79.大聖女のダンジョン(前)
いにしえの大聖女エルマーリヤの『聖なる双丘』に存在していたエクストラダンジョン──名付けて『大聖女のダンジョン』。
エクストラダンジョンの名に恥じず、このダンジョンは時間の流れが遅いだけでなく──トラップの多い場所でした。
ですが、幸いにも私には心強い連れがいました。
「うわ、矢が飛んできたりゅ!」
──カキン。
「あたちの鱗で弾いたりゅ!」
「鱗? 普通の肌のように見えますが……」
「龍は人化しても同じ防御力を保てるりゅ!」
私も生きた真龍と旅をするのは初めてなのですが、どうやらアミティはかなり防御に特化した龍のようです。並の装甲なら簡単に突き抜けてしまうような矢を受けても、あっさりと弾き返しました。
そしてネビュラちゃんも……。
「こちらには毒ガス発生装置があるでございますね」
──バシュッ。
「ボクの影魔法で装置は停止いたしました。これで安全でございます」
「ネビュラちゃん、あなた……ダンジョン探索に向いてますわね」
「これでも単身で【奈落のダンジョン】を見つけたものでございますから」
あぁ、忘れかけますがネビュラちゃんも奈落師匠の弟子でしたね。
あそこにたどり着けるのであれば、ネビュラちゃんも優秀な冒険者としての資質を持っていたのでしょう。
このような調子でダンジョン探索は順調でした。
初日こそ魔力と体力の回復に努めたのですが、丸一日も休めばある程度回復します。そのあとはガンガン三人でダンジョンアタックを仕掛けたのです。
とはいえ、さすがはエクストラダンジョン。一筋縄ではいきません。
「モンスターが……出ませんね?」
「あたちはダンジョンに初めて入ったけど、こんなものりゅ?」
そんな筈はありません。
ダンジョンとモンスターはセットのようなものです。そしてモンスターを倒してカードをゲットするところまでが一連の流れなのですから。
「ちっ……せっかくダンジョン固有アンデッドを手に入れる絶好の機会ですのに……」
「りゅ!? いま聖女様から聞こえてはいけないセリフが聞こえたような……」
「アミティ様、それは気のせいにございます」
「気のせい、気のせい……」
とにかくだだっ広く、致死性の罠がひしめくダンジョン。
それが──『大聖女のダンジョン』の概要でした。
「マッピングはボクがしますね」
「あたちが匂いで探るりゅ!」
「アミティ様は龍化はしないのですか?」
「こんな狭いところで龍化したら、潰れてしまうりゅ!」
ただ、モンスターが出なかったのは逆に幸いだったかもしれません。この三人は探索や防御には優れていても、必ずしも戦闘向きではありませんからね。
アミティは幼女型になったらちっこいですし、ネビュラちゃんは基本一対一向きで多数の戦闘を得意としていませんから。
「お、最初の宝箱を見つけましたよ」
斥候を務めるネビュラちゃんが、ついに宝箱を見つけました。
これです、ダンジョンの醍醐味の一つ。
自然界に突然発生するダンジョンには、原理はよく分かっていませんが──なぜか〝宝箱″と呼ばれる箱が出現することがあります。
そしてこの箱の中に入っている物は高確率で魔力の篭った『魔法道具』となります。
「罠は……ありませんね。開けてみますか?」
「ええ、お願いしますわ」
ネビュラちゃんが開けてみると、中に入っていたのは──。
「これは……人形、でございますかね?」
「しかもこっちには、手紙のようなものがあるりゅ?」
入っていたのは、布を縫い合わせただけの質素な女の子の人形と、何やら下手な文字が書かれた手紙のようなものでした。
拾い上げて読んでみると、中にはこう書かれていました。
『あんな。えるまーりやのたいせつなともだち』
「お嬢様。こ、これは……?」
「子供の書いた字のようですね。どうやらこれは、エルマーリヤの宝物のようです」
普通ダンジョンには魔法道具が入っていることが多いです。ですがこれはどうみても、ただの人形です。まったく魔力も感じられません。
いったいなぜこのようなものが、エクストラダンジョンの宝箱に入っているのでしょうか。
しかも、『えるまーりや』とは『いにしえの大聖女』エルマーリヤに他ならないでしょう。
とりあえず人形を『次元指輪』の中に格納して、私たちは探索を続けます。
「また宝箱りゅ!」
次に開けた宝箱に入っていたのは──高位の聖職者が身につける聖杖でした。
「これは……聖職者の持つ杖ですかね?」
「持ち主の名前が書いてあるりゅ。えーっと、『イプケンティウス14世』って書いてあるりゅ」
「それは──」
聞き覚えのある名前です。たしか──先代の聖母教会の枢機卿だったと思います。
ああ、そうでした。思い出しました。まだ前世の頃、聖母教会がエルマーリヤを召喚してしまった際に『強制輪廻転生』させられた枢機卿のうちの一人です。
しかしなぜ彼──過去にエルマーリヤに輪廻転生させられた人の持ち物が宝箱に入っているのでしょうか……。
「どうやらこのダンジョンは、なにかいわくがありそうですね」
◇
このような調子で、私たちは休憩しながらダンジョン探索を続けました。
体感的に3日ほど経った頃でしょうか、ついに三つ目の宝箱を見つけます。この中に入っていたものは、私にとって一つの転換となるものでした。
宝箱に入っていたのは──なんと一冊の本。
「これは……日記、でございましょうか?」
「名前のところにエルマーリヤって書いてあるりゅ。もしかして例の大聖女の日記かなにかりゅ?」
どうやらエルマーリヤが生前書き留めていたもののようですね。
私が手に乗って開いてみると、途中で破れているため数ページしかありませんでしたが、中に書かれていたのは──日記というよりは、ある種の研究書。神聖魔法に関する様々な検証と結果が事細かに記されていたのです。
しかも──ほうほう、この私でさえも知らないことがたくさん書いてあります。
さすがはエルマーリヤ、大聖女と呼ばれるだけあって素晴らしい知見と教養を持っていることがわかります。この本を読めば──私も少しパワーアップできるかもしれませんね。
「なるほど……手の形をイメージすることで治癒魔法を同時並行的に放つことができるのですね」
実は私は、あまり魔法の発動が得意ではありません。なにせ前世は死霊術しか使えませんでしたし、今世ではフローラが初級治癒しか教えてくれなかったからです。
他の魔法を使えない以上、効果的な使い方などを知りようがありません。試行錯誤でいまのやり方に辿り着いたといえます。
ところがこのエルマーリヤの書には、効果的な治癒魔法の使い方が記載されていました。
これまで私は円や球をイメージして治癒魔法を発動させていましたが、エルマーリヤはあえて『手』の形で発動する方が質、量ともに強化されるというのです。
さっそく右手の形をイメージして放ってみると──。
「うわ……なんですかこれは?」
「手が、手が降ってくるりゅ!」
なんとびっくり、治癒魔法がまるで雨のように大量に降り注いだのです。
これは便利ですね。発動もスムーズですし、多少距離が離れても効果が薄まりません。革命的な発見でした。
「はわわー、これは気持ちいいりゅー。体が綺麗になるりゅー」
「ひ、ひぃぃいぃ、浄化されるうっぅうぅ! お嬢様、やめてくださいませぇぇえぇぇ!」
逃げ惑うネビュラちゃんが面白くて、ついつい狙撃モードに入ってしまいます。
「はぁ……はぁ……本気で消滅させられるかと思いました……」
「ふふふ、これは便利ですね」
その後も探索は継続したのですが……まだ1フロアの探索すら終わりませんでした。
かなりこのエクストラダンジョンは広大なようで、そもそも他のフロアに行く階段すら見つからないのです。
そんなとき、奇妙な宝箱を見つけました。
「こ、これは……」
「禍々しいりゅ……」
毒々しいまでの赤や黒の入り混じった、いかにも危険そうな宝箱です。明らかに、今までと比べても異質ですね。
「罠がありますが、解除できません。どうやらかなり高難易度のもののようでございます。しかもおそらく、罠の内容は致死的なものでしょう」
「そうですか、仕方ありませんね。ではアミティ、あなたが開けてもらえますか?」
「りゅっ?!」
ここは最強の防御力を持つアミティを盾にする作戦でいきます。
どうせ頑丈なので死にやしないでしょう。
「爆発とかしたらどうするでりゅ?!」
「あなたの防御力なら問題ないでしょう。それに死にさえしなければ私が治癒しますわ。それとも、このままダンジョンをさまよって干からびても良いんですの? 食料も無限ではなくてよ?」
「わ、わかったりゅ……。でもユリィシアは鬼でりゅ……」
ぶつぶつ文句を言いながらも開けるアミティ。
実際猛毒の霧が噴出したのですが、私がすぐに治癒魔法で無毒化したので、アミティが少し目と口から血を噴出させたくらいで特に問題はありませんでした。
「ぜー、ぜー。ひどい目にあったりゅ……」
「ペロッ……あぁ、真龍の血──うわわわっ!?」
「どーら、中身はなんですかね? ……おや?」
なにやら一人で悶絶しているネビュラちゃんを放置して宝箱を開けてみると、中から出てきたのは──薄く透き通った人間の姿。
「ぎゃーー! オバケでりゅーーっ!?」
「アンデッドが出てきましたね」
なんと宝箱から出てきたのは、珍しいことにアンデッドでした。俗に言うレイスという類のものですが、もしかするとこのダンジョンで出会う初めてのモンスターかもしれませんね。
ただこのレイス、ちょっと変わっています。なんと〝聖属性″を持っているのです。
「エルマーリヤ以外で聖属性を持つアンデッドですか……これは欲しいですね」
「アンデッドが、ほ、欲しいりゅ!?」
「アミティは真龍なのにアンデッドが怖いのですか?」
「べ、別に怖くないりゅ! それで……ユリィシアはこのアンデッドをどうするりゅ?」
「それはもちろん、組み込みますよ」
「は? 組み込むりゅ?」
私はわずか二体となってしまった元〝七人の聖導女″を呼び出すと、レイスを取り込みます。
……よし、無事補充完了です。
すると驚いたことに、〝七人の聖導女″に聖属性がついたのです。エルマーリヤに次ぐ、聖属性を持つアンデッドの誕生です。
「い……いま。何をしたりゅ?」
「私の軍団に加わって頂きましたわ」
「……あたちにはユリィシアが何を言っているか分からないりゅ……」
「あのー、お嬢様?」
アミティが一人で頭を抱える横で、なにやら複雑な表情を浮かべたネビュラちゃんが声をかけてきます。
心なしか輝いているように見えるのですが、ついに女の子に目覚めたのですかね。
「違います。どうやらボク……覚醒したみたいでございます」
「覚醒? やはり女の子に……」
「ですから違いますってば! どうやらボク、アミティ様の──真龍の血を飲んで、格が上がったみたいなのです」
試しに鑑定をしてみて──驚きました。
なんとネビュラちゃんが『吸血鬼』から『吸血貴族』へとクラスチェンジしていたのです。
「……よく真龍の血を飲んで平気りゅね。猛毒で普通の人間なら即死りゅよ」
「はぁ……まぁお嬢様のメイドでございますから」
「そうですわね」
「そんな理由であっさり受け入れられるのが納得いかないりゅ!」
ちなみにクラスチェンジした影響なのか、ネビュラちゃんはちょっとだけ聖魔法への耐性を手に入れてました。
「あっ、でも『癒し手の流星雨』は痛いのでやめてくださいね……って言ってる側から、イタタタタッ!」
「自我を持つアンデッドなんて、コミュ障の敵ですわ。ネビュラちゃん、喰らいなさい。そして自我を手放すのです」
「いやぁぁぁ、やーーめーーてーーー! 私的な恨みをボクにぶつけないでぇぇぇーー!」
「えーっと、なんだか聞いてはいけない単語が聞こえたような気がするりゅが……気のせいりゅ、気のせいりゅ……」




