81.魔王
「……ということでございます」
ネビュラちゃんが説明を終えたところで皆の顔を見ると、全員が口をあんぐりと開けていました。そんなに変でしたかね?
「ここにきたのは偶然……だったんですの?」
「そうですね」
「でもこれも……わたくしとユリィを引き合わせるための運命の導きなのかもしれませんわね」
そう言うと、べったりとくっついているアナスタシア。私は思わずニヘラと微笑んでしまいます。
「ユリィのそんな顔は初めて見たなぁ、フラれた僕としてもちょっと嫉妬しちゃうよ」
「姉様、見てください! 僕も強くなったんですよ!」
「聖女様! 無事でなによりです!」
「こらこら、お嬢様はお疲れなんだ! あまりご迷惑をおかけするなっ! 俺が先に──」
「ウルフェ、ずるい!」「そうだそうだ!」「僕が先に──」
うわっ、男どもが寄ってきましたわ。
あっちいけ、シッシッ! イケメン退散ー!
「クリス! あの聖女様はヤバいリュ! 早くここから逃げるリュ!」
「それがなぁ、そうもいかなくなっちまったんだよ。アミティもいろいろあったかもしれんが、お世話にはなったんだろ?」
「う、ま、まぁ……」
「だったらもうちっと付き合ってくれよ、な?」
「むむぅ……」
クリストルとアミティがなにやら話している横から、カインとフローラがすっと前に出てきます。あ、やばっ。
「ちょっとユリィシア、あなたわかってるの? これで全部台無しですよ? わたしがお母さんを誤魔化すのにどれだけ苦労したと……でもこれで全て聖母教会にバレるでしょうけどね」
「ぐっ……」
「わたしはお母さんから大目玉、お母さんは枢機卿をクビ、あなたはきっと聖女認定するために教会に引き抜かれるわ。あーあ、わたしの苦労も気遣いもぜーんぶ水の泡ね?」
「ぐぬぬ……」
「ユリィシアが言い負かされてるリュ……」「フローラ様は最強ですからね」「いざとなったらあの人に助けてもらうリュ……」
ダンジョンでずいぶんと仲良くなったネビュラちゃんとアミティがヒソヒソ話をしていたので睨みつけます。
ですが、たしかにフローラの言うとおりです。
目の前に獲物をぶら下げらてしまったので思わず大暴れしてしまいましたが、これでは聖母教会に絶対に目をつけられてしまうでしょう。
であれば、私がやることは──。
「それよりも、まずはダレスの城に向かいましょう」
──最後の荒稼ぎ。
悪魔の親玉を屠って、魔力増強を図った上でトンズラするしかありませんわね。
「残された時間は──あまりありませんわ」
「ユリィ、それって……」
私の言葉に、アナスタシアが震える声を出します。
あなたもわかるのですね。そうです、時間がないのです。
スミレが怒鳴り込んで来る前に、早く逃げなければ……。
◇◇
翌日には、アナスタシアの軍勢が進軍を開始しました。
なんでも今の帝都のダレス軍は2万程度。一方のアナスタシア側は5万以上。勢力が完全に逆転したので、ここで一気に勝負をかけるつもりのようです。
私もその進軍に同行することにしました。その方が効率的に稼げそうですからね。
どうせバレてしまったのですもの、トンズラする前に思いっきり稼ぎまくってやりますわ。
「うぉぉぉぉ!! 【癒しの聖女】様だぁぁ!!」
「なんとお美しい!!」
「龍を従えるとは……まるで伝説を目の当たりにしているようだ」
「やはり我が軍に正義あり! 魔王ダレスは討つべし!」
私とアナスタシアが歩いていると、兵士たちが歓声をあげます。やはりアナスタシアは人気がありますね。
「何を言ってますの? ユリィ、あなたの人気ですのよ」
「私の?」
私が人気?
何を言ってるのですかね?
私など、ただの下級貴族の子に過ぎません。しかも帝国民からしたら外国人です。どう考えてもアナスタシアのほうが人気だと思うのですが。
「あらまぁ、ユリィはぜんぜん分かってませんわね」
分かってない?
分かっていますけどね、アナスタシアが私の親友だと。
「……まぁいいですわ。それはそれでユリィらしいですものね。でもいつか変な人にハマってしまわないか心配ですわ」
「変な人……ですか?」
「まぁウルフェやネビュラがいれば心配はいらないと思いますけどね」
どうでしょうか。私からすると彼らのほうが心配ですけどね。
まぁ途中どうなろうと最終的に私のものになれば何の問題もありませんが。
「でも……ユリィの前だから弱音を吐くけど、本当にどうにかなるのかしら。ダレスは【悪魔】を身に宿しているのでしょう?」
悪魔だろうと、私の渾身の左ストレートで魔力の糧にしてみせますわ。
「おっとお嬢さんがた。こんなところで華やかに二人っきりで話してないで、オレッちも混ぜてくれよ」
ふわふわと宙を浮きながら寄ってきたのは【賢者】クリストルです。
彼はいつも魔法で宙を浮きながら動いています。どれだけ怠けものなんですかね。
「これはご先祖様、どうなさいましたの?」
「あいかわらずアナスタシアは辛らつだなぁ。おじいさんって抱き着いてきてもいいんだぜ?」
「遠慮しておきます」
「……そりゃ残念だな。ところであんたたちはいま悪魔の話をしていたようだが」
そういえば彼は悪魔を使役する【魔王術】の使い手でしたね。
「ええ、どうダレスに対抗するか考えていましたの」
「ダレスか……あいつは危険だぜ。なにせ完全に一体化した上級悪魔は──SSSランクにも匹敵するとオレっちは考えているからな」
「SSSランク? あなたはいにしえの大聖女を見ているでしょう? それと同レベルがあると?」
「いや、さすがに『いにしえの大聖女』ほどは無いとオレっちも思うぜ。だが……だからといってあんたたちが勝てるとは限らんのだよ」
「そんなことありませんわ。カインやアレク、ラスターといった英雄もいますし、アミティという真龍だって……」
「そこまで言うなら、【魔王】の力を少し見せてやろうか?」
「えっ?」
「あんたらべっぴんさんに免じて、ほんの少しだけだぜ? 命削るからよ……ほらよ!」
そう言うと、クリストルは全身に力を籠めます。
──ヴゥゥゥゥゥウンッ!!
黒い魔力が迸り、クリストルの全身から信じられないほどの黒い力が解き放たれました。彼の右半身を──まるで黒い鎧のように魔気が覆っていきます。
凄まじいまでの魔力、そして──濃厚な魔の気配。
これは確かに──並みの存在ではありませんね。
というか、これは強いです。クリストルが本気を出したら、ここにいる誰よりも強いのではないでしょうか? それほどの強烈な力を放っています。
「す、すごい魔力……軽く一軍を滅ぼせそうですわ」
「……なるほど、一筋縄ではいきませんわね」
「あぁ、わかってもらえたかい? げほっ?!」
話している最中にクリストルは血を吐きました。途端、魔力が拡散し、一気に消えていきます。どうやら彼は命を削って見せてくれたようです。
私はすぐに治癒しますが……血は止まったものの、あまり良くなっている気配はありません。
「すまねぇな、ユリィシア。ただ残念ながらこのダメージは治癒しねぇ。魔王の力はな、魂を削るんだよ。そいつぁ治癒魔法じゃ治らねぇ」
「だから賢者クリストルは……それだけの力を持っていながら、これまで直接手を出さなかったのですね」
「んまぁオレっちが怠惰だっていうのもあるんだけどな。ただ……オレッちはあと数回魔王術を使うだけで、たぶん魂が滅びる」
「っ?!」
なるほど、【魔王術】を操るにはそれだけのリスクが必要なのですね。
「あー、アミティには内緒だぜ? 知ったらあいつ泣くからよ。それにもうオレッちは魔王術を使うつもりはないさ。ただダイヤールの……弟の子孫が道を踏み外すのを、オレッちとしても黙って見過ごすわけにはいかないんでな」
口元についた血を拭うと、クリストルは私の方に視線を向けます。
「オレッちが言うのもなんだが……【癒しの聖女】ユリィシアよ、ダレスを救ってやってくれないか?」
「私は聖女ではありませんわ」
「んまあいいや、最善を尽くしてくれればそれでいいよ。それだったら頼めるか?」
「ええ、もちろんですわ」
「……あんがとな」
それだけ言うと、クリストルは宙に浮いてフラフラとこの場から去っていきました。彼の背中が、なんとなく寂しげに見えたのは気のせいでしょうか。
◆◆
ここは、神聖ガーランディア帝国の帝都ガーランド。
黒曜石を磨いたかのように黒く光り輝く皇城にて、ダレスは王座に鎮座したまま一人の兵士の報告を聞いていた。
「ダレス大帝、ご報告いたします! アナスタシア率いる反乱軍がいよいよ帝都に迫っております。その数──6万! しかも日に日に援軍が到着し数を増しております! このままでは数日後には帝都に……ぐふっ?!」
「ふん、朕につまらん報告をするな」
ダレスの右手が黒い脚のようなものに変化し、兵士の胸を貫いた。兵士の胸の中心に穴が開き、血を吐き絶命する兵士。
他の兵士たちが震えながら死体を回収していく様子を無表情で眺めているダレスに、そばに控えていた【暗黒司祭】イーイールが声をかける。
「ダレス大帝、とうとうあたくしたちだけになってしまいましたね」
「ふん。力及ばぬものが死んでいくのは世の定めだ。最終的には朕一人でもどうにでもなる、問題はないな」
「ええ、あたくしたちが次の時代を築くのですね」
「そうだ。朕は悪魔を制しもの…… 【魔皇大帝】、いや【魔王】なのだ。この魔王ダレスが、アナスタシアの率いる雑魚どもや【癒しの聖女】とやらもまとめて屠ってやろう」
ペロリ、イーイールが艶かしく舌で唇を舐める。
「そのときは──あたくしもお供しますわ、魔王ダレス陛下」
「よかろう、貴様には見せてやる。この魔王ダレスが生み出す──新たなる帝国の姿をな」




