部のマニアックな魔術師のみが知る、魔法増強法です。たかだか5倍の効果を得るために数十倍の魔力を消耗する非効率極まりない隠し技ですが、今回のケースでは実に有効な手段です。
続けて……ギフトを発動させます。
──ギフト《 癒しの右手 》の顕現を確認。
──エキストラブースト!
自動的に治癒に関する魔法の効果がさらに6倍に増強されます。全治15日が全治60日まで拡張されました。
そして最後に──。
──ギフト《 祝福の唇 》の顕現を確認。
魔法の効果が倍加されます。治癒魔法に限定して効果はさらに拡大、一律的に10倍になります。また、魔法発動時間が10分の1に短縮され、魔法による反動も半減します。
その結果──。
──リミットブレイク!
治癒魔法の理論的上限を破壊し、治癒クラス365を突破。治癒魔法『治療』は2段階昇華し『超治癒』へと進化します。
私の《 鑑定眼 》によって、数々の素晴らしい情報が怒涛のようにもたらされてきます。いままではっきりとわからなかったギフトの効果が、次々と明るみになっているのです。
あぁ、なんと素晴らしいことでしょう!
1の体験は100の伝聞に勝るといいますが、まさにその通りですね!
……でも、まだ足りません。
これでは怪我を塞ぐだけ、失われた四肢の復元には至らないのです。
ですが、ここに私、【 黄泉の王 】の知恵と知見を活用します。
「喚び起こせ──『生命の樹』」
これは、死霊術師として様々なアンデッドに触れ合うことで得た人体の構造に関する詳細な知識や知見・情報を、設計図の形で頭の中に保存したものです。名付けて『生命の樹』。
この世界では人体解剖はタブーとなっていて、人体の構造を詳しく知る人は多くありません。しかし私はセフィロトによって人の体を隅々まで熟知しています。
つまり私は──人体を正確に再現することが可能なのです。
頭の中に展開したセフィロトを【 鑑定眼 】を用いて狼君の身体に重ねることで、手足を復元するイメージを具体化します。そこに、右手に溜め込んだ魔法を重ね合わせて──さぁ、これで準備完了です。ではいってみましょうか。
私は右手にはちきれんばかりに膨らんだ魔力を、狼君にゆっくりと注ぎ込みます。
みちみちみちっ!
鈍い音とともに、狼君の肉体が変化を遂げていきます。
「うぐっ……あっ! こ、これは!?」
「続けます!」
これは……いける! そう判断した私は、そのまま一気に魔術を発動します。
溢れ出る、怒涛の魔力。
これまで感じたことのない猛烈な流れが、私の体から噴出してゆきます。
あぁ、これはなんでしょうか!
なんという、これまで味わったことのない感覚。
この……身体の中に揺蕩っていた衝動が一気に出て行く感覚は、まるで──。
「あぁ……有頂天ですわ」
ですが──次の瞬間。
私の意識はぷつん、と音を立てるかのように途切れてしまったのでした。